2010-4-28 Wednesday

あなたの“神”が書かない理由

 最近といっても数カ月ほど前になるが、Googleリーダーに『Hatena::Group::onlooker::2ch-Dojin』というサイトのフィードを登録した。匿名掲示板の書き込みをまとめたものだが、同人活動にまつわる人間関係のトラブルなどのほかに、創作者と読者の関係についての考察などもあって勉強になる。

 で、このサイトを通じて同人界隈の創作者は愛読者から“神”と呼ばれるらしいことを知り、更に、神という仰々しい呼び方に関係なく、やはり、創作者がサイトの更新をしなければそれを不満に思う読者との間で軋轢が生じるらしいということがわかった。神がどうして更新できないのかをうまく伝えられればなんとか丸く収まると思うのだが、『ZEROの法則』で書いているように、想い想われの関係で、想われている方が想ってくれている方にストレートに自分の意思を伝えるというのはなかなか難しい。

 神はなぜ書かないのか。

優先順位の低下

 私も一応、創作者の端くれなので理由はだいたい想像がつく。大きく分けて二つの理由があると思う。まず一つ目は、

 自分がすべきことの中で「創作活動」の順位が下がった

 である。多分、ほとんどがこれだろうと思う。
 順位が下がる――順位を下げる――というのはドライな感じがするし読者の気持ちなんて考えていないように思えるかもしれないが、至った経緯は人それぞれで、中にはどうしようもない、切羽詰まった理由もあるということは理解してあげてほしいと思う。

 なるほど、その理由は理解できる、でも――という人は、大抵こう続けるだろう。

「忙しいといいながら、mixiやツイッターに書き込みしまくっているのはどうして?」

モチベーションの必要量の違い

 忙しいから創作の優先順位が下がった、これはわかる、ところがmixiには日記を書いている。ということは文章を書く時間はある。じゃあ創作の順位だけ下がったというのはどういうこと? ただ読者の期待を裏切って馬鹿にしているだけじゃないの?
 この疑問に対する答えが、あなたの“神”が書かない二つ目の理由だ……と、いつものように偉そうに話を進めてみたものの、実はここからは完全に私の経験と想像なので、「あなたの神が」などと書いてあるが、実際は「神」と呼ばれる人たち皆に当てはまるかどうかはわからないということを踏まえて読み進めてほしい。

 ある文章は書けて、ある文章は書けない。こんなことが起きるのは、モチベーションの必要量が違うからである。つまり、mixiで日記を書いたり、ツイッターで呟いたりするのに必要なモチベーションは日々の休息などで得られ、また回復するが、創作を行うためのモチベーションはかなり意図的に積み上げていかないと作れないぐらいの量が必要になってくる場合があるのだ。月の給料じゃ買えない、ボーナスを含めて給料を半年丸々貯めないと届かない、そんな感じである。更にいうなら、読者が往々にして嫌うmixiやツイッターでの創作にまったく関係なさそうな愚痴、あるいはなにかを否定したり、または自分を過度に持ち上げたりといったエキセントリックな書き込み、それらは創作活動を行うに必要なモチベーションを懸命にチャージしようとしている努力の一端だったりする場合もある。

 愚痴、否定、自賛といったものが創作のモチベーションを生み出す努力かもしれないということを喩えで簡単に説明しよう。
 もしあなたが女性だとして、彼氏が食事を奢ってくれる際に出した一万円札がどのようにして得られたものかということはあまり考えないと思う。普通に給料から出たものかもしれないが、ひょっとすると、家にあった数十枚の『石橋渉の素人生ドル』シリーズのDVDを泣く泣くオークションで処分して得たものかもしれない。ようするに、彼氏がナンパ物のアダルトDVDを大量に処分したことであなたは美味しいフレンチを食べることができたのかもしれない。
 創作を行うモチベーションも似たようなもので、創作者は常に美しい手段で得ているとは限らない。ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を聴けば必ず気分が盛り上がるというならちょっと格好いいが、そう簡単にはいかない。それこそ初めてのデートを控えた金欠の男が部屋のあらゆる場所を探し、物という物をすべてひっくり返して金目の物を探すように、あまり美しくない方法でモチベーションを作り出す人もいる。あることをしなければならないがまったく気が乗らないとき、あえて関係のないことをしてモチベーションが生まれるのを待った経験を持つ人は多いだろう。mixiやツイッターでの、読者からするとあまり気分がよくない書き込みというものも、そういった少しいびつなモチベーション獲得方法の一端かもしれないのだ。

とどのつまり

 mixiやツイッターでの書き込みはいわば気晴らしの散歩のようなもの。お金なんてあんまり必要ないし、小綺麗な格好をすることもない。夜の散歩ならジャージと小銭で充分だ。しかし、創作はデートだ。なにしろ相手の心を掴む必要がある。だから、臨む姿勢と必要なものがまるで違う。

 大切な人と会うときは皆、それなりの格好と状態で臨むように、心も体も万全、モチベーションフルチャージの状態でしか自分の作品と向き合いたくない人もいる。それぐらい自分の作品を大切に思い、また、その作品を読んでくれるあなたのことを大切に思っているといったら、少し創作者を贔屓しすぎだろうか。

 優先順位の低下、モチベーションの回復待ち、この二つを合わせて、あなたの“神”が書かない理由は、きっとそういった状態に陥っていて、いい状態で作品、そして作品を通してあなたと向き合える努力と工夫をしている途中だからということなのだろう。

posted by kudok @   | Permalink

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