身の回りの出来事系エッセイ-12 小さなことから

1998年1月16日、17日執筆


「ねーねー、ちょっとちょっと」
 中学最後の夏休み。あぶらぜみがけたたましく鳴いている中、私は、家に遊びに来ていた金本君(仮名)にそう声を掛けた。
 窓を全開にしても、汗が噴き出してきて、扇風機を強風にセットしてもまるで効かないような、そんなむし暑さ。
「なに?」
 ファミコンをやりながら、気のなさそうな返事をする金本君。彼の額に、細かな汗の粒が浮き出ている。それを時折片手で拭いながら、彼はゲームを続けていた。
 彼の膝横にあるコップには、冷えたジュースと大きな氷が入っていたはずなのだが、それらはもうすっかりなくなってしまっている。
「俺、ちょっと考えたんだけどさ」
「……またろくでもねえことだろ?」
 ちょっと間を空けた後、胡散臭そうに苦笑いしながら答える金本君。無理もない。
 以前、彼が「……俺、女子バレー部の山口(仮名)が好きなんだけどさ……どうしたらいいんだろう?」と私に相談してきたとき、「そんなの、簡単だよ。手紙に『好きです』って書いて渡せ。よし、俺が手筈を整えてやろう。おまえは手紙を書くだけでいい」と私は豪語し、結果、「好きな人がいるのでごめんなさい。わたしよりもっと素適な人を見つけて下さい」という誤字入りの手紙を彼女からもらって、彼はあっさりと振られたということがあった。
 それ以来、彼は私の行動に常に疑問を抱いていた。
「いやいや、全然そんなことない。まあ聞いてくれ。おまえさ、コーラとかの1リットルの空き瓶を酒屋とかに持っていくと、30円くれること知ってる?」
 そう。今でこそジュースの容器はすっかりペットボトル化してしまったが、当時はほとんどガラスの瓶であった。そして、コカコーラ社の1リットル瓶は30円、500ミリリットルは10円、ビール瓶はメーカー共通で5円、酒屋に、それらの空き瓶を持っていくともらえたのだ。
「えー、ほんとかよ? ビール瓶がお金と交換出来ることは知ってるけど」
 ファミコンをやめ、こちらを向いて言う金本君。相変わらずの苦笑い顔だ。
「いや、ほんとだって。でさぁ、ちょっと考えたわけだよ。まず、これから毎朝、チャリで江ノ島へ行くわけ」
「毎朝、チャリで江ノ島?」
 Tシャツの襟をぱたぱた動かしながら、金本君が、甲高い声で反復する。
「そうそう。そんで、1リットルの空き瓶を海岸で拾いまくるわけだ。夏だから、かなり捨てられてると思うんだよ。そんで、その拾った空き瓶を近くの酒屋に持っていって金に替えると。50本拾ったら1500円くれるんだよ? 二人でわけても750円、それを毎日やったら一カ月で2万だよ、2万!!」
 私は身振り手振りを交えて、懸命に力説した。なんとしてでも彼をその気にさせて仲間にする必要がある。それはなぜか。もし一人でこの計画を実行し、うまくいかなかったら、あまりにも自分が惨めだからだ(笑)。
「そんなにうまくいくのかよ?」
 金本君が、少し身体をのけぞらせながら言う。
「いくって! ニュースとか見てみろ、毎日何万人も江ノ島には来てんだよ。そのうち、家族連れとかそういうグループが何千組かいて、その何千組のうちのたった50組がコーラの1リットル買って、それを海岸で捨てればいいわけだよ。な? 楽勝だと思わねぇ?」
「うーん……そうかなぁ」
 金本君は、(なんか俺、騙されてるんじゃねえのかな……)といった面もちながらも、徐々に前向きな姿勢へと変わっていた。
「とりあえずやってみようぜ。まず行動。思ったら即行動だよ。だいたいさ、こんな、毎日家でゲームやってるよりも、海へ行って瓶拾って、金もらって遊んだ方がよっぽどいいと思わない? 少なくても俺はそう思うね」
 当時から『工藤と話していると、その気がなくても勢いで丸め込まれて、いつの間にかやる気にさせられる』と言われた会話術である。最初はいかにもやる気なさそうな金本君であったが、最終的に私の話しに乗ってきた。
「……わかった。そんじゃいつから行くの?」
 私は金本君の言葉に力強く頷き、そして言った。
「そんなの、明日からに決まってるじゃん。よし、そんじゃ明日から朝6時に集合して江ノ島ね!」
 こうして、私が考えた“コーラの空き瓶を拾って儲けよう”計画がスタートした。

 親が聞いたら情けなくて涙を流すであろう、貧乏くさい計画を立てた、その翌日。
 ラジオ体操に向かう小学生ぐらいしか外にいない、朝もやがかかる午前6時。
「おー!」
「おおー!!」
 私と金本君は、私の家の前に集合した。二人ともTシャツにジーンズ姿で、異様なハイテンションである。
「よっしゃ、行くか!」
 私のかけ声に、金本君が笑いながら言う。
「ほんとに空き瓶50本も落ちてんのかなぁ」
「大丈夫、落ちてるって! そんじゃ行こうぜ」
 こうして私と金本君は、自転車で江ノ島へ向かった。

