身の回りの出来事系エッセイ-20 先輩と後輩

1997年11月30日執筆


 中学の時、私は野球部に入っていてピッチャーなんぞをちょこっとやっていたのだが、中学の運動部ほど、くだらない上下関係に支配されている世界はないと思う。
 例えば我が中学の野球部では、先輩を見かけたら、いかなる場所にいようとも必ず挨拶すると決まっていた。
 サッカー部では、省略が許されていて「さ(さようならの略)」の一言×人数で挨拶が済むのだが、野球部ではきっちりと挨拶×人数を言わせるために、1年と2年が全員いる時に3年が10人ぐらい一斉に来ようもんなら、

「こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは、こんにちは」

 てな感じで、グラウンド全体が「こんにちは」で埋め尽くされる。いつも太陽の黒点をのんびりと観察していた理科部の人間などから見たら、我々はただの変人集団だ。
 そして、私が1年の時、2年に『1年教育係』というのが数名いた。はっきり言って、まったく正当に機能していない組織だったが、この教育係の皆さんに、3年は言った。

ちゃんと敬語教えてやれよ

 15歳の人間に「敬語を教えてやれ」と命令され、13歳の人間たちに敬語のようなものを教える14歳。全員、深田恭子よりも年下。ま、それはどうでもいいかもしれない。
 だいたい、人に敬語を教えている暇があったら、おまえらが国語の勉強しろよと言いたくなる。

 そして教育係の皆さんより、『集合』が時折かかる。
 1年の部員全員、狭い部室に正座だ。
 ちなみに、道具入れの木箱に『ビニ本』が隠されていたのはあまり知られていない。
「おい、おまえらの中で、俺たちの悪口言った奴がいるだろ」
 教育係の、妙に甲高い脅し声が部室に響く。
「黙ってたってよぉ、わかってんだよぉ~~」
 そして決まり文句。
ちゃんと情報入ってんだよぉ~~~
 1年の誰かが密告しているということは、前々からわかっていたのだが、それが誰なのかは最後までわからなかったし、誰も調べようとしなかった。
「おい、**」
「はい」
「おめぇよぉ、俺のことでなんか言ってたらしいじゃねぇかよぉ~~」
「言ってません」
「情報入ってんだよぉ~~~」
「……」
「言ったんだろぉ~?」
「……言いました」
「なんて言ったんだ、言ってみろよぉ」
「**先輩、この間の練習で、ちょっとバッティング不調だったなって」
てめぇに言われたくねぇんだよぉぉ~~
 はっきり言おう。教育係の皆さんは、みんな補欠だった
 まあ、下手な奴に限って後輩をいびるということはよくあることだ。
 教育係の皆さんは、他にもどうでもいい用事で集合をかけたりして、例えば、全員に好きな女の子の名前を言わせるとか、そんな暇があったら練習したら? と言いたくなるほど、彼らは暇だった。

 先日、地元の駅でベースギターを背負いながら電車を待っていると、大学生と思われる二人が(正確に言うと、一人が一方的に)口論している現場を目撃した。
「おい、なめんじゃねえぞ。いい加減にしろよ、もういっぺん言ってみろよ」
「まあまあ」
 仲介役がなだめるが、彼の口は止まらない。
「調子にのってんじゃねえぞ? え? なめてんの? 俺だって怒るよ」
 言われてる方は黙ったままで、私には何が原因で言い争いをしているのかがわからなかった。
「確かにさ、こいつは俺の高校の先輩だったよ。でも、今は俺の方が上なわけじゃん。礼儀ってものがあんだろ」
(……なに? ということは、言われてる方は何浪かして大学に入って、言ってる方は現役で大学へ受かったということか)
 ようは、大学では俺の方が立場が上なんだ、ということを言いたいらしい。
(ばっかみてぇ。くだらねぇ奴)
 そして電車がやって来て、私と彼らは乗り込んだ。
 仲介役の男が、二人をなだめながら、場が収まったのを確認すると、しみじみとした口調で言った。

大学はね、入ったもん順なんだよ

 私が来年大学に入って、10も下の人間からこんなこと言われたら、多分、ぶっ飛ばすだろう。

目次へ

▲このページの先頭へ戻る