昔の作品系エッセイ-13 最近のウインナー君 前編

1997年11月26日~1999年1月22日執筆


1997年11月26日

 エッセイのコーナーで前々から予告していた通り、今日、ペットを買ってきた。
 ここで大っぴらに書くのも気が咎めるのだが、私とペットの関係はロミオとジュリエットの関係と似たようなもんで、結ばれる前に死んじゃうという、かなり不幸なもんである。

ペットの種類 死因
セキセイインコの子供 スポイトみたいので餌を延々とやっていたら、やり過ぎて下痢し、死亡
ハムスター 病気になった時、獣医に「温めてやった方がいいです」と言われ、こたつで温めていたら翌日死亡
ミドリガメ 砂に潜っていったので、「冬眠するんだな」と放っておいたら死亡
文鳥 青菜とかは全然やらずに、小鳥の餌と水だけで育てていたら死亡

 上の表を見ればわかる通り、私はペットを飼ってはいけないタイプの人間だと思う。
 しかし、今回、友人のゆりちゃん(画伯)に影響され、「今度こそ、おまえを幸せにしてやる」との意気込みを持って、ペットを飼うことにした。何より独り身で寂しいのだ。ペットがいてくれたら、どれほど豊かな生活が送れることだろう。

 ゆりちゃんのリスに対抗して「ハリネズミ」といきたかったのだが、ちはるちゃんに、「ハリネズミ? そんなのやめた方がいいよ」と言われたので、無難な所でハムスターにした。最近流通しているのはジャンガリアンハムスターという種類らしく、私が10年ほど前に飼った「ゴールデンハムスター」と比べると、随分と小さい。色もなんか地味(灰色がかった白)で、可愛いというより、その辺の食堂とかに出没してもおかしくない、自然界に生息するねずみという感じだ。

「あ、すいません、このジャンガリアンハムスターっていうのもらえますか」
 ネットで仕入れた知識を持って、自転車で近所のペットショップへと行った。
「はい、ジャンガリアン!」
 いい人そうなエプロン姿のお兄さんが、こちらへやってきた。
 ちなみに、このジャンガリアンの他に、ゴールデンと、ホワイトなんとかっていうのと、サファイヤなんとかっていうのがいたのだが、とりあえず「安いやつ」という安易な理由で、ジャンガリアンに決めた。1480円である。
「一から揃えたいので、お願いできますか?」
「はい、いいですよー」
 お兄さんがそう言って、かごを手に取る。
「ま、かごはこんなもんで」
(そ、それは一番安っぽそうなやつで、やめとこうと思っていたやつ……)
 そう思いながらも、私は何も言えなかった。
「餌はこれで充分です。あと、キャベツとか」
 私が最初に飼った時は、ハムスターと言えば「ひまわりの種だけ」だったのに、今では総合ハムスター食のようなものがあるらしく、時代は確実に進歩していると思わずにはいられなかった。
「水はこれで飲みますんで。しつけとかしなくても、勝手に飲みます。小動物っていうのは水に敏感に反応するんですよ」
「へー」
 給水器のようなものがケージにセットされた。昔は、こんなものなかったし、水を直接飲ませると病気になるからキャベツやレタスなどの野菜から取らせるようにと言われたもんだが……いやあ、ハムスター飼育学も随分変わってきたもんだ。
「トイレとかはどうするんでしょうか?」
「あ、その辺に適当にすると思いますよ。まあ、トイレを作ってもいいんですけど、一匹だけなら問題ないんじゃないんですかねー」
「掃除とかは?」
「そうですね……まあ、汚れたところの草だけ適当に代えれば問題ないです」
『適当』という言葉が並び、なんか、私でも飼えそうな自信が湧いてきた(笑)。
「それじゃ、どれにしますか?」
 お兄さんが、ジャンガリアンコーナーに行って、プラスティック製の飼育箱の蓋を開ける。
「オスとかメスとかってわかるんですか?」
「まー、わかりますけど、1匹で飼うんならどっちでも変わんないですよ」
「そうですかぁ……じゃあ、一番元気のいいやつでお願いします」
 繁殖させる気がさらさらないので、オスだと童貞で死なすことになるし、それは同じ男として非常に不憫だと思っていたのだが、お兄さんが取ったのはオスだった。
「それじゃ、合計で4986円になりますね」
「はい、じゃあ1万円で」

