身の回りの出来事系エッセイ-50 勧誘電話 3

1999年5月9日執筆


 昨日の朝、味噌汁をお椀に注いでいると、電話がかかってきた。

私「はい、もしもし工藤ですけど」
女「あ、工藤さんのお宅ですか? 圭さんはいらっしゃいますか?」

 どうやら勧誘電話らしい。

私「僕ですけど」
女「あ、圭さんですか? わたし、******の者です。あの、今日は是非お話を聞いていただきたいと思ってお電話差し上げました」
私「ああ、そうですか。でも、これから飯食うんで」
女「それじゃ、ご飯食べた後にまたかけてもいいですか?」
私「いや、別にかけてこなくていいです」
女「それじゃ、今説明を聞いて下さい。お願いします!」

 彼女はどうやら新人らしく、ぎこちない調子で話をつないでくる。
 私はなんだか可哀想になってきて、説明だけ聞いてあげることにした。

私「それじゃ説明だけ聞くよ。それ終わったら飯食うから」
女「はい、えっと……」

 勧誘の内容はかなりありがちなもので、「当社の会員になると一流ホテルに千円から五千円ぐらいで泊まれて、楽しいイベントにも参加出来る」という感じだった。ちなみに会員になるために払う入会金の額は「言うと断られるから言えない」そうだ。その金でソニーのVAIOが3台ぐらい買えそうな雰囲気が漂っている。

女「どうですか? 一度会ってお話ししたいので、会社に来ていただけますか?」
私「いや、興味がないからやめとくよ」
女「興味がないんですか?」
私「ないね、全然ない」
女「でも、旅行行くときに便利ですよ。すごく安く泊まれて」
私「忙しいから旅行なんて滅多に行かないもん。だいたいさ、俺が旅行行きたいと思っても、そこに君の言うホテルがあるとは限らないわけじゃん。ホテルってどの辺にあるホテル?」
女「熱海とか伊豆です」
私「そりゃ近すぎるよ。旅行に行くとしたら北海道とか九州がいいから」
女「いや、その近いところがいいんです。気軽な感じで行けて。そういう所に遊びに行ったりしませんか?」
私「しないなぁ。君だって、彼氏と一緒に熱海行かないだろ?」
女「そんなことないです、行きます」
私「ほんとか? 俺だったら別の所に行くな。だって、せっかく恋人と旅行に行くんだから、近場より遠くの方がいいし、ホテルだって豪華な方がいいじゃない」
女「はぁ……。でも、旅行以外にもイベントとかあるんです」
私「俺、あんまり遊びに行かないから」
女「全然行かないんですか?」
私「行かないなぁ」
女「今おいくつですか?」
私「君の持っている名簿に書いてるんじゃない?」
女「はい、でも、この名簿あてにならないんですよ」
私「なんて書いてある?」
女「えーと、1971年生まれって書いてあります」
私「あ、じゃあ合ってるよ」
女「なら、えっと、28歳っていうことですか?」
私「そうだね」

