第6回 しゃげものお願いします

サイト掲載日 1997年12月10日 エッセイ

 ファミレスの皿洗いのバイトって、結構大変なんですよね。皿が空いたから持ってきました、という感じではなく、恐らくその方が効率がいいだろうという理由で一度に大量に回収してくるので、常に適量の仕事をこなすということはできず、暇→大忙しの繰り返しで、そこに米とぎやハンバーグやステーキ用のプレートの用意などの別の仕事が入ってくるので皿が溜まるだけ溜まってどうにもならなくなります。
 年齢が上なら、「一度に持ってこないで、空いた時点で普通に回収してきてくれないかな。いや、押しつけじゃなくてあくまでも提案」と自分にとって都合のいい意見を押しつけられるかもしれませんが、当時は最年少で、ウエイトレスの女性たちはほとんど大学生でとても言えません。
 今回の話は、そんなファミレス皿洗いバイト時代の話です。


 一度気になってしまうと、見ているだけでむかつく他人の行動、あるいは言動というものがある。
 例えば、私の亡き母は、おはようスタジオに出ていた志賀ちゃん(彼はいまどこへ?)が、いつもモニターをちらちら見るのがよほど気に入らなかったらしく、私がおはスタを観ていると、「ちょっと、チャンネル変えてよ!」といつも怒って言っていた。
 そして私も、思い出すと今でもむかつく他人の「言い回し」というものがある。

 高校一年の夏、江ノ島のすかいらーくでバイトをした。夏の海を見ながら、ファミレスでバイト。「俺の、あの想い出の夏は……」とでも続けたいが、床に落ちていたエビを踏んづけたら、めちゃめちゃ怒鳴った岡本健一似の嫌なコックのこととか、バイトの帰り道、変なワゴン車にずっと追っかけられて怖かったこととか、ろくな思い出がない。
 そして、最も嫌な思い出は、ある女の子の言い回しに関してである。
 すかいらーくでは、ウエイトレスが客のテーブルから皿などを回収して、洗い場(私がいた所)に持ってくるとき、
「下げ物お願いします」
 ということになっている(今はどうか知らないけど)。
 まあ、ちょっと話は脱線するが、今だからはっきり言おう。私はウエイトレスの回収の仕方と、客のマナーには心底むかついていた。
 まずウエイトレスだが、奴らはこちらの都合も考えず、食器を溜めに溜めてこちらへ持ってくるのである。
(溜めて持ってくんじゃねーよ! 食べ終わったやつをタイムラグなく普通に回収してくりゃ、こっちも一度に煽られねえで済むんだよ!!)
 私は何度もそう言おうと思ったが、何せ最年少の高校1年。そんなことを言えるはずもなく、10皿ぐらいを平気で持ってきてぬけぬけと「下げ物お願いしまーす」というウエイトレスに心の中で中指立てながら、黙々と皿を洗った。
 そして客。特に女性客だと思うのだが、食べ残しのライスに紙のナプキンを被せてくる客がいた。これはいったいどういう筋から伝承されたマナーなのだろうか。とにかく、洗いにくくてしょうがないし、ご飯の上に紙を乗せるなんて、汚いと思わないのだろうか。
 だいたい、半分以上も残して、まあ多分、

女「あたし、こんなに食べられなあい」
男「しょうがねえな、じゃあ食べなくていいよ」
女「ヒロ君、せっかく奢ってくれたのに、残しちゃってごめんね」
男「ナオが食べられないならしょうがないよ」
女「……ヒロ君って優しい」
男「ばーか……俺がナオに優しいのなんて、いつものことだろっ(おでこを指でつつく)
女「きゃあ~ん、いったーい」

 というような会話が展開されていたのだろうが、きっとこの女は家に帰った後、スニッカーズを5本ぐらい食ったと思う。
 さて話を元に戻そう。
 私がゴムべらを持って皿を洗っていると、
「しゃげものお願いしま~す」
 という間の抜けた声が聞こえてくる。一気に血管が膨張する私。
 感じとしては、吉川ひなのみたいな、舌足らずでふにゃふにゃしたしゃべり方だ。今の私だったら、この彼女に
「いやー、そういう舌足らずなしゃべり方が可愛くて仕方ないね。ほんと、その声が聞こえるとときめいちゃうよ」
 ぐらいは面と向かって平気で言うだろうが、当時の私はこのお気楽そうなしゃべり方が、むかついて仕方がなかった。
 今でもきっと、頭が痛いときに、キヤノンのCMの調子で吉川ひなのが「らんららららーら らららら」とか言って近づいてきたら、ブッチャーの地獄突きぐらいはお見舞いしてやるだろう。
 むかつく言い方にも増して、吉川ひなの喋りの彼女が持ってくる皿はいつも大量。私を精神的にも肉体的にも追いつめていく。
(溜めて持ってくんじゃねえよな)
 そう思いつつ、なんとか気持ちを落ち着け、私は吉川ひなの喋り女の言葉を受け流す。
 が、ドリア・グラタン皿の大群がやってきて、一気に洗い場は緊迫したりする。この皿は焦げを取るためにかなり長い時間水につけていないと駄目なのだ。溜まりに溜まる食器。まさに食器の山。
「下げ物お願いしまーす」
「下げ物お願いします!」
「下げ物お願いしまあす」
「下げ物お願いします」
 こういう時は、往々にして、運び込まれる洗い物の数がピークを迎えるものだ。
「工藤、ライス足りないぞ!」
「鉄板入ってないよ」
「皿の補充お願いします!」
 そしてこんな時に限って、次々と仕事が舞い込む。
「早くライス交換してくれ!」
「ドリアの皿もなくなってきたな」
「ちょっと、この皿ちゃんと洗えてないぞ!!!」
「ほらっ、そこに洗い物溜まってるぞ!」
「おい、早くしろよ!!」
 そして私の血圧は一気に上昇し、血管切れそうなその瞬間、あの、吉川ひなの女のお気楽そうなこの言葉が聞こえてくる。

しゃげものお願いしま~す

 うるせえええぇぇぇぇ!!!

 ……実際切れていたら、今頃、女神の天秤で紹介されていただろう(笑)。

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