身の回りの出来事系エッセイ-32 怪文書

1998年3月4日執筆


 私が高校1年生の時、当時人気絶頂だった女性アイドルが自殺した。
 確かあれは4月の出来事だったはずで、女が一人もいないという空間の中、(まじで俺、男子校なんかで3年間過ごすのかな……)と気疲れしつつ、家に帰って笑っていいとも(多分、当時は古館伊知郎の司会で『食べるマッチ』とかのコーナーがあった頃だ)を見ていたら、いきなり「歌手の岡田有希子さんが自殺しました」とテロップが出た。
 別に彼女のファンではなかったが、友人の新藤君(仮名)がファンで、よく曲などを聴かされていたので多少ならずとも思い入れがあり、自殺のテロップを見た時は相当な衝撃を受けたものだ。
 岡田有希子はアイドルであった。ようは偶像である。別世界の人間と言ってもいい。
 それがいきなり「自殺」するのである。
 病死とか事故死ならまだ理解出来る面もあったが、自殺というのはあまりにも、普通の人間じみていて、それが本当にショックだった。

 私と友人の羽賀君(仮名)は、花を買っていって、わざわざ彼女の自殺現場に行ってその花を手向けた。好奇の心がなかったとは言えないが、それよりも、自殺を境に彼女が妙に身近に感じられて、かわいそうという感情が湧き、そうせずにはいられなかったのである。
 現場では、発売予定の彼女の曲(この時点で発売中止が決定していた)を予定通りに発売するように、という署名運動をファンがやっていて、私も一応、署名をしておいた。
 まさに、山のような花束を前にして、呆然と座り込んでいる人、あるいは署名運動をしている人、そして岡田有希子が飛び降りた場所をおもむろに見上げる人。そこは確かに現実の世界で、岡田有希子も別に違う世界の人間でもなく、アイドルという職業についていた普通の人間だったのだと感じさせた。

 何人ものファンの後追い自殺や、写真週刊誌に掲載された自殺直後の写真などが話題になり、その後は、夜のヒットスタジオで中森明菜が唄っている背後で彼女の顔が映ったという噂も流れた。

 ……やがて、おニャン子クラブ全盛時代を迎え、彼女の記憶も人々から忘れ去られようとしていたある日。

「く、工藤、すごいものが手に入ったんだよ!!」
 羽賀君からの電話であった。
「なに、終冬パート2とか?」
「裏ビデオじゃねえよ。ちょっと待ってて、今、おまえんち行くから」
 電話が切れて数分後、羽賀君はやってきた。彼の家から私の家まで歩いて3分である。
「これだよ、これ。ちょっと見てくれよ」
 羽賀君が、上着のポケットからぼろぼろになっている一枚の紙を取り出した。
「なにこれ?」
「まあ、いいから読んでみてくれよ」
「えー、なになに……岡田有希子は自殺ではなく、他殺であった……?」

 ……まさに怪文書であった。
 断片的に覚えているところを書き出すと、

  1. 彼女が飛び越えたというフェンスは、踏み台もなしに女性が飛び越えるのは不可能である(このフェンス、“確か、ホーロー流し台の宣伝が書かれてあった”は実際、私も現場で見たが、確かによじ登るのはしんどい高さであった)。
  2. 彼女が自殺したとされた時、関係者はみんな事務所にいたことになっているが、何名か事務所内にいなかったことがわかっている。潔白なら虚偽の証言をする意味もないわけで、これはおかしい。
  3. 警察への連絡時間と、彼女の死亡推定時刻に大きな隔たりがある。これはなにかの隠蔽工作を行っていた証拠だ
  4. 彼女は自殺したのではなく、殺されたのである。我々は、掴んだ証拠をもとに裁判所へ訴えるつもりだ

 B5用紙2枚程度のこの文書は、報告書の形式になっており、犯人とされる人間の実名まで出ていた。
「……ほんとかよ? なんかあやしいぞ、これ」
「まあ、俺もそうは思うんだけどさ」
「だいたい、おまえ、これどこで手に入れたの?」
「いや、それなんだけどさ……」
 羽賀君は、こちらへにじり寄ってきて話を続けた。
「俺の先輩(彼はバスケ部)が探偵事務所でバイトしていたらしいんだよ。そんで、ある日、この紙が何十枚も机の上に乗っているのを見つけて、とりあえず何枚かポケットに突っ込んで持ってきたんだって」
なんだそれ?

 結局、その文書の正体はわからずじまいだった。
 今思うと、どこかの誰かがワープロを使ってそれらしく作って、愉快犯的に流したものか、あるいは実際にそうだと思い込んで作り、流したものであろう。
 今となっては、文書に書かれていることの真偽は確かめようがないが、確かめる必要もないことだ。

 まだ「アイドル」が個人を対象としたものではなく、国民を対象としていた時代の話である。

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