身の回りの出来事系エッセイ-8 いたずら電話

1998年3月31日執筆


 小学校5年の頃。以前ここで書いた「子供電話相談室への出演」や「公衆電話ただがけ」などを含めて電話に凝っていた。いや、私だけではなくクラス全体が凝っていたかもしれない。かけた後に切ると電話が鳴る番号(確か112?)や、話し終わった後に切らずにいると、相手が次にどの番号にかけても自分の電話とつながるという裏技など、みんなで電話の謎を探っていた。

 私は、リカちゃん電話(電話すると、『もしもし、あたしリカよ。お電話ありがとう! 昨日ねぇ~』などとリカちゃんが一方的に喋る)やエロ電話(詳細はよくわからないのだが、電話すると『あっあああん……あああ……ああん』などと、半永久的にあえぎ声が聞こえてくる。一度、どこまで続くのかと電話を切らずにずっと聴いていたことがあったのだが、1時間経ってもやっぱり、『あああん……あああ』と言っていた)などのちょっと変わった電話の番号を探すことに熱中していて、友人の竹下君(仮名)と共に、暇を見ては電話の本を読んでいた。

 しかし、ネタも次第に尽きてきて、電話に対する好奇心もかなり薄れてきたある日。
 電話帳を見ていた私が、テレビを見ていた竹下君に向かって言った。
「ねー、ちょっといたずら電話かけてみない?」
「いたずら電話?」
 竹下君が、こちらを振り向いてそう言う。
「そう。なぁ、見てくれよ、ここ。野口五郎っていう人がいるの」
「うおっ、まじ!?」
 電話帳には確かに『野口五郎』さんが載っていた。今から思えば、芸能人と同じ名前と言えど、別に珍しくもなんともない名前だ。同姓同名の人が、私の住んでいる市内にいても、まったく不思議ではない。
「この人が本物の野口五郎かどうか確かめてみるって面白くない?」
「あははは、面白そう! かけてみようぜ!!」
 私と竹下君は二人でウケていたが、なんであんなことでウケていたのか、今となっては本当に不思議だ。
 しかし、思春期近くの子供たちがそんな冷めたことを思うはずもなく、私は家の黒電話でドキドキしながらも野口五郎さんの家に電話をかけてみた。

 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル ガチャ

野口さん
「はい、野口です」

「あ、あのー、五郎さんはいますか?」
野口さん
「出かけていますけど」

「あーそうですか。それじゃさようなら」

 プツッ

「うおおおおお、出た出た!」
 そんなに興奮することでもないのだが、密室と罪悪感と好奇心と冒険心が織りなす魔術とでも言おうか、私と竹下君は興奮しながら飛び跳ねた。
「で、どうだった?」
 竹下君が顔を紅潮させながら聞いてくる。
「いや、出かけてるって」
「なんだよー、出かけてるのかよ」
「他にも、芸能人探してみようぜ!」
「よし、そうするかっ!」
 しかし、そんなに簡単に見つかるはずもなく、この作業はあっという間に行き詰まった。
「いねーなー」
「なぁ」
「……」
「……」
「……つまんねえから、洒落でも言うか」
「なにそれ?」
 私の言葉に、竹下君がいぶかしげに反応する。
「いや、適当なところに電話して、だじゃれを言いまくるの」
「あはははは、やってみよう!」
 本当に暇な二人だ。ちなみに、竹下君は中学入学後、ラジオの「基礎英語」などを毎日聴き込み、学年で10番ぐらいになって、県内の進学校→有名私立大というエリートコースを辿っていった。私の転落人生とはまったく対照的な人生を歩んでいると言えるだろう。高校の時に彼に言われた、「おまえは過去の栄光(少年野球でエースピッチャー&中学の時に生徒会長)にすがって生きている」という言葉は、今でも忘れられない。

 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル ガチャ

「はい、**です」
 無作為に選出された家庭。電話に出る主婦。もう、運が悪いとしか言いようがない。本当に申し訳ないことをしたと思うのだが、一応、無言電話とかと違ってユーモアが多少あったということで許してもらいたいと思う。
「あのー、これからだじゃれを言うんで、ちょっと聞いてもらいたいんですけど」
 私の言葉に、しばらく間が開いた後、みょうにすっとんきょうな声が受話器の向こうから聞こえてくる。
「……はぁ?」
「いえ、だからあの、これから僕がだじゃれを言うんで……あの、あれ?」

 ツーツーツーツーツーツーツー←電話切られた

 当たり前の反応と言えるだろう。
「切られちゃったよ」
「なんか言ってた?」
「いや、なんか『はぁ?』とか言ってた」
「あはははは、じゃあ次行ってみよう」
 人を精神的に陥れる悪意というのは、得てしてこういうノリから産み出されるものなのかもしれない。

