第14回 独りで行けるもん(3/3)
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男が余っている今、独りが熱い
独りで行けるもん(第三回)
今回のチャレンジ 独り東京ディズニーランド
独りで来たと告げた時の店員の反応
- 特になし
時間と費用
- 6時間で1万円ちょっと(パスポート5500円、ジュース500円、お土産2500円、交通費2220円)
自分の他に、独りで来ている人
- 見あたらず
趣味、あるいは収集には、ファミコンのカセットを集めている人だったらメタルスレイダーグローリーの完品を手に入れることだったり、廃墟マニアだったら軍艦島を見ることだったりと、大抵、最終目的がある。
一人でどこかへ行くことに何かしらの価値を求めている人が、ここへ一人で行ければもう満足だという場所はどこだろうか。いろいろな意見があると思うが、私は東京ディズニーランドだと思う。
以前、読者の方からこんな感じのメールを戴いた。
こんにちは。僕は工藤さんのエッセイを読んで感化されて、一人で東京ディズニーランドへ行きました。
このメールを読んだ時、素直に(羨ましい)と思った。やろうと思ってもなかなか出来ることではない。やろうと思ってもなかなか出来ないことをやるというのは、後の人生で必ず活きてくる。
私はディズニーランドへ一度も行ったことがない。今まで行くチャンスは何度かあったが、お金がなかった、行く前に彼女と別れた、おじいちゃんが突然病気になったと言われたなど、ことごとく潰れてしまった。ということはだ。今行けば、初めてのディズニーランドが一人ということになる。恐らく、日本で50人もいないだろう。このまま時が経てば、また誰かに誘われてその時は本当に行ってしまうかもしれない。初めてで一人という貴重な経験をするためには今行くしかない。
そしてある快晴の日、私はついに一人でディズニーランドへと旅立った。これから書く話はその時の全記録である。
彼女との三度目ぐらいのデートで、東急ベイヒルトンにでもダブルの部屋を予約しているんだったら、興奮を抑えきれずにブックオフへ自転車をぶっ飛ばして行き、ガイド本を購入してむさぼり読むのだろうが、なにしろ一人であるため、特になんの思いもなく、とりあえずデジカメを持って家を出た。最寄り駅も調べていないので、途中のコンビニで東京の遊び場みたいな本を読んで確認した。
地元駅から東京駅へ出て、駅構内で食事をしてから武蔵野線に乗って15分。浦安駅で下車した。家から出て2時間近く経過していたが、当然のように一言も言葉を発していない。時間は昼過ぎぐらいだったと思うが、電車を降りて猛ダッシュで階段を駆け下りていく人たちが結構いる。多分、ディズニーランドへ行く人たちだろうがなぜ走っているのかはわからない。イベントでもあるのだろうか。
一応、帰りの切符を買い、東京ディズニーランドと矢印付きで書かれた看板を頼りにリュックを背負い直して歩いた。ふと空を見上げると実にいい天気である。快晴と言ってもいいだろう。
カップルで来ているなら、
「晴れてよかったね」
と話し掛けられて、ご機嫌になるところだろうが、一人だとただ暑いだけに感じられ、靴流通センターで買った3000円のエドウィンのぺらぺらサンダルさえ重く感じる。ずるずると足を引きずりながらゲートをくぐり、ただっ広い敷地内でセキュリティチェックのようなものを受けた。使い終わった電池や紙くずが入ったリュックを開けて警備員に見せ、チケットの販売所へ辿り着いた。
「あ、あの」
値段表をちらちらと見た後、言った。
「大人のカード一枚下さい」
大人のカードとは自分でもよくわからなかったが、さすがディズニーランドのお姉さんは聞き返しもせずに、終始笑顔でパスポートを発券してくれた。
入場口を抜けると、数百メートル向こうに、ディズニーランドの象徴であるシンデレラ城が見えた。30数年の人生で初めて、私はディズニーランドへ来たのだ。賑やかな音楽に彩られた、西洋風の空間。目の前に広がっている光景には、確かにときめきが詰まっていた。親とまだ賑わっていた頃の横浜ドリームランドへ来た時のことを思い出す。あと10歳若く、彼女と来ていたら手をつないで走り出していたかもしれない。が、ここ数日、気管支炎気味(季節の変わり目に決まって発症)で2時間の旅程で既に疲れていた私としては、喉をひゅーひゅー鳴らしながら、とにかく一歩一歩進むことだけで精一杯だ。
(まず、どこへ行くべきなのだろうか)
日陰に入って立ち止まり、入場口でもらったガイドのようなものを広げて見る。どこに何があるのかもわからないし、今自分がどこにいるのかもわからない。
「何かお探しですか?」
制服を着た男性の係員がすぐに寄ってきて言った。
(いや、何を探しているのかもわかりません)
と言えればすぐに楽になれたのかもしれないが、緊張したまま、
「いや、あの、別に、あの、いいんで、はい」
と細切れに言い、その場を立ち去った。細かい所は後回しにして、とにかくシンデレラ城へ行こう。あそこに行けば何かあるだろう。
城の前で、モデルばりのポーズを決めて記念写真を撮っていた女性が印象深い
強い日差しを浴びながら息も絶え絶えにシンデレラ城へ到着し、案内板を見ると、シンデレラ城ミステリーツアーというアトラクションがあると書かれている。内容はよくわからないが、名前だけは聞いたことがある。15分待ちだというので、まあそれぐらいならいいかとキャラメルを舐めながら待つことにした。周囲を観察すると、当然のことながら一人で並んでいるのは私だけである。親子連れ、修学旅行生、カップル、そして私。どこが笑いが起こるたびに(俺が笑われてるのかな)と思ってしまう雰囲気が存在している。
10分ぐらい経ち、中に入れることになった。扉が開いて、ぞろぞろと15人ぐらいで入っていくと、夢の遊眠社の竹下明子みたいな人が出てきて、
「みなさーん、こぉんにちはー」
と挨拶をする。
「こんにちはー」
X JAPANのライブへ行った時、気恥ずかしくてXジャンプが出来なかった私であるが、自然と口に出てしまうのはディズーランドが持つ魔力なのか、それとも竹下明子のファンだったからだろうか。
竹下明子似のお姉さんが説明していると、雷の音がして、テレビ画面でなんだかわからないキャラクターがなんかいろいろと喋り始めた。と、同時に目の前にいる3歳ぐらいの男の子が「もう帰ろうよ、恐いよ、もう帰ろうよ」と父親と母親の手を泣きながら引っ張り始めた。実は私も暗闇、閉所、そして一人ということでちょっと恐くて、出来れば子供と一緒に退出したかったのだが、さすがに言えず、一番後ろから付いていった。
この後はまあ一応ネタバレになるということで、詳しい内容は書かない。竹下明子似のお姉さんからメダルをもらった17歳ぐらいの青年が羨ましかったとだけ書いておこう。
(で?)
