身の回りの出来事系エッセイ-51 情けは人の為ならず

1999年5月30日執筆


 自分で言うのもなんだが、私は結構、親切な方だと思う。
 子供が泣いていれば理由を聞くし、お金が足りなくてお菓子が買えないと言われれば貸してあげるし、「すいません、この辺に公衆電話ないですか? いやぁ、探しているんですけどなかなかなくて」と成人に言われれば「よかったらどうぞ」と携帯を差し出す男だ。

 情けは人のためならず(いつの日か自分に返ってくるもの)

 この格言を信じている。

 そんな私が3年ほど前、バンドの練習に行くためにベースギターを担いで新宿駅にいると、不意に声をかけられた。
「すいません、中央線どこ?」
 たどたどしい日本語だ。
 顔を見ると、スーツ姿のインド人(?)らしき男性が困った顔をして立っている。
「中央線ですか」
「はい。中野に行きたい」
 インド人は相当急いでいる感じで、辺りをキョロキョロした後、すがるような目で私を見る。
 慢性遅刻症の私も既に10分遅刻しており、道を教えている暇はなかったのだが、放っておくのはあまりにも忍びないので説明を始めた。日本語を喋っているのだから、日本語で大丈夫だろう。
「えーとですね、中央線だろ……中央線、中央線……あ、中央線は、まず、そこの階段を下りてください。で、右に行って2つめの階段を上がってください。いや、3つめだったかな? ……違う、2つ目でいいんだ、そうそう2つ目。2つ目の階段を上がって、向こうを見て、向こうです、向こう、左側のホームに来る電車に乗ると、中野に行けますから。オレンジと薄汚れた黄色みたいな色の電車来ますけど、どっちに乗ってもちゃんと中野に行けます。新宿からだと3つ先だったかな。急行だと1つ先だったような気がするけど、その辺ははっきりしないから、駅員さんに聞いて下さい」

 説明を終え、(ああ、いいことをした)と清々しい気分になった私の耳に、インド人の声が入った。

あなた、わからないよ

 この時かけた情けは、永久に返ってきそうにない。

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