身の回りの出来事系エッセイ-35 マルチ商法

1998年3月20日執筆


 ある夏の夜に、とある広場でジュースを飲みながら……

「あ、工藤って、この話聞いたことあったっけ? え、どんなって、ほら、俺がマルチ商法に誘われたっていうやつ。あー、やっぱ言ってなかったか! いやさ、これはほんと、工藤に聞いてもらいたいと思って。うん。もう、凄い体験したから。
 前に俺の勤めている職場に菅沼(仮名)が来たんだよ。そう、高校で同じクラスだった、ははは、そうそう! 松山(仮名)に似てるんだよな。なんか、あいつが直接来てさ。
 で、『久しぶりじゃん』とか言って、向こうが話したいことあるっていうから、休憩もらって話したんだよ。でも、最初は普通の会話だったんだけど、そのうち違う方に行ったっていうか、『おまえにとって凄くいい話があるから、今度、俺に付き合わない?』とか言ってくるわけ。
(ちょっと変だな)と思って、悪い予感したんだけど、まあ友達だからすぐ帰すわけにも行かないし、話聞いたんだよ。そしたら、
『俺、今、副業で物を販売する仕事やってるんだよ。で、おまえにも是非やってもらいたいと思ってさ。それで説明会があるから一緒に来ないか』とか言うの。
 これ絶対怪しいじゃん? だから俺言ったんだよ。
『それってマルチ商法とかじゃないの?』って。
 そしたらあいつ、
『いや、それは絶対に違う。マルチ商法とかとは一切関係ないから。だから、一回でいいから一緒に来てくんない?』
 って言ってきて、もうしつこいんだよ。
 俺、行きたくなかったけど、その後、あいつ何回か来てさ、やっぱ職場に迷惑かかるから、
『一回だけ付き合うけど、それだけだぞ。俺、絶対にやんないからな』
 って言って、その説明会っていうやつに菅沼と一緒に行ったんだわ。あー、そうだよな、今思うと、一緒に行ったのは失敗だったよ。ずっと断り続けてればよかったんだよな。
 それで、あいつと横浜で待ち合わせて新宿へ出て、その説明会場へ行ったんだけど、その途中、あいつがいろいろ言うんだ。
『俺は、この副業を始めてから友達が増えて幸せだ』とか『もう今、凄い充実してる』とか。
 そして、こっからが凄いんだよ。もう。
 説明会場に入ったら……ん? 大きさ? えっとね、だいたい学校の教室ぐらいかな。その中で、なんか知らないけど、人が踊ってんの。あれなんていったっけ、ほら、手をつないでぐるぐる回るやつ……あー、そうそう! マイムマイム!! 
 あんな感じで男と女がいっぱい踊ってるんだよ。いや、もう笑い事じゃないって。俺、まじで怖かったもん。
 で、俺らが入っていったら、急に号令がかかってさ、その踊ってた奴らが椅子を凄いスピードでセッティングして、『こんにちはあああっ!!』とか叫ぶの。もう、むちゃくちゃ元気よく。で、俺の横で菅沼も『こんにちはあああっ!!』って叫んで、すげーびびったよ。
 それで椅子に座るように言われて、座ってたら、菅沼とか、踊ってた奴らは部屋の後ろで両手を後ろ手に組んで立って、なんか、ミスターオクレみたいな奴が入ってきて。前に立って喋り始めたんだよ。
 エンジンオイルの缶を持ちながら、『私はこのエンジンオイルのおかげで、今までの借金生活を脱出しました!』とか言いながら、派手なガッツポーズかますんだ。そしたら、後ろに立っている奴らが『凄いっ!!!』とか『素晴らしいっ!!』とか言って嵐のような拍手すんの。
 で、なんかそれからもベンツを買ったとか、家を買ったとか、いろいろ人が出てきてそのたびに後ろで大歓声と嵐のような拍手だよ。『うおおおおっ!!すごすぎるっ!!』とか『羨ましいっ!!!』とか。
 エンジンオイル? ああ、なんか一流企業と提携して開発した物ですごい品質だとか言ってた。実演もしてたよ。
 そんでさ、最後に一番偉い人みたいなのが出てきて、私はこれで何十億も儲けた。皆さんも今日から一緒に私と儲けましょうみたいなこと言って。
 結局、商品をいくつか売るとランクが上がるらしいね。で、その商品を売ったやつがまた違う奴を見つけて売ると、自分にお金が入るとか。……そう、完全にマルチ商法。でも、なんていうのかなぁ……話聞いてたら、今の職場にいるのがなんか馬鹿馬鹿しくなっちゃったんだよ。こんなに簡単に金が入るんだったら、頑張ってみようかなとか。正直、一瞬、心が揺れたね。
 で、商品を買う話になってね、どっかのファミレスへ出席者全員連れていかれて。
 俺の横に菅沼座って、前にはなんか、菅沼より上のランクの人が座って。
 話聞いちゃったよ。
 そしたら、今、30万円現金で必要とか言ってくるんだよ。そんな金あるわけないじゃん? 
 だから『30万も現金じゃ払えないんですけど』って言ったよ。そしたら?
 紙を一枚取り出してきて、
『この辺にあるサラ金の一覧表です。ここのどこかからお金を借りて来て下さい。なんだったら、私がついていってあげましょうか?』
 もう絶対おかしいと思った。ははは、いや、前からおかしいんだけど、なんか洗脳されちゃってて、わからなかったんだよ。
 それからすぐに帰ったね。怖かったから。菅沼? 言ってやったよ。『もう2度と俺を誘うな』って。でも、その後の情報によるとカンちゃん(仮名)……そう、あいつ、菅沼に誘われて入っちゃったらしいよ。みんなに今、電話かけまくってるって。馬鹿だよなー、ほんと。でも、俺もあやうくはまりそうだったよ。まじで危なかった……」

 その後菅沼君は、ランクを上げるために自分で商品をいくつも購入し、そのために多額の借金を抱える羽目になって、やめてしまったそうだ。
 菅沼君に誘われたカンちゃんは、「あいつに騙された」とその後、彼と絶交したらしい。
 そして、大元である人間は、私の家に電話をかけてきたのだが(以前のエッセイにこのことを書いています)、当然のように私は断り、その後、彼がどうなったかは不明である。

 高校を卒業し、4月から進学、そして就職される皆様。
 6月ぐらいになって、いきなり、昔のあまり仲が良くなかったクラスメイトから電話がかかってきたら、それは95%の確率で怪しげな勧誘です。
 くれぐれもご注意下さいm(__)m

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