 こうして我が家に、というか我が部屋にジャンガリアンハムスターがやってきた。名前は、ハムじゃあまりにも安直なので「ウインナー」君である。

 これから、不良飼い主とウインナー君の交流をここで適当に書いていきたいと思う。よろしく。


11月27日

「ハムスターの上手な育て方」なる本を買ってきた。
(1300円……こんなに字が少ない本が1300円……)
 私の、震える手に持たれる主婦と生活社の本。しかし、まあこの辺の出費は仕方ないだろう。
 家に帰って読んでみると、病気の時の対処法が書いてある。
(へー、ハムスターも癌にかかるんだなぁ)
 そんなことを思いつつ読み進めて行くと、手術なる言葉が出てくる。
(ハムスターでも手術すんだぁ)
 そして、インターネットでジャンガリアンハムスターについて書いてあるホームページをいろいろと見てみた。
 やはり、病気の時の対処法などが載っていたのだが、あるページで驚くべき記述を発見した。

 手術に5万かかりました。

 ご、5万!! 人間の私が扁桃腺切った時でも一週間入院して健康保険適用で2万5千円だったのに、ハムスターの手術が5万!!!
 いや、言うまい。命を育むということは、そういうことなのだ。とりあえず、ウインナー君貯金はしておいた方がいいだろう。

 そして、足を載せる場所に隙間が開いた回し車だと、そこに脚をはさんで骨折することがあるというので、オレンジに着色されたプラスティック製の隙間のない回し車を買ってきた。更に、トイレがなかったので、砂を入れるタイプのトイレも買ってきた。

 ウインナー君の起床(夜8時)を待ってから、車とトイレを入れる。
 いきなり異物が入ってきたので、それらに猛然と襲いかかるウインナー君。
 しかし、暴れているうちに砂入りのトイレが気に入ったらしい。彼は砂浴び間隔で、トイレの中でクルクル回っていた。まず間違いなくここをトイレだとは思っていないだろう。なにせ、中でゆったりとしながらひまわりの種食ってるぐらいだから。


11月29日

 ウインナー君は、ひまわりの種が好物らしい。
 私がやっている餌は、いろんな餌(とうもろこし、にんじん、その他たくさん)が配合されているバランスが取れたものなのだが、夜、餌を入れてやると、ウインナー君はそそくさと餌箱に来て、右手でぽいぽいと嫌いなものを払いのけ、ひまわりの種だけ取って、バキバキ食う。

 そして彼は砂浴びがとってもお気に入りだ。がーっと砂をかいたかと思うと、くるんと回って背中を砂にこすりつける。次に回し車を10秒回した後、餌箱に来て、嫌いなものをかきだして、巣に戻る。

 かなり飽き性でわがままだ。


12月1日

 ウインナー君は、あまり集中力がない。
 回し車も10秒以上連続で回しているのを見たことがないし、ひまわりの種欲しさに、ケージに手を掛けてこちらを見ている時、
「しょうがねぇな、じゃあちょっとだけ」
 と、餌袋から一つ出して与えると、その一つには猛然と食いつくのだが、続けて出そうとすると、いつの間にかにトイレでごろんごろん回転していたりする。
 そんなウインナー君だが、昨晩、巣(ちぎったティッシュペーパーがこんもりしている)をケージの右隅から左隅に移動させた。
 彼にしては珍しく集中力を全面に出した作業だったと思う。

 吸水器ををうっかり落として壊してしまい、新しいものを買いに行った。家に帰って早速新しいのをケージに付けて、ウインナー君を観察していると、ウインナー君は寝起きで喉が乾いていたらしく、速攻で水飲み器のそばにやってきた。
 しかし、どうもうまく飲めないようなのである。彼は彼なりに随分と試行錯誤していたが、しまいには怒ったらしく、水飲み器をがぶがぶ噛み始めた。
(なんでうまく飲めないのかな)
 と、手にとって調べてみると、ウインナー君の口に比べて、水飲み器の、水が出てくる部分が大きいということがわかった。
 しょうがないので、ウインナー君を買った店に行って、壊した物と同じ物を買ってきた。

