番外編 初めての挑戦 2


 家に帰って改めてゲームボーイ誌のライター募集広告を読んでみた。今、本が手元にないので詳細には書けないのだが、採用条件は年齢不問、東京(新宿)まで月数回出てこられる方、ゲームが好きな方と、だいたいこんなものだった。そして、応募にあたっては400字程度のゲームの感想文が必要だった。
 当時、私が所有していたゲーム機はファミコンだけで、持っているカセットはスーパーマリオブラザーズ、テニス、ゴルフ(以上任天堂)、そして内藤九段将棋秘伝の4本のみ。PCエンジン、メガドライブ、スーパーファミコンを同時に所有していた時期もあったのだが、金欠のために全部売ってしまっていた。
 私の中にあったライター像というのは、

  • 大卒か大学生
  • 業界人と友達
  • 自分が書くものに対して知識が豊富
  • 自分が書くものに対して異常なほどのめり込んでいる

 対して私は

  • 高卒
  • 友達は学校の同級生のみ
  • ゲームに対しての知識は普通
  • 持っているゲームは4本

 という中途半端ぶり。小説家とかライターっていうのは、ある意味突き抜けている人たちなんだろうなと漠然と思っていたが、自身のプロフィールのどこを見ても特筆すべき部分がない。
 とにかく、少しでも個性をアピールした方がいいだろうと、感想を書くゲームは内藤九段将棋秘伝にすることにした。ファイナルファンタジーやドラゴンクエストの感想文を書くよりはずっと目立つことが出来るだろう。
 早速、端子が接触不良気味の内藤九段将棋秘伝をファミコンに差し込み、コンピューターと一局対戦し、妹が昔買ってきたサンヨーのワープロ(画面の文字が16字ぐらいしかない)を使って感想文を書いて、インクリボンを買う金がないために愛用していたシャープの感熱紙に印刷した。

 翌週の土曜日、私は左手で受話器を持ち、緊張で震える右手で募集広告に載っていた編集部の電話番号を押した。出版社とか編集部との接触は、角川書店で受け付けのお姉さんに持ち込みを断られた、脱衣麻雀ゲーム機の上で清書した小説を新潮社の警備員のおじさんに渡した、についで3回目である。過去の2回は出版社に勤めている人に会ったというだけの話で、肝心要の“編集者”とは対面していない。よって編集部への直の電話はかなり緊張した。
「はい」
 呼び出し音が何回か鳴った後、若い男性の声が聞こえてきた。
「あ、もしもし、あの、ライター募集の広告を見てお電話差し上げたんですけど……まだ募集していますか?」
「はい、えーと、失礼ですがおいくつですか?」
「19歳です」
「お住いはどちらになりますか?」
「○×です」
「ああ、□△辺りの所ですよね」
「あ、はい、そうです」
 男性はこの手の電話になれているのか、定型文を読んでいるかの如く、質問をしてきた。
「えーと、どうしようかな、それじゃ明日ぐらいに編集部に来ていただけますか?」
「え、は、はい、大丈夫です!」
「場所はわかります?」
「いや、ちょっとわかんないんですけど……」
「そうですか、えーとですね、新宿にあるんですけど、小田急で来られますよね。となると――」
 この後、男性は編集部が新宿のとあるマンションの一室にあることを説明して、じゃ、よろしくと言って電話を切った。

 別に採用が決まったわけでもないのに、編集部という所へ足を踏み入れられると考えただけで興奮してなかなか動悸が収まらなかった。同時にもう明日のことを考えて緊張して、何度も胃から込み上げてくるものを感じた。

