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作家というのはやはり少し変わった仕事であり、その変わった部分というのはいろいろあるが、たとえば人から見てすごく忙しそうなときは案外暇だったり、最近はなんにも聞かないけどあの人なにやってるのかしらと噂されているようなときがもっとも忙しかったりする。
たとえば、1月1日から執筆に取り掛かる。書き終わるのが3月31日。この間がもっとも忙しいが、仕事の性質上、同僚、あるいは後輩の女性に頑張っている姿を目撃されるということがなく、対外的にはただひたすら、噂を聞かない期間としてネガティブな時間が積み重ねられていく。そこから著者校正やらなんやらが終わって完全に作家の手元から原稿が離れるのが4月30日。出版されるのが6月25日ぐらいでやっと日が当たり、この流れで行くと初版の印税が入るのは 8月10日ぐらいだったりする。
1月1日 執筆開始
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中頃以降、最近、まったく話題を聞かないというところから与える転落感で周囲が接触を恐れるのか、友人、知人からの連絡が完全に途絶える
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3月31日 脱稿
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とりあえず一息つくが誰からも連絡はない
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4月30日 校正終了
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原稿が完全に手を離れたが誰からも連絡はない
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6月25日 書籍発売
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急に遊びに誘われたりするがお金がない
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8月10日 仕事開始から七カ月と十日、終了から三カ月と十日でようやく報酬(印税)が振り込まれる
以下、上記のサイクルがループする。
上記のスケジュールはあくまでもたとえだが、重ねていうと普通の人から見て「あの人、最近話まったく聞かないけどいまなにやってるんだろうね」といいたくなる時期(1月~3月)が最高に忙しく、「この間、本出したんだって? じゃあ少し前まで忙しくて大変だったでしょう」の“少し前”(5月~6月)は、実際はもうやることがなくなっていて完全にフリーということになる。
ハムスターに取り掛かってからの私は、仕事はKさんのおかげで定期的にあったものの、「今度、あの雑誌に載るから」ということはあまり人にいわず、よって対外的には本(金田一)を書いたと派手にぶち上げたが、その後、今まで通りなにをやっているのかわからない人に転落していたので、ハムスター出版決定後、「今度、自分の本が出ることになったから」と電話やメールで報告したときの友人たちの反応は祝福とともに一様にほっとした感じだった。
あれからどうなったのか気になっていたんだ。あのときも小説を書きたいってずっといってたじゃん。予定もあるっていってたからどうなったのかなって。本はわざわざ送ってくれなくていいよ、自分で買うから工藤の家にいったときにサインしてくれ。
とにかくおめでとう。ついに作家デビューか。女の子向けの小説なんだってね。そういう小説って今まで読んだことないけど、必ず読むから。あ、本が出たらみんなで集まろうよ。俺が適当に声掛けておくからさ。色紙持っていくわ。
そんな内容のメールが友人たちから返ってきて、改めて、 やり遂げてよかったなあと思った。
しばらくして、達成感を感じながら日々過ごしていた私のもとにOさんから電話がかかってきた。
「角川書店のOですけど」
「あ、どうもこんにちは」
久しぶりに編集者からの電話をノープレッシャーで受けたような気がする。
「えーと、いろいろ話したいことがあるんだけど、なにから話そうか……うん、じゃあ、まず、挿絵のことから」
「あ、はい」
イラストやデザインは専門外だが、ジュブナイル小説のイラストはかなり重要だということはさすがにわかる。ただ、女の子向けの小説に付くのだからきっと描く人も女性だろう。女性漫画家って、柊あおいが『星の瞳のシルエット』の『りぼん』で連載していた頃の、『りぼん』と『ちゃお』の連載陣しかわからないのだが話に付いていけるだろうか……そんな不安を抱きながら少し小さめの声で返事をした。
「この人にお願いしようって決めている人はいるんだけど、まだちょっと調整中なの。決まったら連絡するからちょっと待っててね」
Oさんの口から具体的な名前が出なくてほっとした。
「発売はメールにも書いたけど三月か四月、どちらかになると思う。わたしとしては三月がいいかなあと思っているんだけど、これもちょっと調整中。それと……」
Oさんが少し意味ありげに溜めて、続けた。
「本のタイトルについてなんだけどね」
(あ……!)
忘れていたわけではなかったが、あまり考えたくなかった、『わたしの彼はハムスター』ではあまりにもそのまんま過ぎるということで変えられないかという意見がOさんから出ていたタイトル変更問題。ここでぶり返されるとは思っていなかった。『バイオレンスハムスター』しか考えていないが、仮に「工藤くんの案を教えて」といわれた場合、とても口にできない。どうしよう。
「わたしもいろいろと考えてみたんだけど、なんかどれもはまらないのよね。だからね、最後にエクスクラメーションマーク、えーと、びっくりマークっていうやつね、それとクエスチョンマークを付けたらどうかなって。そうすれば、一応『そのまんま』ということにはならないでしょ。まあ、あまりいい解決方法ではないかもしれないけどどうかな」
つまり、
『わたしの彼はハムスター!?』
となるということか。
「あー、いや、それでいいんじゃないかなと思います。僕もいろいろ考えたんですが、やっぱりあれよりぴったり来るものがなくて、ははは」
バイオレンスハムスターを口にせずともよくなり、また、ハムスターから解放されて頭が完全にトロピカル状態で、また新たにハムスターについて考えろといわれても不可能な状態だったので心底ほっとした。
「じゃあ、タイトルはそれで決まりね。それで」
「はい」
「話のラストのことなんだけど、ここがちょっと要相談なのよね」
「はあ」
賞を取ったバージョンでは人間とハムスターで仲良くやっていきます、今のままでも充分幸せですというものを、それではあまりにも軽すぎないかと離ればなれにしたラスト。物語に入り込み、二人に感情移入してこれが最良だと考えた結末で、自分としては納得の、もっというと工藤圭の小説という刻印のようなものだと思っていた。自分の中ではあの話はあの結末以外にあり得ないし、恐らく今書いても同じ結末になるだろう。
だが、Oさんの口から出てきた言葉は意外なものだった。
「わたしはこの小説を三部作で考えているの。もちろん、最初の本がどれだけ売れるかということでも変わってくるけど。それでね、もし続編を書くということになったらこのラストだと引きとしてはあまりよくないのよね。これで完全に終わり、という感じになっちゃうでしょ? だから、できればラストを続編の含みを持たせるようなものに変更してほしいの。二人が別れるというラスト、変えられないかな?」