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第二十三回 ある日の工藤圭

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「1番ホームに 電車が 参ります。1番ホームに 電車が 参ります」
 蒸し暑い午後のホーム。
(あー、徹夜ってやっぱつらいなぁ。今日はあれとあれは終わらせないと駄目だよなぁ。それと、消失トリック考えたいよなぁ)
 やって来た電車に乗り込み、スポニチを広げながらふと考える。
(……今の俺って、なんか足りない気がする)
 小学生から作家になりたいと思い続け、中学生の時の成績順はABCDEでE、高校に入ってそれなりに勉強したが、なんの根拠もなく専門学校に進学して3日で辞め、アルバイト生活を続けているうちに母親が癌で亡くなり、ホームページを作ったことをきっかけに、ライターとしてスカウトされて26歳にして本を書いている自分。明日辺り、ポプラ社から電話が掛かってきてもおかしくない、結構ドラマティックな人生だ。
 だが、大切なものが欠けている気がする。たとえば以下のようなことがない。

 工藤圭(以下、工藤)、手を挙げながら待ち合わせ場所の噴水広場に走ってくる。

工藤
「どうしたの? 急に電話してきたりして」

 彼女、俯きながら手をいじっている。

彼女
「……用事がなかったら電話しちゃいけないの?」
工藤
「いや、そんなことないけどさ」

 しばらくの沈黙の後、彼女が顔を上げる。

彼女
「ねぇ」
工藤
「ん?」

 彼女、突然明るい表情になって、工藤の腕を引っ張る。

彼女
「今度、ディズニーランドに行きたいな。あ、来週の日曜日行こう!」
工藤
「来週かぁ……。来週はちょっと無理だな。原稿が進んでないから」
彼女
「原稿なんてぱっぱっとやっちゃえばいいじゃん」
工藤
「そうもいかないだろ。仕事なんだから」

 気まずい沈黙。

彼女
「……なんか、圭くん変わった」
工藤
「え?」

 彼女、いったんは視線を逸らすが、すぐに工藤の目を見て責めるように言う。

彼女
「だって、わたしが誘ったらいつも一緒に遊んでくれたじゃん! それなのにさ、最近はいつもいつも仕事仕事って……確かに、圭くんが夢に進んでいることはあたしも嬉しいよ。でも、だからっていつまでも放っておかれたら、あたし……」

工藤
「放ってなんておかないって。よし、じゃあ再来週原稿が終わったら行こうよ」
彼女
「いやっ! 来週がいいの!」
工藤
「わがまま言うなよ。別にディズニーランドがなくなるわけじゃないんだから」
彼女
「……ばか」

 彼女の目から一粒の涙がこぼれる。

工藤
「え?」
彼女
「圭くんのばかっ!!」

 走り去っていく彼女。
 そして工藤は気づいた。

 来週の日曜日は彼女の誕生日だったことに

工藤
「……」

(――そう、俺には感動と苦労を共有出来る彼女がいないんだよ)
 よく考えてみると、本を書くことが決まっても私の周囲にいる異性の目はまったく変わっていない。
 ちはるちゃん(当時19歳・バイト仲間)に話した時はこんな感じだった。

工藤
「っていうか、聞いてくれよ。俺、今度本書くことになったんだ」
ちはるちゃん
「えー、なに、うそうそ!? ちょー凄いじゃん!! で、いつ出るの?」
工藤
「多分、7月頃になると思うんだけどね。出たらあげるから」
ちはるちゃん
「うんうん!! 絶対読む! あ、ところでさ、この間、○○ちゃんが遊びに来てー」

 話題はわずか15秒で変わった

 女っ気のない矢吹丈(声・あおい輝彦)だって、ホセ・メンドーサ(声・岡田真澄)戦の前、白木葉子(声・壇ふみ)に「好きなのよ矢吹君、あなたが!」と告白されていた。マンモス西なんて結婚までした。
 別に白木葉子や壇ふみに告白される必要はないが、本が出る前に、「好きなのよ工藤君、あなたが!」と言ってくれる女の子が一人ぐらいいてくれたっていいだろう。

「次はぁしんじゅくぅ〜しんじゅくぅ〜終点です」

 アナウンスの後、電車は新宿駅へと滑り込み、ゆっくりと停止する。
(――トリプルクロスカウンターによる殺人っていうのもありかなぁ)
 列車を降りて改札へと歩いていく。
 9割ぐらい終わったと昨日Kさんが言っていた。あともう少しで終わりだ。
(昼飯はミートソースにしよう)

 長い一日がまた始まる。

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