 翌日、私は地図帳と原稿が入った紙袋をメット入れの中に放り込み、愛車のDJ-1(原付バイク)で出発した。地元から新宿まで原付バイクで行くのはかなり大変だ。電車で行っても結構かかるので、平均時速30キロで行くとなると数時間はかかるのではないかという予測が出来た。
 なぜ原付バイクで行ったのか。それは単純に電車代がもったいなかったためである。地元から電車で行くと牛丼を何杯か食べられるぐらいなくなるが、原付だったら一回の給油(ガソリンが高い時代だったので500円ぐらい)で往復出来る。
 原付バイクでの新宿までの旅は本当に過酷だった。尻は痛いし、腰も痛いし、頭は蒸れるし、道がよくわからないので、交差点で止まるたびに脇道に入ってバイクを停め、地図帳を確認した。
 出発したのは昼過ぎで、東京に入って一度給油をして、ようやく新宿に辿り着いた頃にはもう辺りは暗くなっていた。
「この辺かなぁ……」
 新宿西口の石橋楽器の先辺りをとろとろとバイクで走り、辺りを見る。なんだか同じ所をぐるぐると回っているみたいで、見たことのある景色が10分おきに出てくる。目印となる建物をいくつか聞いたのだが、暗くてその建物が確認出来なかった。
 1時間以上うろうろして、ようやくそれらしいマンションを見つけた時はもう夜の8時を過ぎていた。恐る恐るという風にエレベーターに乗って3階で降り、電話で聞いた部屋の前で立ち止まり、軽くノックをする。
「どうぞ。空いてます」
 中からそう声がした。
 ドアを開けて入ってみると、いきなり普通の部屋が出てきて驚いた。編集部というから机とパソコンがずらりと並んでいて、みんなが電話を掛けているんだと思っていたが、実際にはカーペットが敷かれた部屋にテレビと本棚があり、ゲーム機器がテレビの前にごちゃごちゃと置いてあって、私と同い年ぐらいの男性がスーパーファミコンのスーパーファミスタで遊んでいた。
 なんかやばい所に来てしまったのではないかと思ったが、今更やっぱり帰りますとは言えないし、そのまま奥へと進んでいった。
 ちらちらと観察してみると、部屋は2DKで、ダイニングキッチンにはMacとファックスが置いてあった。床には段ボール箱がいくつかあり、どうも送られてくる読者のはがきを突っ込んでいるようだった。ゲーム機本体はファミコン、PCエンジン、メガドライブ、スーパーファミコンとすべて揃っており、基盤が剥き出しになっているなんだかよくわからない機械が無造作に置いてある。
 換気などはしていないようで、かなり埃っぽい。煙草を吸っている人間が何人かいるのもすぐにわかった。
 テレビのある部屋ともう一つの部屋は一応扉で仕切られていたが、開けっ放しになっていた。恐る恐る足を踏み入れると、書類と本がぎっしりと積まれていて、眼鏡を掛けた30歳ぐらいの男性がパソコンの前に座って何やら作業をしていた。
 なぜか部屋の明かりは消えていて、デスクライトだけが点いている。
「あの、ライター募集の件でお電話した工藤ですけど……」
「はいはい、あ、じゃあどうぞ座って下さい」
 男性はそう言って、作業を中断すると、くるりとこちらを向いた。
 髪はどちらかというと短髪で、中肉中背、シャツにジーンズというさっぱりとした格好。声がミスターちんの声とよく似ていて、個性的だ。
「えーと、じゃあ履歴書とゲームの紹介文見せて下さい」
「あ、はい」
 書類袋から出して、男性に渡す。
 男性は頬をさすりながら読むと、ため息をついて視線を上げた。
「ゲーム好きなんだ?」
「はあ、まあ好きな方です」
「なんか、今までにライターの仕事とかしたことあるの?」
「いえ、ないです」
「んー、そうか」
 男性はそう言って、またため息をつく。
「なんでライターになりたいの?」
「ライターになりたいというか、小説家を目指していて、その勉強になるんじゃないかと思って応募しました」
 この答えは男性にとってかなり意外で面白かったようで、無表情だった顔に笑みが浮かんだ。
「あははは、小説の勉強にはならないと思うけどなぁ」
 何秒間か笑って、男性は言った。
「本体は何持ってる?」
「えーと、ファミコンだけです」
「え、ファミコンだけ?」
「はい」
「スーパーファミコンは持ってないんだ?」
「はぁ」
 当時、時代は完全にスーパーファミコンへ移り変わろうとしていた。ドラゴンクエスト5の画面写真もぼちぼち出てきていて、かなり盛り上がっていた。ゲーム好きなのにスーパーファミコンを持っていないというのは、男性からすると相当胡散臭く見えただろう。スーパーダライアスと抱き合わせで買ったスーパーファミコンさえ売らなければこんなに肩身の狭い思いをしなくて済んだのに……。
「それは厳しいなぁ。知っていると思うけど、もうファミコンのゲームはほとんど出てないからさ。PCエンジンとかメガドライブも持ってないんだよね」
