昔の作品系エッセイ-1 中学生の恋愛小説

1997年10月9日執筆


 部屋を片付けるのに、押入の段ボールなどを開けてみると、昔、自分が書いた小説が山のように出てくる。
 昔から、今と作風は大して変わっていないのだが、一つだけどうしても許せない作品がある。
 それは中学2年の時に書かれたものだ。
 舞台は中学校、主人公は私。内容は恋愛物。これだけで充分恥ずかしいのに、小説の中の私には彼女がいて、彼女の名前は「高崎天使(てんし)」というのだが、その名前のせいからか、私は彼女のことを「エンジェル」などのあだ名で呼ぶのだ。ほとんど、元SMAPの森くん状態だ。
 あまりにも救いようがないので焼き捨てようかとも思ったが、自分の歴史的に価値があるものなのでとっておくことにした。ただ、門外不出なのは間違いない。
 しかし、今回は子供電話相談室でふっ切れたものがあるので、文章の一部を公開したいと思う。

 工藤は、クリスマスに高崎にもらった手編みのマフラーを首に巻いて、高崎の家に行った。
「へへっ。プレゼントもらったお礼に(原文では“お札に”なっている)、なんか買ってやっか」
 と工藤は呟きながら歩いた。そこを左に曲がれば、エンジェルの家だ。そう思いつつ、左に曲がった。彼女は工藤を待っていたようでに家の前に立っていた。
「あけましておめでとうございます」
 と高崎が言った。あらたまった高崎に少々とまどいながら、
「こちらこそ、あけましておめでとうございます」
 と頭を下げた。
「わーっうれしい。早速私の編んだマフラー使ってくれてるのね」
 と高崎は嬉しそうに言った。
「そのお礼とは言わないが、お年玉でエンジェルに何か買ってやろうと思ってな」
 と照れ臭そうに工藤が言った。

 以上、とりあえず(と言っても、もう公開するつもりは毛頭ないけど)原稿用紙1枚分である。このつまらなさ。あまりに凄くて卒倒しそうだ。
 頼むから、お年玉で女にプレゼントを贈るのはやめてくれ。
 この小説は未完で10枚ほどしか書かれていないのだが、クリスマスにグレムリンを観に行ったり、時事ネタも取り入れてある。こういう中途半端な時事ネタが一番恥ずかしい。
 私の元へ来るメールに、よく、「文才がおありですね」と書いてあることがあって大変恐縮してしまうのだが、その理由は中学時に書いていたこれらの小説の出来に起因していることは言うまでもない。最初から文才などという、見えない力は存在しないということがわかっていただけただろうか。やはり、文章は書かないとうまくならないのである。

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