 私の家から江ノ島まで、自転車では40分ほどかかる。出掛けはまだそんなに暑くなかったが、海に近づくに連れ、強烈な日差しが私たちを照りつけた。
「しかし、あっちぃなぁ」
「これでうまくいかなかったら馬鹿だよな」
 金本君が自嘲気味に言う。
「とりあえず、瓶拾って金に替えたら、それでジュース買おうぜ」
 私の言葉に金本君が頷く。
 そう。私たちは無一文で江ノ島へ向かっていた。実に行き当たりばったりな二人組である。
 かご付き自転車を懸命に漕ぐこと40分。ようやく海が見えてきた。
「おー、海だ、海だ」
「久々に来たよなぁ」
 近くに住んでいながら、滅多に来ない湘南海岸。地元民からすると(なんであんな、洗剤の泡みたいなのとか死んだ鮫とか浮いている汚い海に遠くからわざわざ来て、泳いだりすんだろう)と不思議でしょうがない場所であるが、たまに来て遠くから眺めるといい所である。
 私たちは早速、海岸近くの陸橋下に自転車を止め、海岸に出て瓶を探し始めた。
 人はまだほとんどいない。私たちがこんなに早く家を出たのも、人が集まらないうちにさっさと事を済ませようということである。

「なんか、あんまり落ちてねえぞ」
「そうだなぁ」
 空き瓶の捜索を始めて1時間ほど経過しただろうか。
 思いの外、砂浜は綺麗であった。もっと、ぐちゃぐちゃにごみが落ちているのかと思ったが、大きなごみはきちんと片づけられているようで、瓶などもほとんど落ちていない。
 カンカンに照りつける太陽。両手に2本ずつ持たれたコーラの1リットル容器。
 中学最後の夏の思い出がこれでいいのだろうか。
「おっかしいなぁ……なんでこれぐらいしか落ちてないんだ?」
 私と金本君が集めた瓶は、せいぜい10本である。10本というとたったの300円だ。二人でわけたら150円である。江ノ島まで往復1時間20分、砂浜捜索に1時間の計2時間20分で150円。時給に換算すると、約70円程度だ。とてもじゃないが、このままじゃ帰れない。
「よし、もうちょっと探してみよう」
 そうして再び、1リットルの空き瓶を探し始める二人。既に時間は8時になっており、高く昇った太陽は、早朝とは比べものにならないほどの強い光で、私たちを照らす。
「あらっ、あなたたち掃除のボランティア?」
 絶え間なく吹き出す額の汗を拭いながら、二人で海岸を捜索していると、麦わら帽子をかぶり、黒いビニール袋を持ったおばさんが声を掛けてきた。
「いや、掃除っていうかなんていうか……」
 私の困ったような口調をまったく無視して、おばさんがにこやかな顔で言う。
「偉いわー。こんな、朝に来て海岸を掃除するなんて。おばさん、きみたちみたいな子見ていると、嬉しくなっちゃう!」
「いやぁ……まぁ……」
 まさか(実は空き瓶拾って金に替えるんで、瓶しか拾ってません)とはとても言えない。
「……それじゃ」
 私はちょこっと頭を下げて、おばさんの元から去った。

 それから1時間。瓶は一向に増えない。なにせ、私たちが見つける前に、掃除のおばさんが見つけて片づけてしまうからだ。
「……」
「だから、そんなに甘くねえって言ったんだよな」
「……」
「今持っているやつ、さっさと金に替えて帰ろうぜ」
「……そうだな」
 収穫は空き瓶11本に、ミドリガメ一匹。なぜ海にミドリガメがいたのかはまったく不明だが、私が見つけたものである。多分、捨てガメであろう。
 砂のついた空き瓶を海水で洗い、自転車のかごに入れる二人。
 結局、江ノ島駅近くのローソンで金に替えることにしたが、途中、サングラスを頭に乗せた女二人組(推定21歳で、現在は34歳ぐらいだと思われる)にすれ違いざま、こう言われた。

「なにあれ、貧乏くさーい」

(こんなことを言われるために、俺はここまで来たのか……)
 そう思いながら、私は自転車を漕ぐ。
 そしてローソンに到着し、店員に迷惑がられながらも、もらったお金が330円。
「明日はどうすんの?」
 金本君の言葉に私は迷ったが、きっぱりとこう答えた。
「勿論、明日も来るに決まってんだろ」
(明日こそ、明日こそ、掃除のおばさんより早く来て、空き瓶を拾いまくってやる!!)
 そう心に抱き、私は幾重にも光が波間に重なる、湘南の海を眺めた……。

「ところで、そのミドリガメどうすんの?」
 砂浜から立ち去ろうとすると、金本君がそう聞いてきた。
「そうだな……海に帰してやるか!」
 私は海へ向き直り、ミドリガメを海へ投げ入れてやった。
「ほらっ、元気でな!」

 この時はすっかり忘れていた。

 ミドリガメは海ガメじゃないということを。

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