 この後、断っても断っても、朴訥な口調で懸命に話をつないでくる彼女があまりにもいじらしくなり、こっちから話題を振ってみた。

私「ねー、毎日こうやって見ず知らずの人に電話して勧誘してさ、まあ、ずっと断られ続けていると思うんだけど、嫌にならない?」
女「……はい、なります」
私「怒鳴られたり、怒られたりしない?」
女「……します」
私「それじゃやめなよ」
女「でも、やっと就職出来た会社だし……」
私「今いくつ?」
女「20歳です」
私「それじゃ、学校出て今年就職って感じ?」
女「はい、今年短大を卒業して今の会社に入りました」
私「まあ、入ってすぐやめるっていうのもあれだけどさ、なんか君はこの職種に向いてないような感じがするんだよね」
女「どうしてですか?」
私「電話からそういう人柄が伝わってくるよ」
女「はぁ……前に電話した人にも言われました。……どの辺がむいてないと思いますか?」
私「図々しさがないっていうかさ、なんかもっと、他の仕事の方がいいんじゃないのかな。接客とかさ」
女「あ、わたし接客好きです。あれって、にこにこ笑っていればいいから。あと事務とか」
私「もともと、こういう仕事が希望だったんじゃないんだろ?」
女「はい、ほんと言うと、旅行会社に就職したかったんですよ。でも駄目で、今の会社も一応旅行関係だからいいかなって……」
私「でもさ、君のやりたいことではないだろ? 今の仕事って」
女「はい、確かに4月はわたしって向いてないなぁって思ったんですけど、でも、頑張るって決めたんです」
私「頑張るって言っても、入会金がいくらなのか言えないような所に入れって言う会社にいたって、いいことないよ。それに、なんだっけ生涯会員だっけ? そんな今の時代、ずっと潰れないと断言出来る会社なんてないんだから、そういうことを軽々しく言うことはおかしいと思う」
女「うちの会社はちゃんとしてます」
私「今は平気かもしれないけど、これからどうなるかわかんないじゃん。第一、『絶対後悔させない』とか『生涯楽しめる』とか簡単に約束出来るのはおかしいよ。君も自分で言っていてそう思わない?」
女「はい……まあ、そう言われてみるとなんとなくそう思います」
私「だろ? 就職浪人してでも頑張って、旅行会社に入った方がいいよ」
女「そうですか?」
私「そうだよ」
女「でも、会社やめると親にいろいろ言われるだろうし、わたし、言われたくないから……」
私「アルバイトでもいいから、きちんと働いていれば文句なんて言わないって。……今の会社って、昼休みとかちゃんともらえてんの?」
女「はい、一応2時から休みがあります」
私「どれくらいの休めるの?」
女「1時間です」
私「休日は?」
女「だいたい平日が休みです。月曜とか火曜とか」
私「土日は今みたいに電話をかけているんだね」
女「はい」
私「家はどの辺なの?」
女「埼玉です」
私「そこから通ってんの?」
女「いえ、寮に入っているんです。やっぱり大変な仕事だから」
私「そうかぁ。……まあ、とにかく俺は入るつもりも話を聞くつもりないからさ」
女「どうしても駄目ですか?」
私「駄目」
女「わたしがこんなに一生懸命でもですか?」
私「一生懸命なのはわかるけど、それとこれとは話が別だよ」
女「そうですか……」
私「さっきも言ったけど、君はこの仕事向いてないと思う」
女「なんでそんなひどいこと言うんですか? 頑張るって決めたのに」
私「だけど、自分でもそう思っているだろ?」
女「……」
私「とりあえず頑張るにしても、俺の言葉を頭の片隅にでも置いといてよ。そういう意見もあるんだっていうことをね」
女「……はい」
私「それじゃ、ご飯食べないと。もうすっかり冷めてる」
女「……」
私「……」
女「あの……」
私「ん?」
女「……話を聞いていただいて、ありがとうございました。ご飯、レンジで温めて下さいね」
私「ありがとう」
女「あの……また電話していいですか?」
私「勧誘じゃなくて、プライベートの電話ならいいよ」
女「はい、それじゃまた電話しちゃうかも……。本当にありがとうございました。お仕事頑張って下さい」
私「ありがとう。君も頑張って。やれるだけやってみて、やっぱり向いてないと思ったら仕事変えればいいんだから」
女「はい、そうします。それじゃ切りますね」

 こうして電話は切れた。

 ちなみに実際には

「会社に来て説明を聞いて下さい」
「いや、興味ないから行かない」
「どうしてですか?」
「だから、興味がないから」

 という会話が、断続的に50回ほどあった。

 彼女がこれからどうするかはわからないが、今のように客の言い分を素直に聞いている限り、電話勧誘業務をこなすのは難しいと思う。当然かもしれないが、入社以来、勧誘出来た客は一人もいないらしい。

 今の若い女の子にしては珍しく、やりたい仕事ははっきりしているわけだから、変なところで意地を張らないで挑戦していってほしいと思う。

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