第8回 警部補・古畑の事件簿 PART2・解答編

サイト掲載日 1998年4月7日 小説


「しゃれが利くってどういうことですかぁ。説明して下さいよ、古畑さん」
 今泉が、今にも泣きそうな声を出しながら、すがるような目でモンブランをすべて食べ尽くした古畑を見た。
 古畑の言葉を全部真に受けるというわけではないが、なにせこれまで間違ったことを自分に言った試しがない。
「あ、お姉さん」
 しかし、古畑はそんな今泉の言葉を無視して、右手の指についたマロンクリームを舐めながら、さっきコーヒーを運んできた女性店員を呼んだ。
「はい」
「ここのモンブランは実に美味しい。私はここのモンブランが大好きだ」
「ありがとうございます」
 髪を三つ編みにした店員が、笑顔で頭を下げた。彼女の雰囲気は、今時、こんな純朴そうな女子高生がいるのかと感心してしまうほどで、古畑は一目見て彼女に好感を持った。
「そんなわけで、もう一個くれないかな。えー……と、コーヒー付きで」
「かしこまりました」
 店員はくすっと笑って、キッチンの方へと引っ込んだ。
「古畑さん、お願いしますよ。まじで気になってしょうがないんです」
 古畑と店員のやり取りを相変わらずの涙目で見ていた今泉が、古畑の腕を引っ張りながら言う。
「わかったから、腕を引っ張るなよ」
 古畑は眉間にしわを寄せながら今泉の手を振りほどき、足を組み直して、自分の頬に手を当てながら彼に問いかける。
「じゃあ、質問」
「は、はい」
 古畑の言葉に、今泉が直立不動になった。
「今、日本で絶滅寸前の動物を一種類挙げてみて」
「え、絶滅寸前すか? いや、えっと、あのー……」
 今泉が、妙に身体をくねらせながら、あれやこれやと考える。
「あ、ほら、くちばしが長くて、顔が赤くて、えー、なんて言いましたっけ……そこまで出てるんですよ、あれは、えーと、あ!」
 そして両手を鳥のように羽ばたかせながら言った。
「ツル!」
「それはおまえのおでこだろ」
 古畑が、今泉のつるつるしたおでこをぴしゃっと叩く。今泉が、その叩かれた部分を両手で押さえた。
「日本で絶滅寸前って言ったら、まずトキだろ」
「あ、そうそう、それ、トキです」
「で、トキはどこに住んでいる?」
「トキですか……えっと、あのー、金が取れる……あ、佐渡です、佐渡!」
「そう。絶滅寸前の野生動物は普通、一カ所でのみしか生息していない。では本題。ムニンツツジはどこに生息している植物でしょう?」
「東京なんじゃないすか? だって、ひとみちゃんからのメールにそう書いてあったし」
 今泉がどこかおどおどした態度で、そう言う。
 そんな今泉を見て、古畑は口元をゆるませた。
「確かに、ムニンツツジは東京にしか生えてない。しかし、東京と言っても、新宿からは数百キロも離れている小笠原諸島に生えているんだよ」
 古畑の甲高い声が、静かな店内に響いた後、続いて彼の笑い声がした。そしてこう続ける。
「ムニンツツジは、絶滅寸前の植物で、小笠原諸島にしか存在しない!」
「そ、それってどういうことすか……?」
 今泉が不安げな表情で、古畑の顔を見た。
 古畑は一呼吸置いてから、まくし立てるように言う。
「彼女は、代々木公園には絶対存在のしないムニンツツジを見たいと書くことで、おまえにこう言いたかった」
 しばらくの間、沈黙の時間が流れ、そして、さきほどの早口とは違った、落ち着いた口調で古畑は言う。
「本当は『そんな木ない』、つまり、『本当は、そんな気はない』」
 そして、右手のひらを上に向けながら一言。
「実にしゃれの利いた断り文句だ」

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