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あたしの彼はハムスター。それは私にとってどれほどの作品なのかはわからないが、妙な愛着があることも確かだ。自分で、不完全な作品だということがわかっているからかもしれない。
とりあえず、どういった作品なのか、早速クライマックスシーンを読んでいただくことにしよう。
高校1年生の相沢由佳は、2年前、親友の片思いの相手で、同級生の七瀬徹也が、自分をかばい、ワゴン車にはねられて死んだという悲劇的な過去を持っている。
ある日、探偵である母親とデパートに買い物に行き、彼女はそのデパートにあるペットショップでサファイアブルー色のジャンガリアンハムスターを見つけ、心惹かれるものを感じる。雰囲気が、死んだ七瀬徹也によく似ていたのだ。
しかし、由佳の母親はネズミに対してトラウマを持っており、ハムスターを飼うことは出来ない。
諦めて帰ろうとする由佳の頭の中に、こんな声が響いた。
「おい、おまえ相沢由佳だろ? 俺だよ、七瀬徹也。どういうわけかハムスターに生まれ変わっちゃったんだ」
驚いた由佳は、ハムスターになった七瀬を家に連れて帰る。
家に帰った由佳を待っていたのは、母親が誘拐される現場だった。彼女の母親は、密かに覚醒剤密売組織を調査しており、その関連で誘拐されたのだ。
組織から、母親と引き替えに重要データが入ったフロッピーを探し出すことを要求されるが、ハムスターの七瀬の知恵もあり、フロッピーを無事発見する。
しかし、組織は結局の所、母娘を殺すつもりでいた。
由佳も組織に連れ去られ、彼女は連れ去られた先の倉庫で密売組織の黒幕に会う。なんと、黒幕はデパートのペットショップの店長であった。動物に覚醒剤を飲み込ませ、それを客に売っていたのだ――――
(なるほどね……)
ハム七瀬があたしの肩に乗ったまま、言った。
(……前に俺、おまえに話したことあるよな。ハムスターを20匹買っていった男の話)
あたしは声を出さずに、無言のまま頷く。
(そのハムスターの体内に覚醒剤が入っていたんじゃないかと思うんだ)
ハムスターの体の中に!?
あたしは思わず口を開けて、ハム七瀬の顔を見る。
(ハムスターに覚醒剤の入ったカプセルのようなものを無理矢理飲ませ、それを客に売っていたんだろう。……俺たちハムスターっていうのはな、一度飲み込んだものを絶対に吐き出せないような体の仕組みになってんだ。……陰でこそこそやれば、かえって警察にマークされる可能性もあるけど、ペットショップでハムスターを介して覚醒剤を売るとは、普通誰も考えない。しかし……ハムスターを覚醒剤と一緒に売るなんてとんでもねえ奴らだぜ)
ハム七瀬は吐き捨てるようにして、そう言った。
なるほど……。
そういうことだったのか……。
お母さんがしつこいぐらいに、ペットショップから早く帰ってこいと言ったのも、警察に連絡するつもりだったからに違いない。
あたしが尾行されていたのも、お母さんじゃなくて、あたしを誘拐し人質にし、フロッピーを取り返そうという考えもあってのことだろう。
「さてと、そろそろ準備に入りましょう。用意は出来ていますか?」
男が、後ろを見て、若い二人の男に声をかける。
二人とも着ているシャツが弾け飛びそうな身体をしている。
多分、どっちかがあたしとお母さんを連れ去った犯人だろう。
「はい、もう混ぜ終わってます」
「わかりました。それでは、二人を運んでいって下さい」
「はい」
二人の男がそう頷いて、一人があたしの肩に手をかけた瞬間だった。
(相沢! 思いっきり力を入れて、ヒモを引きちぎれ!)
「え?」
(さっき、ヒモを噛んで引きちぎれるようにして置いたんだ)
「さすが、ネズミだっ!」
(ハムスターだよ)
「どっでもいいでしょっ!」
あたしが急に声を上げてびっくりしているすきに、あたしはこれ以上出ないというほど力を入れ、紐を引きちぎると、男に思いっきり張り手をかました。
乾いた音が倉庫中に響き、男は鼻血を出す。
ざまーみろっ!
どうせ死ぬんなら、あなたを一発ひっぱたいてからじゃないとね。
「お母さんっ!」
そして、倒れ込んでいるお母さんに駆け寄り、肩をゆする。
「お母さん、お母さん起きて! しっかりしてっ!」
「ん……由佳?」
ずっと閉じていたお母さんの目が、重い扉を開くようにゆっくりと開いた。
「お母さん! よかったぁ……」
その時。
あたしは、ものすごい力で上に引っ張られ、そして顔を平手打ちされた。
ドラム缶に叩きつけられるあたし。
「今、ここで殺されたいか? えっ!!」
男は先ほどとはうって変わったような、暴力的な口調でそう言い、あたしに拳銃を向けてきた。
(やめろっ!)
「七瀬っ!」
(わかったんだよ、死んだ俺がハムスターに生まれ変わった理由がな。好きな女をもう一度助けろってことだったんだよっ!)
「七瀬―――――っ!」
ハム七瀬がいつの間にか壁にかけ登っていて、男の顔に飛びついた。
そして爪で男の目をひっかく。
男は咄嗟に目を押さえ、そして下に落ちたハム七瀬を持ち上げると、思いっきり壁に投げつけた。
「いやーっ!」
コンクリートの壁に叩きつけられて、床に落ち、ぴくりとも動かなくなった七瀬。
また、あたしのために死ぬんじゃうの!?
いやだ!
あたしは、すぐにハム七瀬に駆け寄り、そして両手で抱き上げた。
「全員ぶっ殺してやる」
男のそんな声がして、あたしはハム七瀬を抱きながら覚悟を決めて目を瞑ったとき……。
「警察だ、動くなっ!」
そんな声がして、何十人もの警官が中に入ってきた。
「そ、そんな馬鹿な!」
男の慌てた声が聞こえる。
そして、警棒で人が殴られる音がして……手錠が3つかけられる音がした……。
いったい誰が通報したんだろう……。
でも、そんなことはどうでもいい。
あたしは、七瀬の顔に自分の顔を近づける。
目は閉じたままで、息もしているのかしていないのかわからないぐらいに弱い。
「しっかりしてっ! もうあたしのためになんか死なないでよ……なんで、いつもあたしを助けて死ぬの……七瀬、お願い、起きてっ!」
あたしは声を張り上げる。
またこうなの?
せっかく会えたのに、またこうなってしまうの?
3年前、あなたがあたしをかばって車に跳ねられる直前、あたしはあなたに告白された。
でも、あなたの気持ちには応えられなかった。
あなたは、あたしの親友が好きな人で……そんな人をあたしは好きになれなかった……。
でも、あたし、今なら言えるよ。
あなたのこと、好きだった。
大好きだった。
「七瀬、あたし、あなたのこと好き……だから、あたしをもう悲しませないでよ。……起きてっ、七瀬!」
あたしは両手で包み込むようにして七瀬を持ち、自分の胸に当てた。
涙が何滴も、床にこぼれ落ちた。
あたしの周りは時間が止まっているようだった。
~当然、この後も続く~
うちのサイトのバナーを作ってくれた志月さんが「あたしの彼はハムスター」のイメージイラストを描いてくれました。本当に可愛いイラストなので是非ご覧下さい。