身の回りの出来事系エッセイ-30 臨死体験

1998年2月3日執筆


 ついこの間、アニメを見ていて子供たちが気を失ったというような事件があった。今更だが、実を言うと、私も以前、似たような経験をしたことがある。
 22か23くらいの時だったと思うのだが、当時私は、「ダービースタリオン全国版」のプレイに並々ならぬ意欲を燃やしていた。まだこのゲーム自体、今のように誰でも知っているという環境には置かれていなくて、一部の人間だけが熱狂的にやっていた頃である。
 もう暇さえあればダビスタをやっていた私に、遊びに来た友人たちは「ねー、馬が走るのただ見ていることの、どの辺が楽しいの?」とよく聞いてきた。
「いや、そういう単純な世界じゃないんだよ。血統を分析していい馬を作って、完璧な調教をしてレースに出して、自分の馬が勝った時の感動っていうの? これを味わいたいんだよ」
 私の熱い語りに、友人たちは大抵、「ふーん」という冷めた相づちを打った。ちなみに、この相づちを受けた時に感じる脱力感というのは、女性に対して、「どうして嫌なんだよ」と聞いた時、「嫌だから」と答えられる時に感じるものと似ている。
 まあそれはいいとして、ある日のことである。
 3連休を利用して、まさに3日3晩ダビスタをやり続けることにした。ダビスタノートなるものを作り、自分の馬のデータをそこに事細かに書き記した。レース名、レースの格、距離、競馬場、人気、騎手、そういうものをすべてレース毎に記していった。端からは、狂っていたように見えたかもしれない。
 そして3日目の夜、それは起きた。
 画面を見ていて、いきなり血の気がさーっと引き始めたのである。
(なんか、やばい)
 そう思い、すぐに画面から目をそらした。しかし、身体の変調は止まらなかった。まず手が震えてきて次にめまいがした。そして動悸。救心のCMに出るなら、演技なしでいけそうな感じである。
(まじでやばいぞ)
 血の気が引いていく感じは相変わらずで、次第に寒気がしてくる。そして、目の前にあるものがぐるぐると回って見えるのだ。

 ダビスタやり過ぎて死亡

 あまりにも間抜けな見出しが頭をよぎる。
(とにかく寝よう)
 私はすぐにパジャマに着替え、布団をかぶった。だが、全身から発汗しているのが感じられ、動悸も(ドクドクドクドクドクドクドク)と、もの凄い。
(……き、救急車呼ぼうか)
 目の前の景色がぐるぐる回る中、何度もそう考えた。しかし、もし救急車が来たとして、救急隊員に「なんでこうなったのか」と聞かれた場合、「ダビスタのやり過ぎで」と答えるのがどうにも間抜けで、とても言えそうにない。
 胸に手を充てながら(大丈夫、俺は絶対死なない)と、何度も唱えた。そうでもしないと、1分ぐらいで気を失い兼ねない状況だった。

 そして3時間後。雀の鳴き声が聞こえてくる頃に、ようやく私は眠りにつくことが出来た。

 このことがあってから一週間ぐらいはテレビを10秒見ているだけで気持ち悪くなってきて、まともに見れるようになったのは、それからまた一カ月後ぐらいのことである。

 1年経って、ゲームショップでバイト出来るぐらいに回復したが、それでもゲームを1時間もやると気持ち悪くなってきて駄目だった。
 現在はそういうことはないが、それでもダビスタだけには手を決して出さない。何事もやり過ぎはよくないことだが、こと、視覚的な刺激を受けるものとなると、大変危険である。
 それがよくわかった出来事だった。

ダービースタリオンの成績を記録したノート

問題のダビスタノート。これが遺稿になったら恥ずかしい。

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