2011-2-24 Thursday

iアプリ版電子書籍『真明解恋愛用語辞典』はこうして作った 中編

フォントいじりが使えない

 メインプログラマーのBさんからその事実を聞いたのは、メールでだったか、それとも直接会ったときにスイーツを食べながらだったか、確か後の方だったと思うが、どちらにしても執筆がある程度進んだ年明けのことだった。

「実は、strongタグで括っているところなんですけど、携帯のフォントには太字というものがなくてうまく表現できないんです」

 ケーキの上にのっているカットバナナをフォークで刺しながら次から次へと口の中に入れて、打ち合わせのうの字の雰囲気も出していない私に対し、Bさんが携帯をテーブルの上に置いて言った。一応覗き込んでみたが、まだ食べている最中だったのでとにかく全部食べてから真剣に参加しようと思い、私が実機を手にしてそれを確認したのは皿の上のケーキが綺麗になくなってからのことだった。
「そういわれると、携帯でボールドって見た記憶がないですね」
「そうなんです。だからどうしようかと」
 どういうことかというと、いわゆるテキストサイトでよく使われている“フォントいじり”が使えないということになる。
 たとえば、

 は? なに言ってんの? あたしたち付き合っているわけじゃないじゃん

 と、PCのブラウザではstrongで括りさえすれば太字にして簡単に目立たせることができるが、携帯には通常のフォントに比べて大きいものは存在するものの、「微妙に太い」というフォントは存在しないので、括っても見た目の変化がないのだ。

(多分)シミュレータ上の表示

「strongが駄目っていうのは痛いっすねえ」
 水を飲みながら右手で目の上をさすりながら言った。
 10年前のテキストサイト全盛期、「テキストサイトの『フォントいじり』って、ここが笑いどころ、っていちいちアピールしているわけ?」と批判され、今は今で、ツイッターで「オチでフォントがでかくなる文章を見ると、大昔に絶滅したテキストサイトを思い出す」といわれ、それでも、

 という気持ちで、使い続けているこの手法、恋愛用語辞典でもかなり用いているので、取っ払うというのは厳しい。

「でも、このstrongのところって効いているじゃないですか。なくすわけにはいかないと思うんです」

 BさんとHさんが共に発した言葉に、私は伏せていた顔を思わず上げた。
 理系の人って、「笑いどころアピールうざい、おまえの意図を読み手に押しつけるな、プレーンテキストを好きに読ませろ」っていう人ばかりだと思っていたけど、そうじゃないんだ。本当に恋愛用語辞典の世界観を気に入ってくれているんだなあと感激して思わず握手したくなった。

「となると、色を変える、ということになると思うんですが……」
 Bさんの言葉に、すぐあの色が思い浮かんだ。
「そうですね。まあ、そうなってくると赤とかが候補に挙がってきますよね」
 私はここで言っているほどフォントいじりを使うタイプではないし、行開けもほとんどしないし、大きくしたフォントを赤くすることもなく、どちらかといえば「いかがなものか?」的な文章を書いていた人間だが、太字が使えず代わりの表現を使うということなら、やはりフォントいじりという手法をいい意味でも悪い意味でも象徴している“赤”しかないだろうと素直に思った。
「わかりました、じゃあ赤でやってみます」
 Bさんはすぐに頷いてくれ、翌日、strongで括った部分を赤にしたePubファイルをメールで送ってきてくれて、最終的にこれで行こうということになった。違和感は特にないし、私はこの選択についてはベストだと思っている。

赤いところがstrongタグで括っているところ

電子書籍の基本デザインって?

 一月の段階で、仮縫いのような形のePubが用語を追加するごとに送られてきた。この時点ではデザイン云々というのを考えている余裕はなく、とにかく原稿を進めることしか頭になかったが、一月中旬から二月にかけて用語がかなり埋まってきて分量的には今と近い状態になってくると、デザイン、あるいユーザビリティが気になるようになってきた。
 私、Hさん、Bさんはどこになにがあるのか当然知っている。だから迷うことはないし、最短の操作でそこへ行くことができる。だが、初めて目にする人はどうだろう。Bさんが知人の方に読んでもらったところ、すぐにこんな注文が入った。
「用語の説明を読んで、よし、目次に戻って別のものを探そうと思うけど、目次へのリンクがない」
 そうなのだ、これはもともと私がなんとなく、(確か、iPadの電子書籍ビューワには目次へ戻る、みたいのが勝手に付いていたような気がするからページに付けなくていいや)と取っ払ったのが原因である。
 また、正直な話、書籍という言葉にとらわれすぎて、読者は一度読み始めたから順序通りに1から2、2から3へと読み進めていくのではと考え、書籍内での誘導というものが頭になかった。

 ウェブサイトであれば、

 上の画像のように、

  • ロゴ[A]は左上か真ん中で、ホームへのリンクが張られている
  • ページ上部[B]にパンくずリスト
  • ページ右下[C]に「ページのトップへ戻る」のリンク

 と、お約束としてそうだよねというデザインが存在している。大抵のサイトがそうだから、訪問者も、ホームへ戻りたくなったら左上のロゴをクリックし、ページ内で迷子になったらパンくずリストで位置を確認し、ページ最上部に戻りたくなったらページ最下部の右下を確認する。
 ところが、電子書籍はハイパーリンクが使えてあっちこっちに飛べるわりにページ内のここをクリックすればあそこへ行くという約束事がまだなく、読者がどういったナビゲーションを期待しているのか不明で、ページ内にどういうリンクを用意すれば、それをどう見せればいいのかよくわからない。

