身の回りの出来事系エッセイ-3 バイク事故

1997年11月25日執筆


 私の左手首には、20針は縫ったであろう、長さ14、5センチほどにも及ぶ大きな傷がある。うねうねと蛇行して、所々ケロイド状になっている。実際に自分の目で見るとどうってことないのだが、鏡などに映して間接的に見るとかなり気持ちが悪い。
 なぜこんな傷が出来たのか。今日はこの傷にまつわるエピソードを書いていきたいと思う。

 7年ほど前になるだろうか。季節的にちょうど今頃、確か12月の始めだったと記憶しているが、私は日が落ちてすっかり暗くなった中を、原付バイク(DJ-1)で走っていた。
 バイトの帰りで、給料日前日。
(明日はパチンコ大賞で勝負だな)
 などと、当時、パチンコにはまっていた私は明日のことを考えながら、気分良く風を切っていた。
 メットは買ったばかりの青いARAI製のフルフェイス。1万5千ぐらいしたと思うが、私にしては思いきった買い物だ。
 国道ではないが、結構大きな道路。道幅が広いのでスピードを思いっきり出してもよかったが、実を言うと、このバイクはブレーキがほとんど利かないという致命的な問題があった。直しに行くのが面倒なので放っておいたのだが、さすがにねずみ獲りで掴まったとき、45キロぐらい出していて、いきなり『止まれ』と書かれた旗を出してきた警察官を轢き殺しそうになってから、(早く、直しに行かないとなぁ)と思っていた。
 スピードは35キロほどは出ていた。道路状況としては、見通しがよく、前からも後ろからも車は来ていなかった。
「……ん?」
 一瞬の判断が私の生死を分けた。ここで判断が遅れたり、よそ見をしていたら、今頃あの世でホームページを作っていただろう。
 いきなり10メートルほど前方に路上駐車をしていた道路舗装車が現れたのである。ローラーがまるで壁に見えた。
「うわあああああ!!」
(これで俺は死ぬのか)
 はっきり言ってそう覚悟した。なにせ、すぐ目の前には鉄のローラーが見えるのである。車体の幅が広すぎて避けきれない。このぐらいのスピードでも、直撃したら全身打撲で死ぬのは間違いなかった。
(ちきしょうー!!)
 私はとりあえずブレーキを思いっきり掛けてみた。
 しかし、まったく掛からず、さきほどまで降っていた小雨が路面を滑りやすくしていたために、バイクは虚しく空走する。
(うおおおっ!!)
 私は半分諦めながらも、ハンドルを全開で右に切った。ぶつかるかぶつからないか、ぎりぎりの所だった。

 ドオォォォォーーーーーン

 目の前の工場から人が駆けつけてきたので、よほど凄い音だったのだろう。
 直撃は免れたが、舗装車のローラーをかすって、私と、私のバイクは道路を20メートルほど滑った。
「つつつつ……」
 後続車に轢かれたらたまらないので、まず、私は後ろを見た。私のすぐ後ろにいた車は、私の事故を見て停まってくれたようだった。
「まいったなー」
 独り言を云いながら立ち上がる。脚の骨が折れているかもな、と思ったが、なんともなく立ち上がれたので特に怪我はないようだ。
 しかし……。
「あれ?」
 私の左手から、何やら水のようなものがぼたぼた滴り落ちているのである。
(あー、どっか擦りむいたんだな)
 そう思いながら、コートとシャツの袖をまくると、そこには凄まじい光景が出現した。
(……)
 正直、これほど呆然としたことはない。
 左手首の皮がぱっくりと裂け、血管やら神経やらがもろに見えたのである。私のこの時点で、ある意味、杉田玄白と並んだ。人体の不思議展は超えた。しばらくの間、生きている人間の生の血管と神経を見た。こういう機会でもない限り、なかなか見られるものではない。しかし、はっと我にかえる。
(……うわぁ、やべえだろ、これ)
 下の道路を見ると、文字通り、血の海が出来ていた。出血多量で死にそうな勢いだ。
「大丈夫!?」
 後続車の人が、心配して車から出てきてくれた。おばさんの二人連れだった。
「いや、なんとか大丈夫なんですけど、出血がかなり……」
「止血した方がいいわね。ちょっと待ってて、今、タオル持ってくるから。あと、救急車呼んだ方がいい?」
「はい、お願いします」
 私はこういう所で変に強くて、パニックは特に起こさなかったし、痛いとも言わなかった。苑田君の結婚披露宴でギターを弾く前は『もう駄目だ』とか言っていたのだが。
「おいおい、大丈夫かい」
 道路沿いの工場から、男性の従業員が出てきた。
「あ、なんとか」
「いや、凄い音がしたからさぁ。まあ、いつかあると思ってたよ。こんなでかい車をこんな所に止めてちゃなあ」
「そうっすねー」
 そう返事をしつつ、(いやー、ブレーキも利いてなかったですからねー)とは言いづらい。とりあえず全部、この車のせいにしておこう。
「タオル持ってきたよ」
 おばさんがそう言って、私の手首にそのタオルを巻き付けてくれた。
「あたしの車で病院送っていこうか? 救急車もいつ来るかわかんないしねー」
「いや、血で汚れちゃうと申し訳ないんで、いいです。大丈夫」
 なんと気丈な男だろう(笑)。
「あ、救急車来たみたい」
 おばさんの声がする。
 既にこの時点で顔から血の気が引いて気分が悪くなっていた。出血のせいで貧血状態に陥っていたのと、事故のショックが両方重なっていたのだろう。しかし、救急車のサイレンが聞こえた時点で(あー、助かった)とほっとした。ところが、その時である。

 ドオオォォォーーーーーン!!!

