第17回 湘南物語 ある高校生の青い文通(4/6)
テレビに出演したのである。
と言っても初めてのことではなく、元来目立ちたがり屋の私はこれまでにも何度かテレビに出ていた。
例えば中学校3年生の時、私はズームイン朝に出た。出たと言っても、徳光アナの後ろで名前が書かれた画用紙を出していただけなのだが。ちなみにこの画用紙には「○○(←地元の名前)のスーパースター工藤」と、どうにも救いようのないことを書いたのだが、その紙は一人で持つにはちょっと長すぎ、一緒に行った友人二人は「恥ずかしくて持てない」ということなので、仕方なく途中で折って一人で持った。そうして、私としては、「○○のスーパースター」と出すつもりだったのだが、ちょっと折りすぎて「○○のスーパー」となってテレビに映ってしまったという逸話が残されている。
話を戻そう。
私がこの時出たテレビは、ズームイン朝を遥かに超える凄い番組だった。なんと言っても、フジテレビ・夜7時というカップリングだ。
出演者も超メジャー。
とんねるず。
「コムサ・デ・とんねるず」(確かこんなタイトルだったと思う)という番組なのだが、覚えていらっしゃる方、おられるだろうか。
ある日、小学校時代からの友人である伊集院君(仮名)から電話がかかってきて、「今度、とんねるずが江ノ島に来るらしいよ。学校休みだから行ってみないか」と誘われた。彼も私立の高校に通っていた(と言っても、彼の場合は県立の滑り止めなどではなく、大学付属の高校だったのだが)ので、冬休みが公立の高校に通っている人間よりも早く訪れ、とんねるずが来るという日はちょうど休みに入る頃で、二人してなんの気兼ねもなく見に行くことが出来る。
何より、私はとんねるずのファンだった。お笑いスター誕生で演じた数々のコントの面白さはわからなかったが、オールナイトフジで好きになり、「一気」、「青年の主張」といったブレイク前のレコードも発売日に買った。憧れの彼らを生で見られる。
私は二つ返事でOKし、とんねるずが来るという日、自転車で江ノ島へ行った。
ギャラリーは恐らく、同じく江ノ島で行われたらしい「第2回森下くるみのファン感謝デー」よりも少なく、30人ぐらいしかいなかった。
そしてその30人が、そのままエキストラとして江ノ島に作られた特設スタジオである黒いテントの中に入った。まさかテントの中に入れるとは思わなかったので、私も伊集院君もひどく興奮した。
コードの類が足に絡みそうなぐらい床を這っていて、天井には無数のライト、カジュアルな服を着たスタッフ、そして高そうなテレビカメラといかにも“テレビのスタジオ”が私と伊集院君の視界に飛び込んだ。
「すげえ、まじでほんもんだよ」
「ああ」
「来てよかったな」
「ああ」
二人して賑やかな現場を見回していると、異様な雰囲気の男性とすれ違った。この時はまったく無名だったテリー伊藤である。他には進行役の中村有志がいた。
私たちエキストラはADらしき男性によって、各部屋に割り振られた。よくわからないが、いくつか部屋があって、そこには有名人のそっくりさんがいて、エキストラと絡んで何かやるらしい。
私と伊集院君は“中山美穂のそっくりさんがいる部屋”に行くことになった。
部屋は二つあり、一つは我々(5人程度)が一台の電話と共にいる部屋、もう一つは中山美穂のそっくりさんと工藤夕貴のそっくりさんと春日八郎のそっくりさんがいる部屋だ。春日八郎のそっくりさんに中山美穂のそっくりさんがさらわれたという設定で、中山美穂が私たちがいる部屋に電話を掛け、一番最初に電話を取った人間が彼女の兄となり、彼女を助けに行くということらしい。
「それじゃリハーサルいきまーす」
そんな声が響いて、扉から高そうなダブルのスーツに身を包んだとんねるずの二人がぬっと入ってきた。
「おお」
我々から驚きの声が漏れる。
当たり前だが本物だ。私は木梨憲武よりちょっと低いぐらいだが、それでも彼の方がずっと大きく感じる。誰かが石橋貴明に握手してもらおうと手を差し出した。彼は当たり前のようにその手を握った。リハーサル中で、しかも相手は男。普通だったら無視してもおかしくないのに。この日を境に私の彼への評価が大きく上昇した。
とんねるずとスタッフの簡単な打ち合わせが終わった後、中山美穂のそっくりさんから電話がかかってきた。
「はい、もしもし」
私の対面にいる長身で細身の男性が受話器を取った。リハーサルと言えども中山美穂のそっくりさんはきっちりと与えられた台詞を喋る。
「お兄ちゃん、早く助けに来て」
男性はちょっと溜めた後に言った。
「今行くからぁ待っててぇ……ちょんまげ」
私を含めた素人たちは単純に笑ったが、木梨憲武はマイクをちょっと斜めに倒しながら言った。
「ま、素人には素人なりの笑いってのがあるんでしょ」
言ってくれるぜ、憲さん
そして本番。
ジリリリリン ジリリリリン
「はい、もしもし!!」
受話器を取ったのは私だった。自分で言うのもなんだが反射神経には自信があって、リハーサルから最初の一回を除いて全部取っていた。
「お兄ちゃん、助けて」
「よし、いま、助けに行くからな!!」
素人演技を極めたような棒読み口調だったと記憶している。いま、VTRがないのが残念だ。もしあったら、自分の披露宴にでも流し、場内を大爆笑の渦に巻き込む自信がある。
「妹はどこにいるって?」
石橋貴明が私にそう聞いてきた。額にマイクを当てられたらどう反応しようかと思っていたが、まともに聞いてきてくれて助かった。
「春日八郎にさらわれたらしいです」
「よし、じゃあ、妹を助けに行ってこい!」
「はい!!」
私はドアを開け、部屋の奥にいた春日八郎のそっくりさんに「てめえ、俺の妹、返せ!」などと言いながら飛び蹴りをしたが、当たらずに中途半端に落下した。放送では、冷ややかな女性たちの笑い声がオーバーダビングされていたと思う。
その後、私は春日八郎のそっくりさんに向かって、「てめえ、妹に何したんだよっ!!」 と笑いながら怒鳴ったが、彼は私以上に棒読み口調で、
「なんにもしてないよ」
と言い、悲劇的なことに、そこからしばらく誰も何も言わない時間が過ぎていった。生放送だったらほとんど事故である。しかし、その後、中山美穂のそっくりさんと抱き合うというシーンが予定されており、とんねるずの二人のリードもあって、なんとかそこまで持っていくことが出来た。
「お兄ちゃん」
中山美穂のそっくりさんは、そう言って、私の胸に飛び込んできた。
「美穂!!」
私は彼女を抱きしめた。
ちなみに、女性と抱き合ったのは、この時が初めてである。
伊集院君曰く、「公式に女と抱き合ったのは、俺らの年代だとおまえが初めてじゃないか」と言っていたが、非公式を入れても結構早い方だったのではないだろうか。
結局、工藤夕貴のそっくりさんはなんのためにいたのか最後までわからず、収録は終わり、私は帰路に就いた。