 なんだかんだと金がかかる(笑)。


12月4日

 最近、ウインナー君もようやく馴れてきたので、毎日少しではあるが、外へ出して遊ばせている。
 とりあえず彼は、何にでも噛みついてみようという意識があるようで、エレキギター、ピック、CD入れのケース、私の履いているジーンズなどをかぶがぶ噛む。ストレス発散の意味合いもあるのかもしれない。
 しかし、どんなに夢中になって噛んでいても、私が餌箱に餌を入れている音を聞くと、かごに走り寄り、必死になってよじ上ろうとする。
(あー、そんなに餌食いたいんだ)
 そう思い、持ち上げてやろうとすると、一目散に逃走する。
 なんとか掴まえて、かごに入れてやると、いつものように餌の選り好みだ。
 両手で嫌いな餌をかき出し、ひまわりの種を見つけると餌袋に入れて、トイレで無心になって食っている。

 相当わがままだ。


12月12日

 前々から(随分と気に入ってるよな)と思っていたトイレに、ウインナー君はとうとう巣を作った。トイレが巣でいいんだろうか?
 水飲みボトル本体とガラスで出来た吸入口をつなぐゴムに猛然と噛みついたりもしている。しかも、そのゴムを食べてしまった。

 最近、ウインナー君がわからない。


12月21日

 ウインナー君は、飼い主である私をあまり信用していないらしい。
 最近、ハムスター用の餌以外にもなんか食べさせてみようということで、チーズやらキャベツやらを彼の目の前に差し出してやるのだが、彼は一発で、それらを食べた試しがない。初めてあげるのならまだしも、もう、2、3度あげているのだが、彼はまず匂いをしつこいぐらいに嗅ぐ。
 それもこれも、私が忙しくてウインナー君にかまってやれないのが原因だと思い、昨日から、短い時間ながらも交流を計っている。とりあえず手にはおとなしく乗るようになった。いいことだ。


12月28日

 ウインナー君に、新たな餌を与えることにした。近所のスーパーじゃ種類が少なく、本当に彼に合った餌を選ぶのは難しいと、寒い中、白い息を吐きながら自転車で遠征して買ってきたのだ。
「ハムスターの総合栄養食 ハムスターフード」
 かなりそのままなネーミングだ。

とうもろこし、小麦、大豆などに、ハムスターの大好物の甘草、牧草、フルーツ(アップルボメス)まで配合。よろこんで食べます

 ということなので、現在のひまわりの種ばかりバクバク食っている現状を打開する切り札として期待した。ハート形のそれを親指と人差し指で摘んで、ケージにいるウインナー君に見せると、すうっと近づいてきた。そして、いつものように匂いをくんくんと嗅いだ。
(食べるかな)
 どきどきしながら見ていたところ、ウインナー君はいったんは顔を逸らして興味なげにしたが、その後、餌を手に取った。
(おう、食べてくれるのか。わざわざ自転車で買いに行ったかいがあったなぁ)
 そう思って感激した一秒後。

 投げるように捨てられた


1998年1月9日

 最近、ウインナー君は人間のような生活を送っている。夜寝て朝起きるのだ。
 本来ならば夜行性のハムスターが、なぜこういう人間っぽい生活を送るのか考えてみた。
 これは恐らく、冬眠防止のためケージに襦袢(じゅばん)をかけているせいではないだろうか。いつも真っ暗という環境がウインナー君の野生の体内時計を狂わせているのだと思う。

 人間が持っている体内時計は1日23時間だという。これは、地球がその昔、自転が今よりも速く1回転するのに23時間だったときの名残だというが、その辺のことはさておき、体内時計が1日23時間、実際は1日24時間、放っておいたら普通大変なことになる。しかし、人間はこの誤差を太陽によって修正している。
 太陽が沈めば夜、太陽が昇れば朝なのだから、そこで体内時計は修正される。だが、もし太陽など見られないような環境(例えば地下室に隔離されるなど)に置かれたらどうなるのだろうか?
 正解は、一日がどんどん前倒しになっていくという現象が起きる。23時間のサイクルで1日を回すわけだがら、単純に言うと1日1時間、1日を早く感じ、寝てしまう。その結果、当日の昼だと思って外に出たら、前日の夜だったということになってしまうのだ。

