おおよそ11年前の2000年12月30日、東京の世田谷で一家四人が殺害される事件が起きた。事件が起きたのは大晦日目前の午後11時から翌31日の未明にかけてと推測されている。この事件の特異性として、よく、犯人が被害家族を殺害した後、朝まで現場に滞在して仮眠を取っていたり、アイスクリームを食べたり、パソコンを操作していたということが挙げられるが、個人的にもっとも衝撃なのは、この家は事件当時、部屋の明かりがついていたということである。
動機は解明されていないが、犯人は事件を起こした後、タンスの引き出しを片っ端から開けていたほか、被害者の免許証をもとに、キャッシュカードの暗証番号の推測を行っていたと目されている。もし犯人が、強盗目的のために家の中に侵入したのであれば、始めから被害者と鉢合わせ、抵抗されることを承知で一般家庭の家屋に入り込んだということになる――――。
先日、ある取材のために現場を訪れる機会があった。
警視庁が公開している、事件直後のものと思われる写真だともともとは分譲住宅地だったように見えるが、現在は祖師谷公園の中に家が建っているという形になっている。祖師谷公園は仙川という川に沿って作られている、南北に長く、一般道路を挟んで東西に分かれているというちょっと変わった作りの公園で、バスなどが通る別の一般道路に面した南側の入り口から、遊具を避けるように何十メートルか歩くと被害者宅の裏が目の前に来る。
一軒のように見えるが、二軒ある。左側の家が事件のあった家
網目状のフェンスという仕切りがあるとはいえ、子供が遊ぶためのほのぼのとした遊具から何メートルもいかないところに、あの事件が起きた家があるのを見て少し動揺した。実は、家屋はGoogleストリートビューにも写っている。それを見る限り、もっと奥まった、すべての方向から孤立した場所にあると思っていた。事件から10年以上経過し、人はきっと何年も家の中に入っていないだろう。しかし、家は決して朽ちたようには見えなかった。まだ誰か住んでいるような匂いさえ感じた。この家に確かに人が住んでいた2000年12月30日、私が立っているところから近い位置で犯人は私と同じように家を見ていただろう。彼は、なにを思いながら明かりがついた家にあえて侵入したのだろうか。
犯人はフェンスを足場として使って二階の窓から入ったと考えられている。腕力と運動神経が必要なアクロバチックな侵入方法で、犯人の年齢が15歳から35歳とされた根拠になっている。
しばらく見ていると、突然、公園内のトイレの右にある東側の入り口から、初老の警官が「ゆらっ」という効果音が合いそうな雰囲気で一人で入ってきた。ピリピリとしたオーラはない。ただ、私に向かって真っ直ぐではなくあえて斜めに歩いてきて、体をやや傾け、探るような視線を放っている。
最初は派出所の警官がバイクでの巡回でたまたま私が来たときに公園に立ち寄ったのかと思ったが、すぐ、そうではなく、私を見に来たのだとわかった。なぜ私の存在がわかったのか、どこから見ていたのか不思議に思い、それから、どうしよう、話を聞こうか、でも名刺を持ってきていない、免許はあるけど……いっそ職務質問してきてくれないかと考えたが、なぜか足は警官が入ってきた東側の入り口に向いた。
警官と入れ替わるように公園を一旦出て、車がやっとすれ違えそうな道を渡って東側へ行き、振り返ったら警官も私に続くように公園から出てきた。
東側から被害者宅を見てわかったことだが、被害者宅とその隣の家の真ん中辺りに警官が交代制で24時間、警備を行うための小さなボックス状の建物があるのだ。おそらく、家の裏にはカメラが付いていて、不審な人物が公園側から近づいてきたら、いつでも職務質問をかけられる体制を取っているのだろう。情報ソースを見失ったので正確な年月日はわからないのだが、被害者宅の家の裏に花が置かれていたということがあり、警察はその花を置いた人を探しているという記事があった。もし、家の裏にカメラが付いているのだとしたら、取り付けたのはこれ以降かもしれない。
被害者の家がある公園の西側は森の中に公園があると思えるぐらい樹木が多いのだが、公園の東側は舗装されているために樹木がほとんどなく、天気が悪かったこの日でも明るくて、また主婦らしき人たちがテニスコートでテニスをプレイしていて活気のようなものを感じた。その中で、浮いていたのはスケートボード用のハーフパイプだ。ここ最近使われている形跡がなかった。
被害者は、ここで深夜にスケートボードを行っていた若者とトラブルがあったのではという報道を見聞きしたことがある。顔を上げて公園の西側を見ると、数十メートル向こうに被害者の家の側面を見ることが出来た。
公園の東側から。この画像には写っていないが、植え込みの向こうに公園を東西に分けている道がある。またその道(おそらく、右側に写っている電柱付近)で事件当夜、不審な男が目撃されている
被害者の家の前には路地があり、それは公園を東西に分けている道路に通じている。路地の入り口にはコーンが何本か立てられており、人がうっかり入ってこないようになっている。ただ、このコーンの前で数秒でも立ち止まれば、すぐに警官が出てきてなにをしているのか聞かれるだろう。Googleストリートビューの車は、この道を通って被害者の家を撮影したのだと思われる。
私が見る限り、私以外に公園にいた人は誰も、家のことを気にしている人はいなかった。警官が玄関前に常駐している家、それは私にとっては初めて見る光景であり、どうしても事件が連想されて心がざわめいたが、夫婦でウォーキングをしている人、ベビーカーを押しながら遊歩道を歩いている人、そして“普通とは違う光景”に敏感であるはずの子供たち、誰一人として家に目を向けることはなかった。
ただ、公園があの凶悪事件の現場からそう遠くはないということは、公園内にあるいろいろなもので感じ取れた。
ここに写っているのが公園を東西に分けている道路
事件後に設置された通報システム。警察に連絡するためのシステムということを考えるとかなり密な間隔で置かれていた。テレビ電話のようで、一番上の黒い四角はスクリーン、スピーカーの下にあるのはカメラだろう
公園内にあった掲示板にはすべて、事件についての情報を求めるチラシが貼られていたと思う。ただ公園を出ると、公園に隣接したような場所であっても公園の掲示板とほぼ同じチラシが貼られている中で事件関連のチラシだけ貼られていないところもあった
被害者宅の西側にある仙川。釣りをする人で賑わうというタイプの川ではなかった
仙川を挟んだ道から。写っているのは被害者宅の隣の家(被害者の親族が住んでいた)。BSアンテナなどがそのままになっていた
警視庁にとって最重要案件の一つだと思われるこの事件の捜査は、勿論、いまだ続いている。