午前3時ぐらいまで起きていて、そのとき偶然なにか見たことをきっかけに考えたこと、思いついたことがものすごいことのように感じることはないだろうか。偶然見た“なにか”がとてつもなく運命的なものに思え、自分がこの考えを発展させて成功してテレビに出たら必ずエピソードとして語ってやるという、そこまで思いを巡らせることはないだろうか。そして、「もう眠いから明日整理するけど、整理したらとんでもないことになるぞ」と思い、朝起きて思い出そうとしても思い出せないし、たまに思い出してもなにがすごかったのかわからないということもないだろうか。
私は半年ぐらい前の夜中、TSUTAYAのアダルトコーナーに入ってDVDのパッケージを見ながらピーンと思いついたことがあった。
「アダルト関連の知識が極めて豊富な人間が、その知識をいかして事件を解決するというミステリってすごく面白いんじゃないか……」
ちなみにアダルト関連の知識というのは、官能小説的なものではなく、小ネタというのかどうでもいいというのか、彼女すらいない独り身の男性が蓄える脇の知識といえるようなものだ。
官能とミステリではなく、AV(……の脇の知識)とミステリの融合。映像ではなく内容で地上波でのテレビドラマ化100%不可という危険性。これは整理したら大変なことになるぞと。
ストーリーはたとえば――(ちゃんと書くのは面倒なのでシナリオ風)。
男A
「毒殺された被害者が手にしているのはアダルトDVDのようですね」
男B
「まるで抱え込むようにしているな……。このDVD、重要な手がかりか、ひょっとしたらダイイングメッセージのようなものかもしれん。ちなみに主演は?」
男A
「吉沢明歩、という女優みたいですね」
男B
「アッキーか……」
男A
「ご存じなんですか?」
男B
「もともとはレンタル物で疑似――これは実際に男性器を挿入していないということだが――プレイばかりだったのだが、セルに移ってから本番、つまり本当にセックスを行うようになった、現在のトップAV女優の一人だ。ちなみに、俺はこの、最初の頃は疑似でキャリアの途中から本番というパターンが一番好きだ。もったいつけてその先があるというのがな。追いかける楽しみがあるのだ。このパターンに当てはまるのは、最近だと桃瀬えみる、昔だと金沢文子、岡崎美女辺り、更に昔だと諸星美奈だな。引退時は日下部レイという名前だったが。村西とおると絡んでいた“さえきとも”時代も本番だといわれているが、俺はこのビデオを見ていないのでなんともいえない。次に好きなパターンがデビュー作だけ本番であとは全部疑似というパターンだ。業界慣れしていない初々しい時期の本番というのがいいのだ。浅倉舞とか星野ひかるがそうだったといわれている。最初こそ本番OKという契約をしたけど、本当にしなくてもいいらしいということがわかってから契約を本番NGに切り替える女優もいると俺は踏んでいるので、疑似女優を好きになったら、とりあえずデビュー作を見ることにしている」
男A
「はぁ…吉沢明歩からどんどん離れていった気がしますけど、なんか長々とありがとうございました……。参考までに、その疑似とか本番とかっていうのはどうやってわかるんですか? モザイク入っているじゃないですか」
男B
「今のモザイクは昔と比べて段違いに薄い。挿入部分が完全に確認できるので判断は簡単だ。ビデオ時代の作品だと判断基準は人によって違うと思うが、俺はオーソドックスに射精時に男優がゴムを外すかどうかを見ていた。外したとき、パチンという音が聞こえてくるのだ。たまに制作側がこの判断基準を利用して疑似を本番に見せかけることもあるがな。たとえば、秋菜里子のデビュー作がそうだった。仰々しいほどゴムを外す音を入れていたが、あれは100%疑似だ。まれにゴムなしで本番を行っているというケースがある。昔だったら、きららかおり、マイナーだが弓月杏里という女優もそうだった。この場合、ゴムを外す音は当然聞こえないが、本番なのは絶対にわかる。なぜなら、カメラ、そして男優が“この絡みは本番ですよ”というアピールを行うからだ」
男A
「あぁ、そうなんですか…。で、話を戻しますが、この部屋には他にもいろいろとアダルトDVDがあるのに、被害者はなぜこのDVDを手にしているんでしょうね。これが一番高価とかなんですかね」
男B
「いや、それはない」
男A
「え、どうして言い切れるんですか?」
男B
「棚の中にアロマ企画のDVDがあるからだ」
男A
「アロマ企画?」
男B
「メーカーの名前だ。アロマ企画の作品は鼻フック物、咀嚼プレイ物などフェチ度が高く、買う人が限られているという意味では某ゲームメーカーの作品に似ており、販売戦略もまた似ている。値段をいくらにしても好きな奴は買う、そういう戦略だ。あまりレンタルに出てこないので本当に買うしかない。そしてレンタルに出ないからこそ値段通りの価値があるといえるのだ」
男A
「なら、一番好きな女優が吉沢明歩だったのかもしれませんねえ。それで死ぬ間際に思わず手にしてしまった」
男B
「……」
男A
「手に取って……ひっくり返して……え、なにを見ているんですか?」
男B
「わかった! このDVDの意味が!」
男A
「えっ!?」
男B
「これはダイイングメッセージが書かれた場所を示しているのだ!!」
男A
「ええええええっ!?」
男B
「いいか、吉沢明歩は現在、S1とマキシングの作品だけに出ている」
男A
「S1とマキシングとはなんですか?」
男B
「アロマ企画と同じくメーカーの名前だ。ちなみにS1は他のメーカーと違って企画物は撮らない。単体女優の作品しか存在しない、それが売りのメーカーだ」
男A
「企画物……ですか?」
男B
「バラエティっぽいAVの総称だ。単体女優物、つまり、女優の絡みを中心に撮る、女優ありきの作品とは違い、まず企画ありきなのだ。買う人間も女優の誰それが出ているからという理由では買わない。この企画は面白そうだということで買う。企画物の代表例となると、ソフト・オン・デマンドの自社新卒社員物辺りだろう。女性新卒社員たちが日頃自社の作品を買ってくれている素人男性を接待するという名目でセックスを行うという流れだ。出ている女性社員は本当っぽくなになに課の誰それなどと呼ばれているが、実際は企画女優という、企画物専門に出演する女優たちだ」
男A
「はぁ…。で、ダイイングメッセージというのはどこに……?」
男B
「被害者が手にしているのは、S1ではなく“マキシング”の作品だ。吉沢明歩主演のS1の作品もたくさんあるのに、彼はあえてマキシングを選んだ。ここがポイントなのだ」
男A
「と言いますと?」
男B
「いいか。S1を始め、アダルトDVDはDVDなのにいつまで経っても画面比率が4対3、つまり普通のテレビに合わせているのだ。ところがだ。マキシングはアダルトメーカーでは珍しくハイビジョン撮影を行っている。つまり、映画のDVDと同じく画面が16対9の比率になっている」
男A
「話が見えてきませんが……」
男B
「まだわからないのか。この部屋にあるテレビはハイビジョンテレビでもワイドテレビでもない、普通のブラウン管テレビ。ということは、この吉沢明歩のDVDを映すと上下に黒い帯が出ることになる。画面比率を16対9にするためにな。この黒い帯がポイントなのだ。黒い帯だから見えるのだ、ダイイングメッセージが――」
男A
「ああっ、ブラウン管に付着したほこりの上から指で書いたメッセージが、黒い帯のおかげでくっきりと見える!」
やっぱり駄目だ。