 恐らく、ウインナー君もそういう状態になり、昼と夜が逆転したのだろう。まあ、それはそれでいい。
 問題は、2箱も買ってきた「ハムスターの総合栄養食 ハムスターフード」を、ウインナー君はいつになったら食べてくれるのか、ということである。


1月21日

 小学生の頃、ゴールデンハムスターを飼っていた時は、非常にきめ細やかな世話していた。
 トイレの砂は毎日取り換えていたし、下に敷いている藁も一週間に一度は取り換えて、ケージはお湯で洗っていたと思う。
 ペットショップでハムスターを購入したとき、「最低限、それぐらいの感覚で世話して下さい。そうしないと不衛生ですぐに死んでしまいます」と言われていたので一生懸命やったのだが、結局、1年ぐらいで死んでしまった。

 で、ウインナー君の世話であるが、正直言うと、かなり適当だ。トイレの砂は気がついた時に取り替え、敷いている藁をすべて取り替えるのは二カ月に一度程度である。巣はいまだにトイレットペーパーの束。床には乾燥コーンやら、ひまわりの種が散乱しており、飼い主である私の部屋のミニチュアコピーという感じだ。ウインナー君との接触も、朝、餌をあげる時に対面するぐらいで、後はお互い、あまり目を合わせない。
 しかし、ウインナー君は「これが俺の生き様だ」とばかりに元気よく回し車を廻し、私はその音を聞きながらキーボードを叩く。
 ウインナー君をを見ていると、雑草育ちの強さをまざまざと感じ、非常に頼もしい。

 新しい、ペットと人間の関係を築きつつあると思う。


1月29日

 最近、ウインナー君の活動時間が夜に戻った。それに伴い、夜中の3時頃、ウインナー君が廻す、回し車の「ごろんごろん」という音が私の耳を直撃するようになった。
 以前より体重が増加しているらしく、廻すパワーも半端ではない。かなりの高速回転を叩き出しており、時には自分さえも一回転してるほどのスピードだ。
 枕元にケージを置いているので、ウインナー君が発する雑音をどうにも防ぐ手だてがなく、しかも他に置き場もないのでもうどうしようもない。

 それにしても、他の方が作っているハムスターのページを見るにつけ、(俺のページほど愛情に溢れていないページはないな)とつくづく思う。
 実際ここ一カ月、ウインナー君と遊んだ記憶がまるでない。コミュニケーションはほぼなしに等しい。
 それでもウインナー君は毎日元気だ。それでいいんじゃないかと最近は思う。


2月6日

 3日前に、とうとうウインナー君と家庭内別居をした。原因は、ウインナー君が起こす騒音である。回し車をもう少し静かに廻してくれればいいのだが、あれだけうるさいと全然眠れない。
 ケージをどこに置くか迷ったが、結局、押入に入れておくことにした。ふすまを閉めておけば騒音に悩まされることはないだろう。
 それにしても、これだけお互いに情のない人間とペットも珍しいと思う。
 交流がすっかり途絶えているために、(もう多分起きているだろう)とケージにかけている襦袢を取って餌をやろうとすると、「え……なに……もう夜? そんなわけねえだろ」といった、かなりむかついた顔でウインナー君が巣から出てきて、立ち上がりながら私を見るという出来事も生じてくる。ウインナー君の体内時計をまったく把握出来ていないのだ。
 熟睡しているところを起こされたウインナー君は、片目をつむって口を少し開けてこちらを睨みつけるという、人間のような反応してくれるのでかなり怖いものがある。