シンデレラ城しか知らない私は、早くも煮詰まった。日差しは相変わらず強く、人の数はますます増えている。なんで平日なのにこんなに多いんだろうと思って、しばらく辺りを見ていると、修学旅行生の数が半端ではないことがわかった。もし彼らがいなかったらと頭の中で消していくと、半分ぐらいになるのだ。女子中学生や女子高校生が好きな人にとっては天国だったかもしれない。なにしろ、この日は風が結構強く、スカートがめくれ上がって女子中学生の青いパンツまで見えていた。だが興味のない私にとっては、彼女たちは早く帰ってくれないかなぁと思う対象でしかない。
平日の昼間にもかかわらず、どこへ行っても人だらけ
途中、冷たいジュースを買って一気に飲み干し、適当に歩いてアトラクションらしき所まで来た。わかる人にはすぐわかるのだろうが、アトラクションとショップの外観が似ていて私にはまったく区別が付かない。しかも、手がかりである看板も英語で書かれていて、訳さないとそこがなんなのかわからない。
(ぴ……ぴら……ぴら……てす……か……かり……かりべ……かりべあん)
20秒ぐらいかかってそう読んで、それから10秒ぐらいして目の前のアトラクションが『カリブの海賊(Pirates of Caribbean)』であることが判明した。何がどうなるのかよくわからないが、誰も並んでないみたいなので入ってみる。暗闇の中、てくてく歩いていくとボートが何隻も回ってきては人が乗り込んでいた。奥の方にはレストランがあるらしく、食事をしている人たちの姿が見える。
「お客様、何名様でございますか?」
「一人です」
「それではこちらへどうぞ」
案内されたのは一番前の席だった。一番前で一人というのは出来れば勘弁してほしかったが、そういう割り振りなんだから仕方がない。座って間もなく、ガコンという衝撃と共にボートが進み始めた。
(……)
この衝撃がまずかったのだろうか。それとも、さっき飲んだ冷たいジュースが原因なのか。
緊急を要する腹痛が発生した。
普通は小波から大波だが、いきなり大波だ。
(……)
脂汗が額に滲む。いったい、このアトラクションは何分かかるのだろうか。隣に彼女でもいれば、「やべえ、腹痛くなってきた」などと言って気を紛らわせることも可能だろう。
だが一人だ。
頭の中にはトイレしか浮かんでこない。
ボートは急流を下り、ガイコツみたいのが「いっひひひひ、おまえらは見てはいけないものを見てしまった」とかなんかと言っているが、私としては、(どうでもいいから早く終わってくれ)、ただそれだけである。
ベルトを緩めてひたすら耐えること15分。ボートはようやくゴールに辿り着き、私は走ってトイレへと駆け込んだ。だいたいの水深をはかって、駄目だったらボートから飛び降りてゴールへ向かって走ることを心に決めていたほど危険な状況だったので、間に合ったのは本当にラッキーだった。
その後、蒸気船に乗ったり、イッツ・ア・スモールワールドでまたもやボートに乗ったりと、暑かったのでとにかく水に近いところで過ごした。
彼も孤独、俺も孤独
3時ぐらいだっただろうか、唐突に音楽が鳴ってパレードが始まったのだが、これは本当に感動した。ディズニーランドを全体的に無理矢理盛り上がっている遊園地としか思えなかったが、パレードはまさに一級のエンターテイメントだった。あの暑い中、特に象の脚の人は大変だったと思うが、みんな、とにかく人を楽しい気分にさせるために踊っている。極限まで訓練されたプロのショーだ。恐らく誰一人として不快にならない、そして、一人で来ている人間でも幸せな気分になれたというのは凄いことだと思う。
結局、6時間ぐらいいてお土産を買って帰路についた。家に着くまで、そして寝るまで、私は一言も言葉を発しなかった。
遊園地が楽しいのは感動を親しい人と共有出来るからだと思う。一人で行くと、どのアトラクションも、「どうせ乗り物に乗っていると、最後になんか出てくるんだろ」という見方しか出来なかった。乗らなくてもわかるし、わざわざ並ぶこともないと思ってしまう。だが、もし誰かと行っていたら、相手のリアクションを見たり、感想を言い合ったり、遊園地の思い出を語り合ったりと楽しみは何倍にも増えていたはずだ。
終始無言で、淡々と園内を回る。独りディズニーランドは、楽しいとはとても言えない。もしチャレンジしようという人がいたら、そのことを承知で行ってほしいと思う。