 凄い音がした。
 ガラスが割れるような音と、鉄が潰れるような音がした後、工場から出てきたおじさんが叫んだ。
「事故だ!!」
 信じられないこともあるものだ。なんと、先ほど私が接触した道路舗装車に、今度は乗用車が突っ込んだのである。
 私は慌ててその乗用車に駆け寄った。ドライバーを助けなければいけない。
 しかし、ドライバーは頭をおさえながらよろよろと運転席から出てきた。車に乗っていたのは一人だけで、中年のおばさんであった。
「大丈夫ですか?」
 救急車を呼んでくれたおばさんが、事故を起こしたおばさんに声を掛ける。どうやら、頭から出血しているようだった。しかし、意識はしっかりとしているし、出血量も大したことなさそうなので、大事に至ることはないだろう。
 そして、救急車がタイミング良く到着した。
「えーと、あなたですね。はい、独りで乗れますか?」
 救急隊員はそう声を掛けた。
 私ではなく、おばさんにである。
「ええ……」
「それじゃ乗って下さい」
 救急隊員がおばさんを車に乗せ、早くも出発しようとする。
「あ、あのー
 本来乗るべきなのは私である。私はそーっと挙手をした。
「はい?」
「救急車呼んだの、僕なんですけど
「え!?」
 救急隊員は相当驚いている様子だった。私が一から状況を説明する。
「初めて聞くケースだなぁ……」
 救急隊員は、私の話を聞き終えるとそう言った。
「ま、とにかく乗って下さい」
 そう言われて、やっと私も救急車に乗る。バイクは鍵を付けたまま、道路に置いておいた。後で警察も来るだろうし、盗まれることはないだろう。

 救急車の中で、私とおばさんは、例の道路舗装車に関して文句を言い続けていた。
「あんなところに置いておいたら、危ないにきまってるじゃないのねー」
「ほんとっすねー」
「賠償金とか、請求出来るのかしら」
「どうなんですかねー」
 おばさんの事故はともかく、私の事故を冷静に分析すると、バイクのブレーキが利かなかったのもかなり問題なのだが、道路舗装車の警告ランプ(街灯のようなものがまったくなく、車が何か灯りを発していないと駐車しているのがわからないような状況だったのだが、問題の道路舗装車は、前方のランプはついていたものの、後方=私がバイクに乗っていて見える方のランプが壊れていた)の故障も大きな原因の一つだと思われた。よって、賠償請求すれば、いくらか取れる可能性もあった。

 救急車が病院につき、私とおばさんはすぐに中へと運ばれる。
「この方は頭から出血されています。この方は、なんか手を切ったそうです」
 救急隊員の、医者への説明を聞く限り、私の方が扱いが下だったのだが、救急隊員が帰るなり医者は私の傷を見て看護婦に言った。
「その女性は、適当に応急処置しておいて。問題はこっちだ」
 さすが医者。わかってる。なんと言っても、血管と神経むき出しだ。
「いやー、しかしまた、うまくぱっくり裂けたもんだなぁ……。とにかく、運が良かったね。傷が血管までいってたら、死んでたよ」
「やっぱり」
「でも、あなた、こんな凄い傷で、よくそんな冷静でいられるわねー」
 若い看護婦さんが声を掛けてくる。
「いや、ジャンク総集編とか見てますから」
 看護婦さんに、この説明が通じたかどうかは定かでない。
「とりあえず、破傷風予防の注射を打とう」
 ここからの治療は凄まじいものがあった。丁寧に書いたら、気分悪くなる人もいるだろうから、省略しておく。

 治療を終え、待合室で家からの迎えを待っていると、病院の方へ警察から電話がかかってきた。
「事故に遭われた方……」
「あ、はいはい」
 おばさんもいたのだが、とりあえず私が出た。
「あ、もしもし、こちら地元警察署ですが」
「はいはい」
「えーと……あなたが事故を起こされたんですか?」
「ええ、そうです」
「轢いた方?」
「いや、停まっていた車にぶつかったんです」
「ああー、なるほど……それでですね」
「はい」
「今、年末で忙しいもんで、事情聴取の方は行いません」
「は?」
「年明けで、警察の方が暇になったらこちらへ来ていただければ、お話を伺います。では」

 警察からの電話は、こうしてあっさりと切れたのだった。

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