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身の回りの出来事系エッセイ−34

母が見た本

1997年9月26日執筆

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 小説家になることは、小学生の頃からの夢だった。
 自分には才能があると信じているし、文章で食べていける自信もあるのだが、世間にそれを説明するには随分と時間がかかる。
 父親は完全に諦めているからいいとして、親戚などに正月会うとコンコンと諭される。

「おまえなぁ、作家なんてものは、本当に才能のある一握りの人間にしかなれないんだぞ」
「はぁ……」
「いつまでもそんな夢見てないで、まっとうに生きたらどうだ」
「はぁ……」

 この会話において、「いやあ、自分で言うのもなんですけど、ちょっとは才能あるんじゃないですかねぇ」なんて口はなかなか挟めるものではない。
 一度、親戚一同に小説を読ませることも検討したが、読んだところで多分何も変わらないだろう。
「おい、おまえ天才じゃないか!!」
 なんていう親戚がいたら、既に意気投合しているはずだ(笑)。
 早い話が、実際に小説家として私が世の中に出ればいいわけだが、物事はそうはうまく運ばず、いつになるかもよくわからない。
 しかし、賞と名のつくものに一度しか応募したことがないという現状では、なれるものもなれないと思う(笑)。ちなみにその賞とは文学界新人賞だと記憶しているのだが、輪廻を観念的に書いた何やら難しい小説で応募して、一次選考すら通過しなかった。あれが20歳の時だから、もう6年前だ。
 それから3年ぐらいは、幾つか書いていたが、23の時、書くのをやめてしまった。
 母親が進行性の胃癌にかかり、亡くなってしまったショックのためである。
 亡くなる一カ月前には、買い物に出掛けていた人が、腰が痛いと言い出して、検査のために病院へ行き、そこで入院。
 医者の説明を聞きに言った私が耳にしたのは、「末期です。全身の骨に転移していて3カ月持ちません」。
 結局亡くなったのは、それから一カ月後だった。
 死ぬのがわかっている人を看病するというのも随分ときついもので、病名も当然隠していたし、毎日憂鬱でしょうがなかった。
 亡くなる一週間前は、モルヒネを使っているせいでもう普通ではなくなっていた。
「今まで健康だったのに、急にこんな風になるなんておかしい。おまえが私を殺そうとして、私の身体に細工をしたに違いない」と母親に真顔で言われたときは、さすがに力が抜けてしまった。
 そう言われてもおかしくないことを、随分としてきたなぁと思うと、もう作家になるなんて夢は捨てて、母親の望んでいたサラリーマン的な暮らしをした方がいいのかなぁと思った。

 しかし、亡くなる5日前ぐらい。
 母親がふとこんなことを言った。
「そこにあるの誰の本?」
「え、本?」
 母親の視線の先を見たが、本なんて置いてない。
「どれ?」
「それよ。もしかしておまえの本なの?」
 幻覚を見ている、母親の一言は意外だった。
「小説家なんてなれるわけがない」
 と一番言っていた人なので、まさかそんな言葉が出るとは思わなかった。
 私は咄嗟に、
「そう、俺の本だ」
 と嘘をついた。
「へーー」
 母親はちょっとびっくりした口調でそう言った。

 それから二日後、母親は強力な睡眠薬で眠らされ、一度不意に起きて我々をびびらせたが、結局亡くなった。

 母が見た本とはどんな本なのか知る由もないが、ああ嘘をついたからには、死ぬまでに一冊は本を出そうと思って、今日に至っているわけである。

 その本のタイトルが「青い見聞」でないことを祈りたい(笑)。

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