2013-2-06 Wednesday

あなたの友達が、「これ読んでくれない?」と自作の小説を持ってきたら

 私の周囲に、タイトルのようなことを言い出す人間は私しかおらず、おそらく、全国的にもそんなに数は多くないと思いますが、作家志望というのはいつの時代にも確実に存在するものです。もしかしたら、あなたの近くにいて、今日にでも言ってくるかもしれません。
 無駄に疲れたくないなら、「他の人に読んでもらった方がいいよ」と答えるのが無難ですが、「仕方ない、友人として引き受けてやるか」と思ったら、以下の点に注意してアドバイスをすると人間関係の悪化を最小限で食い止められる可能性が高まります。

細かなチェックはやめて、面白かったのかつまらなかったのかだけはっきりさせる

 一般の人というのは、素人の小説を預けられるとものすごく些末なことを指摘することが往々にしてあります。抱いている編集者のイメージ通りに振る舞おうと思うのか、あるいは、肩に力が入りすぎるからでしょうか。
 たとえば、

「そんなことないわよ」
 女子高生の花子は言った。

 という文章があったとして、

「今時の女子高生が語尾に『わよ』なんてつけるのは不自然!」

 などと、熱く突っ込んでしまったりするわけです。
 プロの原稿でも直しがたくさん出るわけですから、素人の文章なら挙げていけばきりがないほど、細かな問題点があるでしょう。で、その細かな問題点を徹底的に指摘していって、結局、「面白いのかつまらないのか」を言わずに原稿を返却ということが、これまたあります。つまらないとは面と向かって言いづらいから、些末な部分の指摘のみになってしまうのかもしれません。

 ただ、はっきり言って、女子高生の台詞が自然になると、つまらない話がぐっと面白くなるということはないですよね。つまり、(作品がつまらないのであれば)上記のような指摘はあまり効率的ではないのです。設計ミスで誰も住めない新築の家のペンキの塗り方が汚いと言い、塗り直しを命じるようなものです。仮にものすごく面白い話だったとしたら、新人賞に出して、賞を取って、本にするという段階の校正で編集者とあなたの友達がどうするのか考えればいいだけのことです。
 些末な指摘というのは、ようは重箱の隅をつつくということですから、される側の小説を書いた人間が聞いている間にイライラしてきて、「だったらおまえが書けよ!」とぶち切れやすくなるというデメリットもあります。

 面白いのかつまらないのかだけを判断して、つまらない場合は、なんでつまらないのか、どこをどうすると面白くなるのかということを考えてアドバイスをすると、あなたの友達には有益なものなるでしょう。
 まあ、些細な問題点を指摘しても、つまらないと言っても、どっちみち、相手は怒り出すわけですから、友達だと思っているなら、より有益なことを言ってつかみ合いのけんかをした方がいいですよね。

次の段を見据えてアドバイスをする

 素人の小説というのは、どう読んだとしても、大抵、物足りないものです。比較対象として、超一流の作家の作品を思い浮かべて、「あの作家の作品と比べると垂れ流しのクソみたいなもの。プロをなめんじゃねえ」と説教したくなるかもしれません。

 ただ、こう考えてみてください。
 生まれて初めて自分の小説を人に読んでもらうという段階の人は、プロサッカー選手になりたいと思っている小学生みたいのものです。小学生がよくないプレーをした時に、日本代表のザッケローニ監督が選手たちに求めるような、高度なプレーや状況判断を押しつけることは意味のあることでしょうか。
 その子が出来るプレーを踏まえて、その一つ先のレベルに送ってあげるというアドバイスの方が効果があると思います。

 たとえば、自分のことをチビでデブでブスで、なんの取り柄もないと思っている(けど、客観的に見てかわいい)ヒロインが、自分に変なあだ名をつけてちょっかい出してくる男の子を、なんいろいろ(頭を撫でられたとか)あって好きになり、最終的に彼と付き合うようになるという話をあなたの友達が「『文藝賞』を狙っている」と言って渡してきたとします。
 いろいろと言いたくなるでしょう。
 ただ、そこで「文藝賞を……なめんじゃねえ!(サラリーマン金太郎の高橋克典風)」と啖呵を切ってしまうと、あなたは気持ちがいいと思いますが、友達はうまく成長できません。

こういうストーリーであれば、ここをこうした方がよくなるんじゃないか」

 という風に、友達が作ってきた世界をベースとして、今の段階から一つ上に導くようなアドバイスをした方が友達には有益なものになります。たとえば、

「見た目以外の部分で、ヒロインにコンプレックスを持たせると、本当はかわいいのに、自信を喪失しているというところが嫌味にならないし、話を更に広げられるんじゃないか」

 とか?
 こういう、ちょっとしたことでいいのです。その小さなアドバイスの積み重ねが、友達の書く小説のレベルを少しずつ、でも確実に上げていくのです。

自分の好みで縛らない

 誰にでも好きなタイプのストーリーというのがあると思います。しかし、友達が書くものは必ずしもそういったストーリーとは限りません。となると、あまりいい印象を持てないということがあるでしょう。

 その場合は、自分には判断がつかないとはっきりと言うべきです。一番まずいのは、自分の好みに誘導しようとすることです。

 なぜまずいのか、これは『些末な指摘をする』『書いてきたものを全否定する』にも言えることなのですが、繰り返すことによって友達があなたに囚われてしまうからです。
 たとえば、友達が「お前を感動させる小説が書けるまで、新人賞には応募しない」と言い出したらどう思いますか。そこまで信用してくれてうれしいと感じるかもしれません。しかし、もし賞に応募したら、大賞を受賞し、たくさんの人を喜ばせる作品になるとしても、あるいは、賞はやれないけど、見所があるから担当についてやろうという編集者が現れるとしても、あなたが、「この小説は、俺はあんまり好きじゃない」などと言ってしまったら、それまでということになるのです。やがて、友達は、あなたを感動させる……ではなく、駄目出しを繰り返すあなたを屈服させたいがために小説を書くようになるかもしれません。
 その場合、おそらく、あなたの友達は、いつまで経ってもあなたを屈服させることができず、小説を書くことをやめてしまうでしょう。

 それはあなたの望みではないと思います。

posted by kudok @   | Permalink

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