第5回 園山君(仮名)の結婚披露宴にて

サイト掲載日 1997年11月11日、12日 日記

「とにかく笑えた」という反響がたくさん来ました。その笑いは、僕の文章によるものではなく、僕の演奏によって生じたもののようです。小学校からの友人、園山君の結婚式で演じられた「いとしのエリー」は一緒に出席した友人の中でも伝説となりつつあります。さて、その演奏とはどんなものだったのでしょうか……。


「頼むから遅刻だけはするなよ」
 伊集院君(仮名)にそう言われて、
「余裕だよ、余裕。わははははは」
 と答えた私は、やっぱり園山君(仮名)の結婚披露宴に遅刻した。
 以前からどうも時間にルーズで、それは母親にもよく言われていた。なにせ、約束の時間が午後3時だとしたら、その午後3時に家を出ていた男だ。女の子と遊ぶ時も、頭の中では「貴重な時間を無駄にするな、今日は早く家を出るぞ」などと思うのだが、結局30分ほど遅れて待ち合わせ場所へ行くことになる。
 最近はかなりましになってきて、一番最短、且つ、電車の乗り換えなどがどんぴしゃではまった場合の時間を頭に入れて家を出るようにしているが、当然、バスに一つ乗り遅れただけで、簡単に遅刻する。

 さて、披露宴である。会場の外でうろうろしながら腕組みする私。
(どういうタイミングで入りゃいいんだ……)
 と、途方にくれていたところ、子供の泣き声が聞こえてきて、やがて扉が開いた。
「……あれ、あのー、ひょっとして園山君のお兄さんですか?」
 初めて会った人であったが、すぐにそうだとわかった。顔がめちゃめちゃ似ているのである。
「あ、そうです。今日弾いて下さるんですよね」
 園山君のお兄さんは、子供を抱きながら私のアコースティックギター(以下、アコギ)を見ながら言った。
「いやー、大したことないんすけどねー。ところで遅刻してしまって本当にすいませんでした」
「いやいや、来ていただけるだけで嬉しいですよ。……今は、お偉いさんの話だからもう少し経ってから中に入るといいと思いますよ」
 なんていい人なんだろう。そして数分後、私はようやく中へ入ることが出来た。
「あっれー……真っ暗でわかんねえなぁ……」
 そんなことを呟いていると、園山君のお母さんが私を誘導してくれた。
「真ん中よ、真ん中のテーブル」
「あ、すいません」
 私が真ん中のテーブルにつくと灯りが点り、そこに高松君と伊集院君の姿が見えた。
「なにやってたの?」
 高松君が笑いながら聞く。
「いや、扉の外で入るタイミングを計ってた(笑)」
「おまえなー、あれほど『遅刻すんなよ』って言ったろ。俺ら、園山に挨拶したとき、『おめでとう』じゃなくて『ごめんな』って言ったよ」
 伊集院君の言葉に続いて、高松君が言った。
「その時、園山、なんて言ったと思う」
「え、なんて言ったの?」

「『いや、いつものことだから』だって」

 さすが古い友人だけあって、すべてを把握している。

 さて問題は『いとしのエリー』である。前日、カラオケに行って練習し、当日も朝からやってはいたのだが、なにぶん、本業はベースギターだし、アコギはエレキと違って弦の張りがカッチンカッチンで、半端な押さえ方だとちゃんと音が出てくれない。私はいつもエレキしか弾いていないので、弦の押さえ方はかなり甘い。アンプもあるわけでもなく、音が増幅されないので、ミスがもろにミスとして目立つ。
 正直言って、前日、当日の練習で、「これは完璧だ」という演奏は一度もなかった。
「あのー、工藤様でございますか」
(うまくいけばいいなー)程度に構えながらフランス料理をぱくついていると、係員の女性がやってきた。
「あ、はいはい」
「ギターの弾き語りをなさるんですよね」
「ええ、そうです」
「えーと、今お色直しで、この後、キャンドルなんとか(名前忘れた(笑))があって、その後にご親族のスピーチがあります。で、その次になります」
「え、時間ってあとどれぐらいですか?」
「えーと、20分ぐらいになりますねー」
「20分……」
 せめて、演奏直前に練習出来ればまだなんとかなるのだが、そうもいかない。
 しかも、ワインとビールをいい感じで飲んで緊張感皆無。
(まあ、なんとかなるだろ)
 私はそう思いながら、再び食を進めた。