 たとえば、恋愛用語辞典で、文章中に別の用語が出てくることがあったらリンクを張って飛べるようにしようというアイデアがあった。ウィキペディア内のリンクのようなイメージだ。

文中に別の用語のタイトルが出たら、リンクを張ってその用語に飛べるようにする

 ところがそのリンクを使うと、飛べるけど戻れない、のだ。ブラウザには必ずある「戻る」が存在しない。マウスジェスチャなんて言わずもがなである。じゃあ、飛んだ用語のページに「前のページへ戻る」というリンクを入れようかという話が出た。だが最初から順序よく読んできた人が目にしたら戸惑うことは明白である。その人にとっての前のページは文字通り、一つ前のページだからだ。

 もし、電子書籍が成熟して、ガイド的な意味を持つリンクにそれぞれシンボリックなアイコンが存在するようになったら(たとえば、ウェブサイドであれば家のアイコンはホームへのリンクであるように)、携帯の狭い画面であっても多様なリンクをデザインを崩さずに配置することが可能だろう。だが現状では存在しないので、リンクを付けるならすべて文字で付けるしかない。意味が重なれば、

  • 物理的に一つ前のページへ戻る
  • 直前に見ていたページへ戻る

 と説明調にせざるを得なくなり、かえって読者を混乱させると同時に携帯のような狭い画面ではレイアウトを崩してしまう。

 結局、目次へのリンクはページ後方に付けることで無事解決したが、文中リンクは諦めることになった。ハイパーリンクが使えるのが本にはない電子書籍の一つの売りだろとは思うものの、読者が戸惑うのが明らかな状況では使えない。
 端末に依存しないユーザビリティの統一化は、電子書籍の今後の大きな課題の一つだろう。

ePubの校正

 年末の段階では「一月上旬には完成させるぞ」と怪気炎を上げていたものの、私の文章も、Bさんのプログラムも一月上旬では完成にはほど遠く、実際に終わりが見えてきたのは当初の予定から一カ月遅れの二月上旬のことだった。
 私だけ遅れていたら申し訳なくて言い出せなかったかもしれないが、プログラムもまだだったので、この期間を利用してもともとあった80の用語についても全部見直すことにした。もし、一月上旬リリースであれば古い用語にはまったく手をつけなかっただろう。

 用語を増やしたり、加筆、修正を加えるたびに、BさんがGoogleドキュメントからCSVで落とし、生成した新バージョンのePubが作って送ってきてくれたが、今だから言うがあまり見てなかった。というのは、最終的な校正がまだなので見てもなにもできないだろうなと思ったからだ。
 連日送られてくるePubをチェックし始めたのは、新規用語をすべて書き上げて、古い用語の加筆修正が終わってぐらいからだったが、チェックしていてタグの記述ミスを何カ所か見つけた。たとえば、

	
<a href="example.xhtml">リンク</a>

	

 と書くべきところを、

	
<ahref="example.xhtml">リンク</a>

	

 としているなどである。

 BさんとHさんはおそらく、CSVから取り出したテキストデータにpとかstrongなどのタグを手打ちで付けていったのではと推測されたが、紙の本とは違い、電子書籍(ePub)には文章の校正のほかに、タグ周りも見る必要があるのだということにそこで気がついた。
 Bさんがプログラミングで大変な様子はひしひしと伝わってきていたし、よく考えるとこの辺は私でも修正できる部分なので、申し出て手を入れさせてもらうことにした。

参考までに紙の本の校正の流れ

  1. 作家が書いて編集者にメールで送る
  2. 編集者がプリントアウトして校正
  3. 同じくプリントアウトされた原稿を校正者が校正(誤字脱字のほか、表記揺れ→ずっと“サーバ”って書いてあったのに、一箇所だけ“サーバー”になってたよ、とか、表記の問題点→アタッシュケースってあるけど、アタッシェケースじゃないの? とか)
  4. 編集者と校正者の指摘、意見が入った原稿が作家に送られてきて、作家自身が校正(作家がいう、赤を入れるというのはここ)

 HTMLの校正だと、最初に思い浮かぶのはAnother HTML-lint、ソフトウェアであればlintよりずっとマイナーだけど、私個人としては神ソフトの一つである『HTMLクイックチェッカ』などがあるが、ePubを校正する際に私が推すのはFirefoxのアドオンである『EPUBReader』である。文字通り、校正を意図したものではなく、ePubを読むためのソフトなのだが、Adobeの『Adobe Digital Editions』と違い、ファイルを読み込んでタグの記述に問題があった場合、パースエラーだなんだといちいち指摘してくれる。
 リーダーという観点から言うと、多少のミスには目を瞑ってとにかく読めるようにした方がいいんじゃないかなと思わないでもないが、私が小学生の頃、縦書きで左から右へ進む文章で絵本を描き、得意になって見せたら「そんな気持ち悪い文章、見たくない!」と言い放ち、受け取った童話を私に投げてきて創作意欲を摘んだ亡き母のように、問題があったら「これはePubではない」と表示を拒むというのも一つの愛かもしれないとも思う。

 天国のお母さん、俺、頑張ってるから!

~次回、後編に続く~

[お知らせ]

 iアプリ版電子書籍『真明解恋愛用語辞典(新が真なのは間違いではありません)』の発売は、来週の頭、28日頃になりました。

posted by kudok @   | Permalink

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