第17回 湘南物語 ある高校生の青い文通(2/6)


 手紙には他にも「すごくはずかしがり屋で、友達としか普通に喋れない」性格のこととか、学校紹介、部活のことなどが書かれてあった。 
 友達としか普通に喋れない。こんな自己紹介を他でも聞いたことがある。そうだ、確かイラストが妙にうまかった女の子が、「普段は静かだけど、仲良くなったらうるさくなります」と書いていたような気がする。ということはこの子もイラストがうまいのだろうか。
 とにかく可愛らしい丸文字に一発でやられた私は、すぐに返事を出すため、近所の文房具屋に「レターセット」なるものを買いに行った。私にとっての手紙とは茶封筒とレポート用紙、字はボールペンで書いたもの、である。しかし、どう考えても女の子相手にこの組み合わせじゃまずいだろう。いくつか見て、動物のイラストが入っている350円ほどのものを購入した。 
 家に帰ってシャープペンで返事を書いた。内容はよく覚えていないのだが、当時の私を想像するにかなりくだらないことを書いたのだと思われる。

 手紙を送って4、5日して返事が来た。 
 それには自分が住んでいるところがいかに田舎か、ということが延々と書かれていた。『私の住んでいるところには、マクドナルドやロッテリアはありません』とか『いまだに村がある』とか。
 一カ所だけ、そういうこととは関係ない内容が書かれていて、それは『工藤君が、今凝っているものはなんですか?』という質問だった。 
 ちなみに彼女は『レンタルレコード屋でレコードを沢山借りてきて、テープを作ることに凝っている』らしかった。今聴いているアーティストは“シンディ・ローパー”と“レベッカ”と書いてある。アルバム名なども書かれていたが、今現在をもってしてもよくわからないので、当時の私に理解を求めようとしても無理な話だろう。シンディ・ローパーはグーニーズの主題歌、レベッカは「せんぱい……」、あとはフットルースで音楽は精一杯だ。 
 実を言うと、私、中川君、佐伯君、奥村君(仮名――この間会ったが、ファミレスだかコンビニの店長をしているらしい)の4人と、愛媛県在住の彼女たち4人のグループ文通(?)という形だったのだが、どういうわけだか私たち4人はバンドをやっているという話になっていたらしい。言われてみれば、確かにサバイバーの「バーニングハート」(ロッキー4の主題歌)をやろうとかいう話が出ていたように記憶しているが、楽器と言えば、ソプラノ笛でサッポロ一番のテーマぐらいしか吹けなかった当時の私に、なにをやれと言うつもりだったのだろうか。
 そんな話はさておき、その二通目の手紙を境に彼女から電話がかかってくるようになった。正確に言うと、「彼女たち」からなのだが。
 私の文通相手「綾小路麗華」は、どうやら人見知り(この場合、実際には会っていないのでなんとも言えないが)をするようなタイプで、話していて盛り上がる感じではなかった。ちょっと暗いと言われれば、そうだろう。
 とは言え、私も調子に乗って彼女の家に電話を掛けたりすることが増えてきた。
 しかし、電話代なんかまるで考えずにだらだらと喋っていたから、料金は異常にかさんだ。なにしろこっちは神奈川県、向こうは愛媛県である。最初は3000円、そのうち5000円になって、8000円になった。親は「どこに電話してんの!?」と怒っていたが私は必死になって誤魔化した。定期的に電話でおしゃべりする女の子がいるということが快感だったのである。下手なことを言って、その快感を失いたくはない。そんな、当時の私が、ゲームセンターでゲームをやって高得点を出したときに入れるネームを「REIKA」としていたという事実を誰が笑えるだろうか。この辺のノリは、修学旅行の時、京都のおみやげ屋で買ったキーホルダーに、彼女でもなんでもない、好きな女の子の名前を得意げに言って、店のおばさんにドリルみたいのでその名前をローマ字で彫ってもらうということに近い。しかし、そんなもの彫ってもらっても、カバンに付ける度胸がないのであまり意味がないのだが。

 何度かの電話のやりとりを経て届いた、彼女からの三通目の手紙には写真が入っていた。当然、彼女の写真である。 
 場所はどこかの海らしい。砂浜の上に黒い服を着た小さな彼女が写っていた。
 見るからにおとなしそうなタイプで、電話でのあの小さな声も納得出来る容姿だった。セミロングの髪に小さな顔+おとなしそうな雰囲気を持つ彼女は、その手のタイプが好きな人から見れば、もうガッツポーズものかもしれない。 
 そんな彼女が、あんな失礼なことをしでかすとは、この時点で誰が想像出来たであろうか。まあ、その話は後にゆっくりとするとして、三通目の手紙について話を進めよう。 
 人見知りをする彼女も、私に対してだんだんと打ち解けてきたようで、手紙の文面で他人行儀な言葉は使わなくなってきた。書かれている内容も、これまでのようにただの質問であったり自己紹介ではなくなり、『工藤君と喋っているととっても楽しい』とか『クリスマスと誕生日とバレンタインデーは期待していて下さい』とか『一緒にカラオケ行けたらいいね』とか、男子校在籍200日目を突破していた私にとって、もう涙ものだった。

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