2009-9-11 Friday

作成したウェブサイトを「思い出にしない」という選択

 少し前に『復活を果たした個人サイトにわくわくしない理由』という話を書いた。
 それから少しののち、「復活を果たさない個人サイトのほうがずっと多いよなあ」とふと思った。俗にいう「放置サイト」というやつだ。アドレスを見る限り、サイトはプロバイダのサーバースペースにある。ということは恐らく運営者は今もネットにアクセスしているはず。だけどサイトの最終更新日は5年前の日付……。

 そういうサイトの運営者ひとりひとりに話を聞いたわけではないので、あくまでも私の経験から導き出した推測だけで話を進めるが、更新しない時間が過ぎていき、運営していたサイトがフッとした感じで「思い出」になってしまったとき、もうそのサイトには触れられなくなってしまう、いや、触れる気がなくなってしまうのではないだろうか。数年前に愛する家族や恋人と一緒に作ったなにか、それがちょっと変な形であったりしても決して作り直すことはないように。

 一方、私は当サイトを意識して「思い出にしない」ことを選択し続けている。どれだけ更新しなくても頭の片隅に常にサイトを置いている。正直な話、たまになにかをきっかけにサイトが話題になったとき、「懐かしいなあ、まだやってるんだ」などとコメントされてしまうのは気まぐれでも更新を続けているクリエイターのサイトとしては相当格好悪いし、10年ぐらい前、仕事が忙しくて更新ペースががっくりと落ち、その言い訳ばかりを日記に書いて掲示板でボコボコにされたとき(『さっか道第九十回 立ちこめる暗雲』を参照)はデビューと同時にサイトを発展的終了みたいにしなかったことを本気で後悔した。
 それでも思い出にしなかった過去の自分の選択は正しかったし、思い出にしない現在の選択も正しいと思っている。

 理由は二つある。一つ目はあらゆる人から見て“ここへ行けば必ずいる”という場所をクリエイターは持っていた方がいいと思っていること。二つ目は、ムラっ気のある駄目運営を12年続けながらたまにアクセスログを見て確信したことだが、サイトがどんどん過去のものになっていく中でも、そのときそのときで“テキスト王は自分にとってリアルタイム”といってくれるかもしれない人がごくわずかながら存在しているためだ。誰かにとっての今、というのはきっとどのサイトにも共通していえることだと思う。サイトを運営しているクリエイターにとって、これほどありがたく、また幸せなことはないだろう。

 作成したサイトを「思い出にする」選択も勿論ありだと思っている。その選択が正しかった人は大勢いるはずだ。だが私は上記二つの理由で今後も自分のサイトを思い出にするつもりはない。

 来年、再来年とテキスト王は多くの人にとって今思われているよりもっと過去のものとなるだろう。
 一方で、来年も再来年も、“テキスト王は自分にとってリアルタイム”な人がいると信じている。だから格好悪くても、「懐かしいなあ、まだやってるんだ」というコメントに私はこれから先いつでもこう答えたい。

「まだ終われないんですよ」

posted by kudok @   | Permalink

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