第3回 國學院大学で週刊少年ジャンプを読んだ日(3/5)
母親には「せっかく稼いだ金をドフに捨てるような真似して」と、受験料のことを言われたが、稼いだ本人が納得している使い道である。文句を言われる筋合いはない。
ここで一応書いておこう。
私はこの時点で國學院大学文学部に受かる自信があったのか。
正直に言うと、「あった」。
「魔法のグリデン解釈」を読んでいたからではない。
試験に小論文が入っていたからである。私はこの小論文こそ合否の基準になるものだと考えた。小論文さえおもしろおかしく書けば、例え古文で失敗したとしても、充分合格すると考えていた。
「きょ、教授! 見て下さい、この論文を!」
「ん……どれ……こ、これは……なんといういう斬新な視点で書かれた論文なんだ!! 素晴らしい!!」
「文句なしに合格ですね!」
「ただの合格じゃない、特待生として迎えよう!!」
当時の私の頭の中で渦巻いていた、今思うと「妄想」である。
ちはるちゃんによく言われるのだが、「工藤さん、自分で自分のこと誉めなきゃ、もっと偉いのにね」という言葉を、当時の私に捧げたい。
私はリュックに筆記用具と受験票を入れ、勇んで出発した。
夢のキャンパスライフを満喫するという夢が広がる。サークル……合コン……なんと素晴らしい響きだろう。
「工藤君、手つないでいい?」
「いやだ!」
「……」
「ははは、馬鹿だな、嘘に決まってんじゃんかよ! ほら」
「工藤君の手、温かい……」
教科書をベルトみたいので巻いて、女の子と二人で構内を闊歩するという、私の都合のいい空想が、駅までの道中、断続的に展開された。
受験場所は國學院大学多摩校舎である。
小田急からなんとか線に乗り換え、しばらく行くと目指す駅に到着した。
もう、ドキドキとワクワクである。大学受験。青春のドラマの1ページを、20歳にして、ついに私も経験出来るのだ。そして合格した暁には夢のキャンパスライフ……。
駅の売店で、空いた時間の暇つぶしにと週刊少年ジャンプを買った。
そして、多くの受験生と共に駅を出て道を歩き、國學院大学多摩校舎へと到着した。想像していたよりも小さかったが、なかなか綺麗な校舎だ。
私は受験番号を確認して校舎に入り、指定された教室へと向かう。
教室に入ると、いかにも“大学の教室”というような、下からなだらかに上っていく席が見えた。そうだ、これが私のイメージしていた大学というやつなのだ。
席に着き、早速、ジャンプを読み始めた。やることがないからである。周りの人間のように、ここへ来て古文の単語など覚える必要はない。なぜならば、私には「魔法のグリデン解釈」があるからである。
困ったときは、小学5年生だ。
ふと周りを見ると、私のようにジャンプを読んでいる人は誰もいなかった。なんとも言えない緊張感が漂っている。無理もない、もう3月だ。これで落ちたら、どの大学でももう試験はない。
試験官が教室へと入ってきた。問題用紙が裏返しにされて全員に配られる。
咳払いと、自分の鼻息ぐらいしか聞こえない空間の中。チャイムが鳴り、ついに試験が始まった。
私は早速鼻歌混じりに問題を見た。
「……」
わからない。なんだろう、この文章は。物語の時代背景は明治か大正ぐらいであるにもかかわらず、文体は古文なのである。こんな文章は見たことがない。小説なんだろうな、ということはわかるのだが、いったいなにが書かれているのかはさっぱりわからなかった(後に、この文体は“擬古文体”というものだということが判明した)。
しかし、どうにかこうにか答えていき、(1)の最後の問題へと辿り着いた。
この小説は『虞美人草』という題名である。作者を答えよ。
虞美人草。どこかで聞いたことのある名前だ。しかし、私は正直言って、文豪の小説などまったく読まないし、文学史にもまったく興味がないので、題名を出されても作者の名前など有名どころを除いて(虞美人草も有名だという声が聞こえる)ほとんどわからないのだ。
(……まあ、島崎藤村あたりでいいだろう)
ノリで解答。この辺、私の真骨頂である。
今思うと作家志望である私のこの解答は、野球通と言っている人が、「今のベイスターズの外国人ってさ、ローズとあと誰だっけ?」と聞かれて、「ミヤーンだろ」と答えているということと同じくらい恥ずかしい。
そして(2)。
古文だ。いよいよ魔法のグリデン解釈がスパークする瞬間がやってきた。