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Dec 2, 2008
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第四十回 親友たちとの宴
Aさんと酒を飲んだ翌日の朝――いや、昼過ぎだったか。起きてしばらく、さすがに体全体が重かった。
「……あー、頭いて」
そう呟いて、ジャンガリアンハムスターのウインナー君の餌を換える。ウインナーとは、「ハムスターの名前は大抵ハムだ、それじゃあまりに安直だからもっと変わった名前にしよう」という思考の元、「ハム→ウインナーで肉製品つながりだ、これでいい」という更に安直な考えで付けた名前である。
両手で顔を洗うような仕草をしているウインナー君。彼を飼い始めてから講談社の仕事を受け、「あたしの彼はハムスター」が角川書店の賞をもらった。まさにラッキーハムスターだ。
顔を洗って歯を磨き、新聞を読みながら朝食を食べるといういつもの行動を取っていると、友人の伊集院君(仮名)から電話がかかってきた。
「おう、工藤? とんぺいも今日来るって言ってたから」
この日、私の家で『出版よかったね、工藤おめでとうパーティ』が開催されることになっていた。企画立案は誰だったかさっぱり忘れたが、中学の頃からずっと私の小説を読んで、感想をくれた最大の恩人である高松君、「なんで勝手に俺の名前をおまえの小説で使うわけ?」といつも文句を言っている伊集院君、私が専門学校を辞めた後、高松君を通じて私の小説を読むようになってくれた丸山君、「たまに息抜きしろ」と言って、20年ぐらい前の土曜ワイド劇場で殺される女性みたいな人が出ている裏ビデオをたびたび供給してくれる羽賀君(仮名)が集まる予定になっていた。羽賀君以外は、全員、小学生からの友達である。
「そうかぁ、苑田も来てくれるのかぁ」
苑田君(あだ名がとんぺい)もみんなと同様、小学校からの友人だ。3年から6年まで一緒のクラスだったが、とにかく動物が好きでいつも飼育委員になっていた。人を傷つけることがまったくない心優しい男だ。
「俺はこれからおまえんち行くからさ。あ、酒とかおまえ買ったって言ってたよな」
「ああ」
私はちらっと冷蔵庫の辺りに置いてある一升瓶を見た。
「了解。んじゃ、またあとで」
伊集院君はそう言って電話を切った。
夕方、午後6時を回っただろうか。仕事を終えた友人ががやがやと集まり始めた。
今日何度目かのチャイムが鳴って、「はいはい」と言いながら玄関のドアを開けると懐かしい顔が飛び込んできた。
「お久しぶりです」
埼玉から来てくれた高松君がそう言って笑みを浮かべる。埼玉と神奈川で近いように思えるが会うのは正月以来だったと思う。
「おう、久しぶり!」
「みんな来てるの?」
「ああ、羽賀以外は」
「そっか。じゃ上がらせてもらうよ」
彼との仲を言葉で表すのはなかなか難しい。親友と言えば親友なのだが、そういう次元を超えた、彼がいなかったら俺もいないと断言出来る唯一の人間だ。
頭が良く、空手を習っていてまさに文武両道だった。両親は学校の先生だ。某有名大学に推薦で入った。スポーツは野球で偏差値40台の私とはあまり重ならないはずなのに、なぜかウマがあった。
高校を出て内輪受け以外の小説を書き始めた時、唯一の読者だった。どんなにひどい小説もまともに批評してくれた。夜中にジョルトコーラ持って訪ねて行って、「どうして俺は天才なのに世間は認めてくれないんだろう」と寝ぼけたこと言った時もとりあえず聞いてくれたし、「どうしてこんな壮大な夢を持っている俺に彼女が出来ないんだろう。俺的にはほら、クラス一の美少女でスタイル最高だった××と付き合いたいわけだけど」と舐めたこと言った時も、「まー、そんなに出会いがないなら××じゃなくて○○に電話してみたらどう? 結構工藤と合うと思うんだけど」とアドバイスしてくれた。
それだけじゃない。
学校の友人に私の小説を印刷して紹介してくれていた。高松君の彼女は、わざわざレポート用紙3枚ぐらいの、小説の感想をくれた。
とにかく、彼について書くとさっか道が10回ぐらい延びるんじゃないかというぐらい、様々な思い出がある。私が小説家になれると真面目に思ってくれていた人間は、この世で彼だけだっただろう。
「まっちゃん、久しぶり」
「まじで久しぶりだなぁ、元気?」
伊集院君や苑田君が高松君に声を掛ける。
仕事で遅くなる羽賀君を除いて全員が集まり、頼んでいた寿司が到着して、みんなで居間の狭いテーブルを囲んだ。
「だけど、工藤は凄いよなぁ。まあ、俺、小説とかあんまりわかんないんだけどさ、やっぱ小説家になるとか大変なわけじゃない? それを成し遂げちゃうんだから」
「いや、まだ小説家じゃないんだ。これからこれから」
苑田君の言葉に私はそう応える。
「で、その小説にはやっぱ俺とか出てくるわけ?」
伊集院君が眉間にしわを寄せながら言った。
「いや、伊集院は出さないよ。だって、俺の小説に出されるの嫌なんだろ?」
「……ぶっちゃけた話、すげえむかつくね」
「おまえ、こういうおめでたい席でそこまで言うなよ」
丸山君のツッコミで笑いが起こった。
「まあ、俺は今、工藤がどこまで有名になるか、それだけが楽しみだよ。友達でそういうやつ、工藤しかいないからさ」
丸山君がそう言うと、
「小説家になりたい奴なんてそんなにいないんだよね」
と高松君が口を開く。
そんな談笑がしばらく続いて、誰かがじゃあそろそろ食おうよと言った。
私は冷蔵庫の横にあった一升瓶を持ってきて、テーブルの上に置いた。
この日のために買っていた越乃寒梅。どうせならもう二度と飲まないような酒をということで、ネット通販を使って仕入れたのだ。プレミアが付いて1万2千円ぐらいしたが値段はどうでもよかった。
「なんなんだよ、この集まりは」
既に酒が入っている父親がランニング姿でそんなことを言った。息子が本を出すということはわかっているはずだ。多分、照れ隠しだったのだろう。
越乃寒梅は買ったのはこれまで支えてくれた人に対して感謝するためだったが、一番飲んで欲しかったのは父親だった。今まで彼と酒を酌み交わしたことはなかった。母親が亡くなって、私だけ浮いているような部分があったし、なんとなく男二人で酒を飲もうなんていう気にはなれなかった。
だが、この日だけは別だ。すべてを忘れて一緒に飲みたかった。感謝したかった。そして、祝ってほしかった。
栓を抜いて、それぞれのグラスに越乃寒梅を注いでいく。全員に注ぎ終わった時、伊集院君が乾杯の音頭を取った。
「それじゃいいか、みんな」
「おーけーおーけー」
「みんな、酒入ってる?」
「無駄に引っ張らなくていいっつうの」
「いや、入ってないやついたらあれだから」
笑いが起きて、伊集院君が高々とグラスを掲げた。
「じゃあ、工藤の夢がついに叶ったことに対して――」
みんなが声を揃えて叫ぶ。
「かんぱああああああああい!!」
「なんだかわかんねえけど、俺も乾杯」
そう言って父親は笑った。
この日、工藤家にいた全員が笑っていた。
母親が亡くなってから初めてのことだった。