2月10日

 ここ数日間で、ウインナー君も押し入れ暮らしに慣れてきたらしい。午前3時に起床し、元気よく廻し車を回している。
 押し入れに運び入れた時は「なに、なんなの、ここ?」という感じで立ち上がりながら怯えた風にきょろきょろしていたウインナー君だが、住めば都といったところかもしれない。
 そして最近、当たり前のような顔をしてケージから外に出るという行動を取る。今までは自分で出るのが怖いらしく、入り口を開けてもきょろきょろ見ているだけでじっとしていたのだ。
 私の中にあるハムスターのイメージは、隙あらば脱走する動物という感じで、以前飼っていたハムスターには、ケージをぶっ壊されて3回ぐらい脱走された思い出がある。脱走と言えば、小学生の時に飼っていたアメリカザリガニ(通称・マッカチン)も、よく水槽からエアポンプの管を伝って脱走していたが、最終的に洗濯機の下でほこりまみれの死体になって発見されたのはかなり気の毒だった。
 ウインナー君はあまり脱走欲というものはないらしく、飲み水を換えるために檻を取り払って私が水道のところまで行っても、大抵、無心になってひまわりの種を食べていることが多い。普通のハムスターだったら、檻がなくなった瞬間、即脱走だろう。
 そんなわけで、安心して水を換えに行っていた私だが、本当にここ最近、檻を外すと身体をぐーっと伸ばしてきょろきょろした後、外に出るようになった。
「ありゃ」
 しかし、すぐに元に戻すのもかわいそうなのでしばらく様子を見ていると、賢いことにウインナー君はケージの周囲を一回りした後、自らよっこらしょという感じでケージへと戻っていくのだ。彼には帰巣本能があるらしい。なんと手間がかからないハムスターだろう。
 一番まずいと言われる餌を、なんの不満もなさそうにバリバリ食べることといい、全然世話をしていないことがかえって、ウインナー君の自主性あるいは協調性を育てている。いいことだ。


2月18日

 感動の長野オリンピック観戦(ジャンプのラージヒル)から戻ってきて、すぐ、ウインナー君の様子を確かめてみた。
(餓死してないだろうな)
 餌も水も充分過ぎるほどやっておいたが、予測出来ない事態を発生させている可能性もある。人間の感覚で小動物を捉えると、とんでもないことになるというのは、小学生の時、衰弱したハムスターをこたつで温めたら翌日に死んじゃったことで学習済みだ。
 押し入れの扉を開けて、ケージにかけられてある襦袢を取ると、両手で頭部付近の毛繕いをしていたウインナー君がいた。そして、
「なに?」
 とでも言いたげにこちらを見る。
(よかったー、生きてた)
 とりあえず、生存は確認出来たので自分の夕食を取ることにした。マクドナルドのビッグマックとフィッシュバーガーだ。
 それらを食べ終わってしばらくすると、友人の羽賀君(仮名)が私から借りたドラえもんを返しにやってきた。
 長野オリンピックの話でひとしきり盛り上がった後、ウインナー君に餌をやらなきゃと、押し入れからケージを出した。
「お、今日は起きてんだ」
 羽賀君が嬉しそうに言う。なにせ、1日の中で押し入れから出されるのは餌と水を換えるときのたった10分間だけなので、私の友人と言えども、生のウインナー君を目撃した人は極めて少ないのである。うちに遊びに来る友人の中で、私がハムスターを飼っていること自体知らない人もいるほどだ。
 檻を外して餌箱に餌を入れると、ウインナー君はいつものようにさーっとやってきて、ひまわりの種からばくばく食べ始めた。
「見ていると飽きないね」
 羽賀君はそんなことを言いながら、ウインナー君の背中をつついたりしている。ウインナー君はかなり嫌がっていたが、とりあえずこの時はまだ何もせずに餌を食べていた。
 やがて、餌を食べ終わると、ケージからよっこらしょと出てきて、散歩を始めた。
「お、外に出た!」
 羽賀君はそう言うと、またもや、ウインナー君を突っつき始めた。その時、悲劇が起きた。
「シャーーーーーッ」
 ウインナー君がこれまで見せたことのない素早い動きで、羽賀君の指に襲いかかったのである。
「うわっ、うわあああ」
 羽賀君はかなり驚いたようで、指を引っ込めながら身体をのけぞらした。そして、
「ねぇ、ちょっと今見た!? なに、このハム、反抗したよ!! 反抗期!?」
 と興奮気味にまくし立てた。
「そりゃ、背中突っつかれりゃ怒るんじゃないの」
 水の入った容器を檻に取り付けながら私は言った。

 その後、部屋を一回りすると、ウインナー君はいつものように自らケージへと戻っていった。
 人間に触られ慣れていれば、今回のようなことはなかったかもしれないが、なんと言っても、ウインナー君は飼い主の私とほとんど触れあったことがなく、性格的にほとんど野生化している。
(ウインナー君を、ペットとして捉えては駄目なんだ)
 私はそんなことを思った。


