身の回りの出来事系エッセイ-2 ハンバーガー10個

1997年9月23日執筆


 高校生の時、ハンバーガーを10個食おうとしたことがある。はっきり言って、この思考に意味はない。もともと何かを一度にたくさん食べたり飲んだりするのが好きで、小学生の時にはみかんを25個食べて全部戻した。
 ハンバーガー10個を完食しようと思い立った週の休みの日、自転車で『バーガーワールド』という店にハンバーガーを買いにいった。なぜこの店なのかと言えば、ハンバーガーを100円という超格安値段で販売していたからである。当時、マックのハンバーガーは200円ぐらいして、10個買うのはちょっときつかった。1000円だったらなんとかなる。
 大きさの方はマックのハンバーガーとほぼ同じなのだが、味はかなり落ちた。パンがパサパサしていて固いのだ。2日間ぐらい袋から外に出しておいた食パンに近かったと思う。しかし、味はどうでもいい。ハンバーガーでありさえすればそれでよかった。
 薬局やスーパーなどが並ぶ商店街の、狭い歩道にママチャリを止め、バーガーワールドの小さなカウンター越しに私は言った。
「すいませーん、ハンバーガー10個くださーい」
「え、10個?」
「はい」
 店員の大学生っぽい女性はちょっと驚いた顔をしたが、まさか目の前にいる男が一人で食おうとしているとは夢にも思っていないことだろう。
 20分ほど待つと、「ハンバーガー10個、お待ちのお客様」と呼ばれた。
「はいはい」
「えー、ちょうど1000円になりまーす」
 そう言われて1000円を払い、私は帰路に着いた。途中、コーラの1.5リットルボトルを買い、苦しくなったらこれで流すことにした。

 ハンバーガー10個完食への挑戦は、夕方4時頃から始まった。別に朝も昼も抜いたということはなかったが、最初の3個ほどは自分でも驚くほど楽に入った。
(なんだよ、10個なんてちょろいじゃん)
 私はそう思いながら、コーラをぐびぐひと飲み、ハンバーガーを食べていった。
 教育テレビなどでやりそうな、『若年層の糖尿病』などという特集にモザイク付きで紹介されてもおかしくはない。
「お兄ちゃん、なにやってんの?」
 当時中学生だった妹が、私の部屋に入ってきて言った。
「ハンバーガー10個食ってんだよ」
「……」
 妹はしばらく私の答えに無言だったが、やがて呆れた顔をして言った。
頭おかしいんじゃないの?
 妹の言葉は、あまりにもっともだった。しかし、私の挑戦はもう誰にも止められない。

「ふぅ……」
 5個を食べ終わって、結構苦しくなってきた。飲んでいる飲み物が炭酸飲料というのもきつい。腹が張ってきて、胸がむかむかしてきた。
「かなりきつくなってきた……」
「もう、やめなよ」
 顔を歪めながら、いかにも苦しそうな私を見て、妹が言う。
「いや、10個食べるんだ、俺は……」
 変な挑戦意識が芽生えていて、『根性』とか『ガッツ』などの言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。
「……」
 7個目を食べ終わった時、私は立ち上がった。ベルトはもうとっくの昔に外し、ジーンズのボタンをも外してファスナーを全開にした。しかし、それでもジーンズが膨らんだお腹を圧迫し、苦しいのである。
「もう駄目だ……」
 日比谷の野音で買ってきた浅香唯のポスターが貼ってある壁に手をつきながら、私は言った。きつい。幸いにして気持ち悪くはないが、体全体が水風船爆弾になったような感じでたぷたぷしている。
「だからやめなって」

 ――ドンドンドン

「あ、誰か来た」
 妹が玄関に行く。
「お兄ちゃん、伊集院君だよー」
 チョコとカステラでお馴染み、伊集院君がふらっとやってきた。
「おー、工藤なにやってんの?」
「……ハ、ハンバーガー10個食ってる」
 壁に両手をつき、下を向いて荒い息づかいをしている私。
「おまえらしいよ」
 伊集院君はそう言った後、少し間を開けてこう続けた。
「そういう無意味な行動」

 結局、私はハンバーガーを8個食って力尽き、残りの2個は伊集院君と妹にあげた。
 しかしである。
 1時間後、母親の「ご飯だよー」の声に、私はふらふらと茶の間に向かった。
 夕飯はカレーだった。カレーマニアの私が、カレーを外すことは出来ない。そして、「ハンバーガー8個とコーラ1.5リットル飲んだから、カレー食えないや」などと言ったら、ぶっ飛ばされそうで怖い。
 結局、私はカレーを2杯食べた。すぐさまトイレに駆け込んだのは言うまでもない。
 ハンバーガー8個にコーラ1.5リットル、そしてカレー大皿2杯。これが私の限界である。
 改めて書いてみて、こう思った。

 だからなんなんだ

 と。

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