身の回りの出来事系エッセイ-53 某回転寿司店で
1999年8月5日執筆
ある日のこと。たまには寿司でも食うかと一人で回転寿司店に入った。
「はいーっ、いらっしゃいーっ!」
たった1名だけいる職人の声はやけに大きいが、店には客が2人ぐらいしかいない。2人ともうつむき加減で寿司を黙々と食っており、明日自殺しても誰も驚かない雰囲気を漂わせている。
時計を見ると午後10時ちょい過ぎ。
閉店間際らしく、1メートル間隔でプリンとコーヒーゼリーと湯飲みと乾燥したネタが回っている。
「えーと」
私はとりあえず座って、他の二人の様子を見た。
「……」
「……」
注文を出している様子はまったくない。ただひたすら、何十回まわったのか見当もつかない、乾燥した寿司を食っている。
職人はたまに手をタオルで拭きながら、ぱんぱんと叩いている。景気づけのためだろうが、逆に客を圧迫しているということを彼は理解していない。
「とりあえず……」
私は職人の様子を伺いながら、回転しているネタを見た。
注文を出そうにも、この静かな店内で「トロ!」とか「イワシ!」とか「アナゴ!」と言うのは、なんとなく気が引ける。ここは、黙って乾燥ネタを取るしかない。
まず、乾燥してもなんとなく美味しそうに見えた、シーチキンの海苔巻きを手に取った。
それから5分、10分と経過していき、回転している場所から着実に皿がなくなっていった。湯飲みだけが延々と回っている奇妙な光景が目に映る。
(誰かが注文すれば、俺もする)
みんなそう思っているはずなのだが、この静寂の中で最初に口を開くのはかなり大変なことである。
手元にあるのはお茶のみ。それを飲みながら周りの様子を伺う3人。
次の瞬間、職人がいきなり大きな声を出した。
「さあーっ、恥ずかしがらずに注文して下さいよーっ!」
なんという、逆効果な呼びかけだろう。
私たち客からすると、自分たちのことを見透かされた恥ずかしさプラス、そんなことを大声で言わなくちゃいけない職人に対しての申し訳なさで、余計注文が出せない。
だが、5分ほど沈黙の時間が流れた後、一番端にいた会社員風が意を決したように口を開いた
「あ、あの」
「はいっ、なんでしょうっ!」
「イワシお願いします」
しかし、運命とは非情である。
「あー、ごめんねー、イワシおしまいなの」
「あ、そうなんですか」
傷心の会社員に職人が追い打ちをかけた。
「そんな注文いわしてごめんなさい」
「……」
「……」
「……」
この言葉に対し、我々はどう反応すればいいんだろうか。
まったくわからないまま、湯飲みに口をつけた。
その後、気まずい雰囲気の中、中トロを2皿とシーチキン巻きを1皿食べて、逃げるように店を出た。
閉店間際の回転寿司店には行くものではない。
つくづくそう思った。