「はぁ……」
「FAXもない?」
「はぁ……」
 どんどん声が小さくなっていく私を見て、男性は背もたれに体を預け、深呼吸をして両手を後頭部へと回す。
「今、原稿をたくさん書いてくれるライターを探しているんだよね。ファミコンだけしか持ってないとなると、書いてもらっても2ページとか4ページぐらいになっちゃうもんなぁ。難しいなぁ」
 両手を握って腿の上に置き、私は下を向いた。もう駄目だ。これは明らかに駄目パターンだ。やっぱり甘くないんだなぁ。よく考えてみると、ジャンプ放送局に200枚ぐらい投稿して、載ったのは2枚だけだしな。俺はまだ所詮その程度なんだろうな。ゲームがちょっと好きで文章がある程度書ける、その程度で応募しちゃいけなかったんだよ。
 そう思い、あまり長居をすると申し訳ないのでお礼を言って帰る決心をした時、男性は机の上に置いてあった紙袋を取って中からゲームカセットを取り出した。
「一応、ファミコンのゲームが何本かあるんだよね。とりあえず一本やってみる?」
「え」
「一本やってみて、もう少し書けそうだったら二本目、三本目と。こんな感じでどうかな?」
 思いもかけない言葉だった。ライターとして採用してくれるというのだ。
「あ、は、はい、お願いします!」
 腿の上の拳がぎゅっと硬くなった。ほとんど飛び込みに近かったのにまさか本当に採用されるとは……。
 同時に鳥肌が立った。やってやろうと思った。俺なりのゲーム紹介を書いてやろうと思った。
「うん。じゃあ、仕事の説明をしよう。まず最初にやってもらうのはページの構成だね。どこにタイトル、どこに見出し、どこに画面写真とキャプション、どこに本文っていうのを決めてもらってFAXしてもらう。家にないならコンビニから送ってよ。送ってもらったものをもとに、僕が文字数を指定するからその通りに原稿を書いて」
 男性は見本として引き出しから原稿を取り出して私に見せてきた。升目がある用紙に数字やアルファベットが書き込まれている。
「あの……」
 この32リットルってなんですか? と聞いた方がいいかと思ったが、そんなことも知らないのかと呆れられそうなのでやめておいた。ちなみに、この時、私が32リットルと読んだのは32l(LINE)、つまり32行のことである。
「次に、君が指定した画面写真をここに来て撮ってもらう。写真を撮ると言ってもカメラで撮るわけじゃないから。テレビの画面をプリントする機械があるから、それを使ってよ。こっちは君がどの場面を見てキャプションを書いているのかわからないからね、全部君が撮ることになるよ」
「はい」
「原稿料だけど1ページ5000円です。支払いは小切手になるから、銀行に持って行って換金してもらって下さい。交通費も出すから、後でまとめて請求して。ま、とりあえずそんな所かな。最初にやってもらうゲームはジャレコのプラズマボールっていうゲーム。知ってる?」
「いやぁ、ちょっと……」
 私が知っているジャレコのゲームは、シティコネクションと燃えろシリーズだけで、後はさっぱりわからない。
「まあ、そうだよね。で、これを家でプレイしてもらってこのゲームは面白いという風な原稿を書いてもらいたいんだな」
「なるほど」
 私が頷くと、大事なことを言い忘れていたとばかりに、男性が目をちょっと大きく開いて言った。
「あのさ、ファミコン通信のレビューみたいなことはやらないでね。批評はいらないから。あくまでも紹介。OK?」
「はぁ」
 小説家志望などと言ったから、主観たっぷりの評論を書きそうに思えたのだろうか。それとも、ファミコン通信のレビューみたいな文章を書きたいライター志望の人がたくさん来るということなのだろうか。
「じゃあ、これを君に預けておこう。画面写真を撮る時にでも返して」
 男性はごわごわした大きな紙袋を差し出した。受け取って中を見てみると、プラズマボールのカセットと設定資料集がぎっしり入っていた。
「構成の締め切りは一週間後ということで。FAX番号とかは紙に書いてその袋に入れておいたから。それじゃよろしく」
「あ、よろしくお願いします」
 紙袋を大事に抱えて帰ろうとすると、ダイニングキッチンにいた、私より背の高い面長の男性が近づいてきて言った。
「原稿、いっぱい書いてね」
 口調は穏やかだったが鬼気迫るものがあった。恐らく、一人で原稿を書きまくって夜も寝られないのだろう。

 こうして私は、初めて文章の仕事を請け負うことになった。

 この後、お金も節約出来、ライターにも採用されて万事めでたしと思った帰り道、渋谷辺りのなんだか複雑な交差点で信号無視で捕まり、JRのグリーン車に乗って往復するより高い罰金を払うことになったというのは、今でもいい思い出である。

目次へ

▲このページの先頭へ戻る