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Dec 2, 2008
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第六十三回 舞い込む依頼 その3 〜漫画原作編〜
「『ティーンズ向けの小説では、一人称(私は〜)はあまり使わない方がいい』と編集者に言われた」と、知人の作家さんに聞いたことがある。
あるティーンズ向け小説で、
「頑張っている人って、生き方がわざとらしくてむかつくんだよね」
というヒロインがいるとする。あー、わかるわかるという少女もいるだろうし、それはおかしいんじゃないかなと反発する少女もいるだろう。おかしいと思う子は、この言葉を言ったのが「彼女」であれば、このヒロインには感情移入出来ないが他にいい感じのキャラクターがいるからこの人を追いかけようと思える。しかし、「私」だと、すべて主人公の視点で話が動くわけで、とても感情移入出来そうにないとなった場合、つらくて本を読むのをやめるだろう。『キャンディ・キャンディ』がニールとイライザの視点で語られることになったら、と書くと十代の頃の気持ちを忘れてしまった人にもわかりやすいかもしれない。
18禁ゲームのプレイヤーは、ティーンズ向け小説の読者より更に主人公に同化するので(なにしろ登場人物全員が自分に向かって話し掛けてくるのだから)、合わない主人公には強く反発する。だいたい、無気力だから手っ取り早く女性と疑似セックスをしようと18禁ゲームをプレイしているというわけではなく、青春を思い出したいが、今年30歳になる彼女に高校の制服を引っ張り出して着てくれとはとても言えないとか、デゼニランド辺りからアドベンチャーゲームが好きで、今、アドベンチャーは18禁ゲームしかないので必然的に18禁ゲームをやっているとか、優柔不断でも無気力でもないのに18禁ゲームをプレイしている人はたくさんいるわけで、そういった様々な性格のプレイヤーを一つにまとめようというのは無理がある。攻略出来る女の子は10人を超えるのに、主人公は多くても2人ぐらいからしか選べないのは不思議と言えば不思議だ。プレイ出来る主人公も10人ぐらいにして、主人公によって攻略の仕方がまったく違うという風にすれば結構面白いものが出来るのではないだろうか。プレイヤーの性格と主人公の性格が近くなるので、ヒロインが“自分”を好きになってくれたという感動をより味わえるだろう。それに、普通は3パターンぐらいしかないヒロインの18禁CGも、主人公を10人にすればまったく異なるシチュエーションで30パターンに激増だ。
――と、そんなことは年食った今だから考えられるわけで、Zさんからメールが来た時はこれまで関わったことのないジャンルなので暴走だけはしないようにしよう、とにかく無難に行こうということだけを考えていた。
そして、キャラクター設定とだいたいのストーリーをメールで送ったわけだが、何かものすごく大切なことが足りないような気がして、でもそれがなんなのかわからないまま悶々としているうちに、また新たな依頼が来た。
「もしもし、工藤君? 角川書店のOです。こんにちは。元気?」
Oさんからの電話は久しぶりだった。この時点で、食前はとにかく大正漢方胃腸薬という状態だったので、もしものすごく難しい話だったらどうしようと思いながらも努めて明るく答えた。
「はい、一応元気です」
「一応って、なにが一応なのかよくわからないけど」
Oさんはそう笑った後、話を続けた。
「実はね、この間、ハムスターの話を角川書店が出しているコミック雑誌の編集長に読ませたらとても気に入ったみたいで、工藤君に漫画の原作を書かせてみようっていうことになったの。ほら、こういう言い方もあれだけどあの小説って漫画みたいでしょ。ああいうのを書けるなら、漫画の原作も書けると思うの。ということで新人の漫画家さんと組んでやってみない?」
Oさんのこの言葉に、私が後に思いっきり蹴躓いて顔面を地面に打ちつけて立ち直れなくなるような挫折の原因となるキーワードが含まれているのだが、この時は知る由もなく、単純に(うわ、また仕事が増えた)とだけ思った。
「漫画の原作ですか……。あの、俺、漫画の原作の書き方がわからないっていうか、まったく書いたことないんですけど、そんなんで大丈夫でしょうか?」
「別にシナリオ形式にこだわる必要はないのよ。小説形式でもいいし。それを読んで漫画家さんが絵にすればいいわけだしね。実際、小説という形で原作を書いている作家さんもいるわよ」
「あ、そうなんですか」
「難しい部分は、打ち合わせの回数を多くしたりしてこっちでもフォローするし。まず、編集長と会って話してもらった方がいいかなぁ。あ、じゃあ、その雑誌をとりあえず送ります。読んでもらえれば雰囲気とかわかるだろうし。その後に編集長に会ってもらうっていうことでどうかな?」
「はぁ、僕は全然構いません」
「それじゃ話進めるわね。じゃあよろしく」
電話はこうして切れた。
「……」
大正漢方胃腸薬が入ったビンの蓋をキリキリと開けながら考えた。
(漫画の原作と言えば……)
あれはどれぐらい前だったろうか。
どこへバイトの面接に行っても「あなたの年齢じゃ」と断られ続けていた頃、いつも図書館で気晴らしをしていた。小説家になるためには、とか、ライターになるためにはみたいな本を読んで、自分が小説家になった時のことを想像すると心が少し軽くなった。実際になった人がいるというのを改めて目にすると、折れかかっていた自分の心が元に戻るのを感じた。
いくつかの入門書以外に、牛次郎の漫画原作について書かれた本を手にした。別に漫画の原作者になろうなんていう気はなかったが、漫画の原作者になった自分を想像すると楽しくなった。当時の私にとって、本はマッチ売りの少女のマッチみたいなものだった。だが閉館の時間が来ると、空きっ腹をおさえながら、外食する金もなく、仕事もないという現実を思い知らされることになった。
過去を振り返ると、今の私はまるで夢の中にいるようだ。だが、夢の中だからすべてがハッピーエンドになるとは限らない。
いきなりあれもこれもという感じで仕事が舞い込んできたが、本当にこなせるんだろうか。だいたい、自分は金田一以降、一つも仕事を終わらせていないのだ。自分が出来る以上の仕事を請け負っているのではないか。
(いや、でも……)
私は再び首を振る。そう思う反面、今の状況は昔から俺が思い望んでいたものじゃないか、これでいいんだという気持ちも湧き上がっていた。
「今なにしてんの?」
と、道でばったり会った同級生に聞かれ、
「息してるの」
と逃げるのではなく、
「講談社の仕事とか、まあ他にも連載いくつかあるし」
と堂々と言える自分。
まだ作文書いてんのとか、現実が見えていないだとか、夢は夢で終わるから夢って言うんだとか、知った風な口をきかれてまったく反論出来ない惨めな自分には戻りたくない。周囲の人間を圧倒するためにも、仕事は断らずに依頼されたものすべてを請け負うべきなのではないか。
私は痛み出した胃の辺りを右手で抑えながら、こたつテーブル上に腰掛け、左手で額をゆっくりとさすってため息をついた。
翌日。Oさんから宅急便で雑誌が送られてきた。電話の翌日だから、これは本当にやる気なんだなと思いながら開封してみると、
『工藤君へ よろしくね。O』
と、丸みを帯びた読みやすい字で書かれたメモ用紙が貼りつけられた表紙が真っ先に目に入った。私は自分の部屋の床に腰を下ろして、ペラペラとめくった。
(いかにも角川書店という感じの絵だな)
10年前のりぼんとちゃおしか知らない私にとって、シャープな線で綿密に描き込まれた少女漫画は新鮮だ。今風の絵というのは、こういうものなんだろう。そして、しばらく読んでいるうちにふとあることに気がついた。
