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「わたしと会うの……これで最後じゃないよね?」
彼女の言葉に私はどう反応していいのかわからなかった。彼女に対して思い入れがなかったということもあるし、遠くに見えていた人が気が付いたら隣にいたみたいで困惑してしまった。
女性と遊んでその別れ際、なんの前振りもなく、
「なんかね、来週から急に会社の仕事が忙しくなるみたいで、悪いんだけど、今までみたいにメールしたり会ったりするのはもう無理だと思う。とにかく、落ち着いたらまたこっちから連絡するね」
と言われて、今もって連絡をもらえていないケースは多いのだが、岡崎美女みたいな子にこんなに可愛い調子で「これで最後じゃないよね?」なんて言われた経験はない。どう答えたらいいんだろう?
少しの間考えた後、私は言った。
「いや、またお互いの都合が合ったらいつでも遊びに行こうよ」
「……じゃあ、また誘っていいの?」
「いいよ」
「よかった」
彼女は再びはにかみながら言った。
もともと私が彼女に対して気があれば、「じ、じゃあ手をつないで帰ろうか」と『BOYS BE…』に出てくる主人公並みの青い行動を見せたであろうが(羽賀君だと、『じゃあ早速、そこにあるホテルのダブルルームに泊まろうか』となるだろう)、何度も書くように特別な感情はなかったので、とりあえず並んでタクシー乗り場へと行き、彼女を先にタクシーに乗せ、私は後から乗り込んだ。
車内ではあまり会話がなかったと思う。
お互い、窓の向こうを見たり、たまに喋り掛けたり、そうこうしているうちにタクシーはうちの近くの交差点に差し掛かった。
「僕はここでいいです。彼女まだ乗ります」
男性の運転手にそう言って降り、
「それじゃまたね」
と彼女に軽く手を振った。彼女も笑顔で手を振り返し、信号が青になったところでタクシーは走り去っていった。
一夜明け、私は講談社青い鳥文庫のための構想を練り始めた。
(児童小説だろ。児童小説って、ズッコケ三人組とか江戸川乱歩の少年探偵団ぐらいしか知らないけど、ああいう感じでいいのかなぁ)
大好きなアンドーナツを食べ、新聞を読みながらあれこれと考えた。もともと児童小説作家になりたいと思っていたわけではないので、どういう風なストーリーで、どんなキャラクターを出せばいいのか、とにかく基礎の基礎からさっぱりわからなかった。
私の中にある児童小説の世界観(サンプルは国語の教科書に出てくる小説)はNHK教育テレビの「みんななかよし」のそれと被っていた。なれそれ? という人も「くっちぶえふ~いて~ あきちへ い~ったあ~♪」と書けば、(あー、あれか)となんとなく思い出されるだろう。
この番組から考える、私にとっての児童小説王道ストーリーは、
起→クラスのAくんが誤って教室のガラスを割った。しかし、Aくんは先生に怒られるのを恐れて、Bくんに罪をなすりつける。
承→密かに事件を目撃していたCくんだが、彼は「ちくり野郎」と言われたくないので黙っている。
転→Cくんの幼なじみのDちゃんが、「ちくるのは卑怯じゃない。卑怯だという方が卑怯者だ」ってなことを言う。
結→Cくんが先生に本当のことを言って、なんとなく丸く収まる。
こんな感じだ。
ということは、
ガラスを割ったのはAくんではなかった。誰かをかばっていたのだ。目撃者のCくんは夜道で襲われ、Dちゃんには脅迫状が届く。なぜ犯人は、ガラス窓を割ったたぐらいでここまでするのか。新任の教師Eは悩む。
そしてある日、Eは驚くべき光景を目撃する。2時間目の授業まで全員揃っていたのに、3時間目の始まりの時点で全員消えてしまっていた。黒板にはこう書かれていた。
『さようなら』
いったい、生徒たちになにが!?
ってな感じでミステリーの要素を含ませればいいんだろうか。
それとも金田一少年の事件簿のように、本格の要素を入れて、殺人事件もたくさん起こして、人間ドラマも書くべきなんだろうか。
考えれば考えるほどわからなくなるので、食事を済ませた後、とりあえず児童小説を書くのに参考になりそうな本を探そうと図書館へ行き、よさそうな本を2、3冊借りてきた。
主人公はこんな性格に設定しろ、視点はこうしろ、テーマはこう入れろ。どの本にも役立ちそうな情報が載っていたが、いまいちピンと来ない。
なぜピンと来ないんだろうと考えていたら気がついた。
さとうふみや氏にインタビューした帰り、Aさんは私にこんなことを言っていた。
「はやみねさんの夢水清四郎(はやみねかおる氏の著作に出てくる名探偵)はわりと掴み所のない男で、その辺が女の子に受けているんだけど、なんていうのかな、アウトローっぽい男っていうのもいいんじゃないかと思うわけ。まあ、最近だったらGTOの鬼塚英吉だよね。その辺で何か面白いミステリー書けないかな? 工藤君の感性で」
(アウトローな成年男性が主人公の児童小説という時点で、こういったマニュアルは通用しないんじゃなかろうか……)
私は借りてきた本を閉じ、再び考え込んだ。