第8回 警部補・古畑の事件簿 PART2・問題編

サイト掲載日 1998年4月6日 小説

 ちょうど、「古畑任三郎」が再放送されている時に書いたものです。とにかく楽しかったので、自分なりに敬意を表して書いてみました。オチは単なる洒落ですが、「あー、なるほど」という感想をちらほらいただきました。


「ふ、古畑さん!!」
 広いおでこと、予測の出来ない乱調な動き、そしてうるさいほど響き渡る声が特徴的な今泉が、大通りを二つ隔てた路地にあるケーキ屋に入っていった。
「なんなんだよ、騒々しい。これからモンブラン食べるところなんだから、邪魔しないでくれよ」
 全身黒づくめのスタイルで、店内のファンタジックな雰囲気にまったく合っていない古畑が、右手でモンブランを持ちながら言った。あえて言うならば、童話の世界を壊す悪者のようである。
 このケーキ屋は喫茶店的な要素も兼ね備えており、店内で、買ったばかりのケーキを食べられるようになっている。
 店の中は、いくつもの趣味のいい、というより可愛らしいレリーフが飾ってあり、どうも古畑のイメージとは似つかわしくない場所であった。しかし、彼はこの店のモンブランがとにかくお気に入りで、暇があると食べに来るのだ。
「食べながらでもいいから、とにかく、これ見て下さいよ、これ。ほら、これです、これ」
 今泉が、大きなカバンから愛用のノートパソコンを取り出し、テーブルの上に置いて、画面を古畑に見せる。
「もうノートパソコンはいいよ。君一人で楽しんでなさい」
 古畑が、ノートパソコンから顔を背けながら言った。
「いや、そんなこと言わないで、ほら、これですよ」
 バックライトのついた画面には、可愛らしいフェイスマーク入りの文章が映し出されている。
 今泉は、古畑の肩を持ち、力づくでノートパソコンの画面を見せようとした。
「もう、なんなんだよ、見たくないんだよ」
「いや、とにかく古畑さん、見て下さいよ」
「きみもしつこいな。見たくないって言ってるだろ」
「いや、もう古畑さんが見てくれるまで、僕、古畑さんにつきまとう」
「あー、わかったわかった。見るから、肩から手を離しなさい」
 古畑はそう言って、手をどけさせ、仕方なさそうに画面を見る。
「これがどうかしたの?」
 古畑は、空いた左手のひらを上に向けながら言った。
「あの、今度、僕、このメールをくれた子と会うんですよ。ひとみちゃんって言うんですけどね」
「会うって?」
「え? いや、一から説明すると、インターネットの出会いのホームページっていうところで知り合った、ひとみちゃんっていう女子高生がいて、ずっとメール交換していたんですけど、今度、彼女と会う約束をしたんです」
 今泉は椅子にも座らず、顔を真っ赤にしながら、興奮のためか、かなり落ち着きのない様子で言った。
「あ、そ。よかったね」
「古畑さん、そういう態度は冷たいんじゃないですか?」
 自分に背を向け、モンブランの栗から食べ始めた古畑に対し、今泉は古畑の正面に回り込みながら言う。
「だって、そんなの私には関係ないもの」
 古畑が、やや大きめな声でそう言うと、学校の制服の上から白いエプロンをしている高校生らしき女性の店員がやってきた。
「コーヒーどうぞ」
「あ、どうもありがとう」
 古畑が、左手を軽く挙げて答える。
「とにかく、古畑さん、ほら、この彼女からのメールをじっくり読んで下さいよ」
「そんなもの読みたくないって」
 古畑は、紙ナプキンで口の周りについたクリームを拭き、ホットコーヒーの入ったカップに口をつけた。
「騙されたと思って」
「おまえに騙されたら、刑事なんてやめるよ」
「あ、ちょっとひどいんじゃないすか、その言い方」
 今泉はそう言って、ひきつったような笑みを浮かべながらも、古畑に批判的な視線を向ける。
 彼の目は、見ている方が気の毒になるほど涙目だ。
 古畑は、そんな今泉の目を見て、頭をかきながら嫌々言う。
「あー、もう、わかったわかった。じゃあ、一回だけ読んであげるから。で、どれだっけ?」
「あ、これです」
 今泉が古畑の目の前にノートパソコンを掲げる。
「うざったいから下置いて」
「あ、はい」
 古畑は、モンブランを食べながら、画面に映っている文章を読んだ。

 今泉さん、こんにちは(*^-^*)
 今泉さんって、刑事さんなんだね。すごい(*^-^*) わたし、そういう危険な仕事についている人って、尊敬してます。

 今泉さんから「会いたい」って言われて、わたし、すごく迷った。だって、もしわたしが今泉さんと会って、今泉さんがわたしのことをイメージと違うとか思って、嫌いになっちゃったらわたしすごく悲しいから……。
 でも、勇気を出して会うことにしました(^-^)

 4月20日、代々木公園で待ち合わせしませんか? 
 東京にしかない、ムニンツツジを今泉さんと一緒に見てみたいな(*^-^*)

 それではお返事待ってます

 ひとみ

「なんかこう、ひとみちゃんって、文章から想像するとものすごく可愛い子のような気がするんですよねー。あー、会うのが楽しみだなぁ」
「今泉君」
「会ったら、まず公園の中を散歩して、屋台でやきそばでも買って食べて、その時、ひとみちゃんが『はい、今泉さん、あーんして?』とか言ってくれちゃったりして」
「今泉君」
「そして、その後、手をつないで歩いて、原宿とかで買い物しちゃったりして」
「今泉!」
「あたっ」
 古畑の右手が、今泉の広いおでこを的確に捉え、店内に乾いた音が響いた。
「な、なにすんですか、古畑さん」
「行かない方がいい。からかわれてるんだよ」
 古畑は口元をゆるめながら、冷ややかな目で今泉を見る。
「なんでわかるんですか。そんなの会ってみなきゃわからないじゃないですか」
「わかるんだよ、このメールを読んだだけで」
「ど、どうしてわかるんですか!? なんか嘘が書いてあるとでも言うんですか?」
「いーや。嘘は書いてない。ムニンツツジという木は、確かに東京にしかないしね。まあただ一つ嘘があるとしたら、彼女がきみと会おうとしているということだけだ」
「だから、どうしてそれがわかるんすか!?」
 今泉の必死の問いかけに、古畑は鼻から何度も息を吐き出しながら、独特の笑い方をした。
「どうしてでしょう?」
「……あ、ひょっとして、この前みたいに特殊な読み方をすると違う文章が浮かんでくるとか」
「はずれ」
 古畑は、また顔にしわを作りながら、何回も笑う。
「そんな、もったいぶらないで教えて下さいよ」
「ヒントを一つ出してあげようか。ムニンツツジは確かに東京にしかないんだけど、東京と言っても広いからね。その辺の事実を踏まえた上で、彼女はおまえに言いたいことがあるんだよ。……彼女、なかなかしゃれが利く頭のいい子だね」

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