2月26日

 最近、ウインナー君の動きに切れが出てきた。
 以前は、散歩させても妙に姿勢を低くし、はいつくばるようにして部屋をのそのそ歩いていたのだが、今はなわばりチェックを始め、外出時は軽いフットワークを見せている。
 その動きを見ていると、夏のゴキブリのように気味が悪いほど俊敏で、ゴキブリ&ネズミ嫌いの母親が生きていたとしたら、確実に殺すか絶叫していることだろう。
 とりあえず、どこへ行ってもケージに戻ってくることがわかっているので静観しているのだが、洋服ダンスと壁の間をよじ登ったり、カーテンにしがみついて登ったり、大変積極的だ。昔、かごを取ってもケージの中から背伸びして、不安げに外を見るだけだったウインナー君とは別ハムのようである。

 今日、いつものように散歩させたところ、ウインナー君はなわばり巡回コースを辿った後、急に姿を消した。
「あれ?」
 部屋の扉がちょっと開いていたので、そこから出てしまったのであろうか。
 耳を澄ますと、「カサッ カサカサ」と音がする。保健所に害虫駆除を頼みたくなるような不気味な音だ。
 その音がする方向へ行くと、玄関先(新聞紙が敷いてある)でウインナー君が元気よく走っていた。
 薄暗い場所で灰色の小さな動物が、俊敏に動いている姿を想像してほしい。

 気味が悪い。


2月28日

 以前からよく書く通り、ウインナー君はトイレでの砂浴びが大好きである。
 しかし、ただやみくもに砂を浴びるわけではなく、彼なりのポリシーがあるようで、替えたばかりの砂(小動物用のトイレの砂は、水分を含むとすぐに固まるようになっている。よって、使い古した砂だと砂同士がくっついて固まりになってしまい、砂浴びには適さない)でないと、砂浴びをしない。

 ウインナー君の砂浴びの光景は何度か書いたが、今一度書いてみよう。
 まず、砂が取り換えられたとわかると、素早い動きでトイレに入る。そして、砂をがーっとかく。感じとしては、用を足す前の猫の行動に近い。ある程度、砂かきをすると、くるんとひっくり返って背中を砂にこすりつけるようにする。手足がばたばたしていて、見ていると(なにが楽しいんだろうか?)と思えるほど間抜けな図なのであるが、回し車を廻すことぐらいしか日々の楽しみがないウインナー君にとって、この砂浴びはかなり重要なストレス解消事のひとつなのであろう。

 今日、久しぶりにトイレの砂を替えることにした。
 特価298円で買ってきたトイレの砂を、ケージから外に出したトイレに入れていると、散歩中のウインナー君がその光景をじーっと見ていることに気づいた。
(……まずい)
 いつもはトイレに蓋がかぶさっている状態で砂浴びをしているので、砂があちこちに巻き散らかされるということはないのだが、今はふたを外している状態なので、もし砂浴びをされてしまうと、部屋中に砂が飛び散ることになる。
(来るなよ、来るなー)
 私はそう念じながら、砂を入れていたが、ウインナー君はそんな私の念をもろともせず、砂が充分に入ったトイレへとのこのこやってきた。
(やめろー!!)
 砂が入っている袋を持っている状態で、両手がふさがっている。袋をどこかに置きたいのだが、散らかっていて置く場所がない。このままだと確実にウインナー君は砂浴びをするだろう。
(頼むからやめてくれー!!)

 しかし、無駄な念だった。
 ウインナー君はいつものように、がーっと砂をかいた後、くるんと回って背中を砂にこすりつけ、やがてすっきりした様子で散歩を再開した。
 床は砂だらけになった。
 泣きながら掃除した。


3月6日

 散歩が楽しくなってきたウインナー君に、最近、お気に入りの場所が出来た。それは、机の下である。この机には椅子が収納出来るスペースがあるのだが、そのスペースにいつも潜り込み、一度入るとなかなか出てこない。

