身の回りの出来事系エッセイ-10 ストーカー

1998年8月5日執筆


 今日、ストーカーに間違えられた。

 事態を追って説明しよう。プロダクションに行き、原稿の入ったフロッピーを届けた私は、アイスコーヒーを飲みながらしばらく談笑した後、帰宅するために新宿へ向かい、小田急線に乗った。
 相模大野で片瀬江ノ島行きに乗り換え、電車に揺られていると、ぽっと目の前の席が空いた。
 私は電車の席に座るのが嫌いなので、誰かさっさと座らないかと思いながら横の人たちを見る。
 しばらくみんな遠慮して誰も座らなかったが、そのうち、(すいません)という感じで押し出されるように一人の女性が空いた所に座った。
 ふとその彼女を見ると、友人の女性『松下さん(仮名)』に似ている。いや、どう見ても本人だ。しかし、声をかけて間違えたら恥ずかしいので、とりあえず彼女を意識しながら目の前に立っていた。
 その間、一度は目があったのだが、彼女は「なんですか?」とでも言いたげな顔をして私をにらみ、そして下を向いた。
(おかしいなぁ、やっぱそっくりさんなのかなぁ……)
 目が合った時、彼女が「あっ、工藤君、久しぶり!」と言ってくれることを期待していた私は、どうにも釈然としない気持ちを抱きながら彼女から視線を逸らした。考えてみれば、北島三郎のそっくりさんである西島三郎を見たら、やっぱり本人だと思ってしまうだろう。彼女もそういう高い次元でのそっくりさんなのかもしれない。
(でも、あまりにも似すぎているよなぁ……)
 やがて、電車は私が下車する駅に着き、私も彼女もその駅で一緒に下りた。この時点で(やっぱり松下さんだ)と思ったが、決定的な根拠がないので声のかけようがない。
 一番の問題は、もう半年以上会っていないことと、先ほど目が合ったときにシカトされたことだ。
(そうだ、PHSに電話してみよう)
 私は携帯電話を取り出し、松下さんのピッチに電話をかける。そしてすぐ前を歩いている松下さんを見たが、電話に気づいた様子はない。

 トゥルルルル トゥルルルル ガチャ

(……!?)

 おかしい。本人は目の前を歩いているのに、電話に誰か出た。
「はい、もしもし」
 しかも男だ(笑)。
「あ、すいません、間違えました」
 私はそう言って電話を切ると、再び彼女を追った。そして改札を出て、駅の階段を下りていくのに合わせ、彼女の真横に並んだ。
(とにかく声を掛けてみよう。そっくりさんだったらしょうがない)
 ところが、彼女は何か危険を察知したのかものすごい早足で近くのコンビニへと向かう。そして、中に入った。
(コンビニから出てくるまで待つか……)
 そう思ったが、それもなんか怪しいので彼女の後に続いて私も入っていった。そして今度こそ声をかけようとした時、またしても早足で何も買わずに店から出てしまった。
 慌てて追いかけ、坂道を上る。
(駄目だ、これは絶対に誤解されている)
 もうここまで来たら、そっくりさんであれなんであれ、声をかけるしかないだろう。私は再び彼女の真横につき、「松下さん!」と言おうとした、その時だった。

 彼女は一目散に逃走した

(……)
 もう追いかけられなかった。ここで追いかけたら警察に通報されること間違いなしだ。
 呆然とその場に残った私は、その後、松下さんの新しい番号を知っていると思われる、ちはるちゃんの所へ行った。
「――とまあ、そういうことがあったんだよ、今。とにかく、あれが松下さんかどうかはっきりさせたいんだけど」
「あはははは、ちょっと待ってて。今、携帯に電話してみるから。(電話をかける)…………あ、もしもし*子? 久しぶり! 元気? うん、えっとさぁ、今、駅から変な男につけられなかった? あははは、やっぱり!? それね、工藤さんなんだって。今、工藤さんに変わるよ、はい、工藤さん」
「おい、逃げんなよ!」

 ――その後、彼女の話から、電車の中でずっと見られていることはわかったが、怖くて顔をまともに見られなかったこと、コンビニに入ったのは自分がつけられてるかどうかを確認するためだったこと、一番怖かったのは、コンビニを出た後もついてきたこと、だということがわかった。
「あたし、これから友達に『ストーカーにつけられた』って相談するところだったよ! もう、明日からの通勤が憂鬱だったもん。これからどうしようかと思ってた。同じ駅で降りた時点で声かけてよ、ほんとに」
 彼女はそう言っていたが、とりあえず旧交を温めることが出来てよかったのかもしれない。

 私と彼女は、再会を約束して電話を切った。

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