 ジージージーーーージーーージーーージーー←ダイヤル回す音

「……」

 トゥルルルル トゥルルルル ガチャ

「はい、**ですけど」
「あ、もしもし、えーと、あのー、これから僕が言うしゃれを聞いてもらいたいと思いまして、電話したんですけど……。あのー、言ってもいいですか?」
 さっきよりも、少し丁寧に言ってみた。
「……」
「言いますよ、言っちゃっていいんですか?」
「……」
「あのー、じゃあ言います。『蠅が飛んでいったよ』」
「……」
はえー(速いと言いたい)」

 ツーツーツーツーツーツーツーツーツーツー←電話切られた

 この後も、性懲りもなく、いたずら電話をかけ続けていった二人。
 何人かの主婦(?)にだじゃれを言ってみたものの、特に笑ってくれるわけでもなく、多くの場合は無言で切られた(まあ、当然のことだろう)。中には「警察に連絡するわよ!」というのもあったが、その言葉に本気でびびってすぐに電話を切る辺りが、若さというものだと思う。
「じゃあ次は?」
 私が、黒電話の前で受話器を持ちながら言う。
「**-****ってのはどう?」
「あー、いいんじゃない」
 竹下君が適当に思いついた電話番号に、私は頷き、ダイヤルを回す。ちなみに、黒電話にはある裏技があった(多分、プッシュホンには使えなかったと思う)。例えば、**-6586という風に末尾が「6」だったら、6、5、8とダイヤルを回して、最後の「6」を、フックを6回押す(ようは6回切る)ということにしても、なぜかかかってしまうのである。
 この技を使うと電話代がただになるという話もあったが、単なるデマだろう。

 ジージーージージーージーカチャガチャガチャガチャ←フックを押してる

「……」

 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル ガチャ

「はい、**ですが」
 声から推測して、30代後半と思われる女性が出た。
「あ、もしもし、えっと、これから僕がいうしゃれを聞いてほしいんですけど、いいですか?」
 私の言葉に、しばらく間が空いた。
(……また切られるな)。
 そう思って、こっちから電話を切ろうかと思ったとき、主婦(?)は私の思いも寄らぬ台詞を吐いた。
聞いてあげるから言ってみなさいよ
 妙に挑戦的な言葉。
 それは余裕から発せられたものではなかった。声のトーンから察するに、怒りなのか恐怖なのか、とにかく顔面を硬直させながら微かに震えているような状態で言っているという感じだった。
「あ、じゃあ言いますね」
 意外な言葉に私も驚いたが、ここまで開き直られてこっちから電話を切るわけにもいかない。
「どうぞ」
「それじゃ、いきます。『隣の家に囲いが出来たよ』」
「……」
「かっこいー」
「……」
「……」
「……」
「……」
「次は?」
 主婦の口調はあくまでも、挑戦的だった。私はちょっと押されながらも、自信作をぶつけた。
「『骨が頭にぶつかったよ』」
「……」
ボーン(=英語で骨の意)」
「……」
「……」
「……」
「あのー、一応、英語で骨のことをボーンっていうんですけど、わかりました?」
「……次は?」
 主婦は、私の問いには答えず、変わらぬ強い口調で言い放った。多分、怒っているんだろうということはわかったのだが、ここで中途半端に切るのも余計怒らせそうで、それも出来ない。
「『そんなに下手なしゃれは言いなしゃれな』(=言いなさるな)」
「……」
「……」
ほんとにそうね
はぁ……
「はい、次!」
 主婦の言葉が命令口調になった。
「『この間の野球、何人でやったの?』」
「……」
「やきゅ1名(=約一名)」
「……」
「……」
「次」
 攻撃的な主婦の言葉に焦る私。はっきり言って、勝負はもうついている。あとはどこまで私が馬鹿を続けられるかだ。お互いの意地の張り合いになっていた。
「……えーと、あのー、えっと」
「あと何が残ってるの?」
「『猿が去る』とか、『布団が吹っ飛んだ』とか……」
「それから?」
「えーと、それぐらいです」
「もう終わりなの?」
「はぁ」
「なんだ。わざわざ電話かけてしゃれを言ってくるぐらいだから、よっぽどたくさんあるのかと思ったわよ。たったのそれだけ? ふーん」
 主婦は勝ち誇ったようにそう言った。最初の、震えるような声のトーンではなく、人を見下すような、自信が満ちあふれるトーンだった。
「……すいません
「その程度のしゃれで電話してこないでね。それじゃ」
「はい……」

 プツッ ツーツーツーツーツーツーツー

 完敗だった。

「随分粘ってたなぁ」
 竹下君がそう声をかけてきたが、私は「完敗」した自分にしょげていた。俺ってこんなものなのか。そう思い、がっくりと肩を落とした。

 これ以降、私がいたずら電話することはなくなった。

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