 そして20分後。
「じゃあ、行ってくる」
 私は颯爽と(多分)立ち上がり、ギターの置いてある場所へと向かった。
 それが悲劇(喜劇)の幕開けとも知らずに……。

「それでは、新郎新婦が見える位置へ」
「はい」
 男性従業員に案内されて、正面右へと私はギターを持ってやってきた。ちなみに、このギターは『モーリス』というメーカーのもので、3年ほど前に3万円出して買ったものだ。その当時、無性にアコギが欲しくなって所持金すべて突っ込んだのだが、買ってからはまったく練習せず、それで3年経ってもいとしのエリーしか弾けないのである。しかし、逆に言えば、いとしのエリーだけは自信がある。
「マイクはこの辺で」
「あ、そうですね」
「譜面台はお使いになられますか?」
「いや、いりません」
「それではこの椅子にお座り下さい」
「はい」
 このやりとりの中で、確実に私に視線が集まっていた。北島三郎の「祭り」などが歌われている場で、アコギでいとしのエリーだ。
 一週間前、さとこちゃんに「来週の披露宴終わったら、俺のファンクラブ拡大してるから」などと言い放ってきた自信と実力が、ここで炸裂するはずである。

『それでは、新郎のご学友であられます、工藤圭さんにギターの弾き語りをしていただきます。新郎は、工藤様とはお互い仕事が忙しく1年に1回ほどしか会う機会がないそうですが、今日会えて大変良かったとのことです』

 司会の女性の美声が会場に響きわたる。
 私はマイクのスイッチを従業員が来る前に入れ、一つ咳払いをした。一応、元生徒会長として人前で喋ることには馴れている。
「えー、まずは一言謝らせて下さい。あのー、今日、僕遅刻しちゃったんで、いや、ほんとにすいません」
 会場が湧いた。
「いや、全然構わないから(笑)」
 園山君が壇上からそう言う。
「どうもありがとう。……えーとですね、今日弾くのはサザンのいとしのエリーなんですけど、いつか友達の結婚式で弾ければいいなぁと思っていて、今日やっとその願いがかなってよかったです。んんっ(咳払い)、それでは弾かせていただきます」
 そう言うと、私は軽くアルペジオ(分散和音)を弾いてギターの音を拾うマイクの調子を見た。
「……あの、こっちのマイク入ってますか?」
「入ってる、入ってる」
 見ず知らずの園山君の会社の人がそう言ってくれた。気のせいか、

 いいから、早くやれよ

 という雰囲気を感じなくもなかった。まあ、私も逆の立場だったらそう思うだろう。
「それでは弾きます」
 歌用のマイクと、ギターの音を拾うマイクが重なって、左指がまったく見えないのがかなり不安だったが、私は軽く弾き始めた。
(……練習通り弾ければなんの問題もない)

そして結果、こうなった。←クリックすると聴けます(再現バージョン)

 音がミュートしてしまい、まともに出ない。しかもミストーンの連発。
「♪なーかしぃたぁ こーともあーーるぅ」
 歌に入ってからも演奏はずたぼろだった。
 ずーっとうまく弾けて、ちょっとだけ間違えればまだ笑いも来るのだろうが、始めっから間違いっぱなしなので誰も笑えない。
 自分で、(これじゃ歌の伴奏でもなんでもねぇな)と弾きながら思った。子供がほうきをギターがわりにして歌をうたっているのと大して変わらない。
「あ、あの、すいません、もう一回やりなおしていいですか」
 会場から冷めた笑いが来た。ここで逃げなかった自分を褒め称えたい。

「んんっ、じゃ行きます」

(おおっ、今回はいいぞっ!!)
 かなり納得のいく出だしだ。ファンクラブ拡大へ向けて、いい感じでスタートした。
 歌も納得の出来で、演奏もいい感じで続いた。
(いいぞ、いいぞ~)
 会場が聴き入っている雰囲気を感じていた。
(……よし、ソロだ)
 問題はソロである。前日の練習からソロのフレーズを忘れてしまい、演奏が止まるというようなことが何回かあった。
 しかし、一応、朝結構練習してきたので、とりあえず止まることはないだろう。私はそう考え、問題のソロに突入した。

(……)

 あまりにも救いようのないソロ。
 私の頭の中は真っ白になり、これ以降のフレーズをすべて忘れた。頭の中が真っ白くなるついでに、身体も真っ白くなって、矢吹丈のようにかっこよく終焉を迎えるべきだったのかもしれない。
「す、すいません!! これでいいですか!?」
 私は頭を下げて謝った。
「工藤、もういいよ、ありがとう
 園山君の言葉が聞こえる。友人をこれ以上さらし者にしてはいけないという、彼らしい優しさ溢れる言葉に甘え、私はそそくさと場を立ち去った。

 披露宴会場で輝く園山君と砕け散った私。まさに人生の明と暗

「工藤様は昔から人を楽しませるのが得意だったということですが、まさにその通りの方でしたね」
 園山君が司会の人に伝えていたのであろう言葉を聞きながら席に戻ると、
「とりあえず今までで一番、場は盛り上がったよ」
 という高松君の言葉を受けたが、(ありがとう、なぐめてくれて)という感じだった。

 ちなみに、私のファンクラブは、拡大する以前に、作られた形跡など微塵もないことが、披露宴後、自分の中で発覚した。

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