 今日、いつものように餌を換えるついでにウインナー君を散歩に出すと、彼はやっぱり机の下へとタタタタと潜り込んだ。
「おまえ、そこ好きだねー」
 そんなことを言いながら、キーボードを叩く私。
 しばらくして、机の方を見ると、ウインナー君がなにかむしゃむしゃ食べている様子が観察出来た。
「おまえ、なに食ってんの?」
 おかしい。
 ウインナー君には、他のハムスターと違い、頬袋に餌をつめてどこかで食べるという習性はまったくない。
 そんなわけで、ケージの中以外の場所で餌を食べているということは考えられないことなのだ。
 キーボードを打つ手を休め、ウインナー君のところまで顔を近づけた。そんな私に気づき、呆然とした面もちでこちらを見るウインナー君。ハムスターが一点をうつろに見つめるのは、耳を澄ませている時(ようは集中力全開の時)だと言うが、私にはやはり、どう見ても呆然としているようにしか見えない。
「ん?」
 ウインナー君が、口からぽろっと何かを落とした。
 相変わらず、両手を口にあてたまま、呆然とした顔で一点を見つめるウインナー君。
 口から落とした物は、気のせいか、すっかりひからびた虫の死骸のように見えた。
「……」

 ウインナー君はおもむろに毛づくろいを始め、私は再びキーボードを打ち始めた。
 ふと外を見ると、雪が降り始めていた。


3月8日

 今日、いつものようにウインナー君を散歩させながら、パソコンに向かっていると、ウインナー君のいる場所が把握出来なくなった。
 きょろきょろ顔を動かして探しても、ウインナー君のいる気配はどこにもない。
「あれ?」
 がさがさ動く音もしないし、カーテンにぶら下がっているわけでもなく、完全に姿を消してしまっていた。
 ちょっと不安だったが、(まあ、そのうち戻ってくるだろうからいいや)と思い、再びパソコンに向かう私。
 しばらくすると、後ろの方でかさかさと音がする。
「ん、そっちか」
 部屋の扉付近から聞こえてくる。
 はっきり言って、危険な状態だ。部屋から出られるとどこにいくのか見当がつかない。いつかのアメリカザリガニのように、洗濯機の下でほこりまみれになって死亡も充分考えられる。
 部屋の扉へと身体を移すと、そこにはアコースティックギターのそばでうろうろしているウインナー君を発見することが出来た。
 ところが。
 捕まえようと思い手を伸ばすと、するするとその手をかいくぐって私の部屋から外に出てしまったのである。
「しまった!」
 私は立ち上がり、すぐにウインナー君を追ったが、暗くてよくわからない。また玄関かと思って見てみたが、玄関にはいなかった。
(どこ行ったのかな……)
 そう思い、顎に手をあてて考えていると……

な、ななな、な、な、なんだこれ、なんだなんだ!!

 と、隣の部屋から名古屋章ばりの口調で、興奮気味にまくし立てている父親の声がした。
「そっちか!」
 そう。私の部屋の押し入れでひっそりと飼われているウインナー君は、家族さえもその存在を知らないのである(笑)。
 いきなり、灰色の小動物を目の前にした父親の驚きは、想像に難くない。

 ウインナー君はその後、必死の逃亡を見せたが、結局、私に捕まってケージへと戻されたのであった。


3月19日

 最近少し寂しい気分だ。

 以前、ウインナー君は私が差し出したひまわりの種は、確実に食べていた。もう頬袋に入れるとか入れないとかじゃなく、奪い取るようにして手で掴み、バキバキと音を立てながら殻を割って、その場でむしゃむしゃ食べていた。
 私はそういうウインナー君を見ながら(これが飼い主とペットの本来の形だよ)などと一人悦に入っていたのだが、最近では、ひまわりの種を与えてみても、ウインナー君はそれを口に入れて1秒後、志村けんが、飲んだ牛乳を吐き出すかのごとくに、ぼとっと落としてしまう。食べる気がまったくないのだ。
「食欲がないのかな?」
 そう思って餌箱を調べてみても、以前より食べている量は増えているぐらいで、どうしてそうしてしまうのかよくわからない。

 小学生の頃、おやつを食べ過ぎて夕食を食べられなくなり、そうすると今は亡き母親が烈火の如く怒ったことが何度かあったが、今思うと、この時の母の気持ちがよくわかる。
 あの時の母はきっと、自分が作ったご飯を息子が食べてくれない寂しさから、怒ったのだろう。
 何か与えて、それを拒否されるというのはやっぱり悲しいものだ。

 そう考えると、「食べられない」と言っているのにもかかわらず、「これは美味しいから、騙されたと思って食べてみて」と母が出してきたビーフシチューも、水で流し込んででもいいから、食べてあげるべきだった……。


3月28日

 最近、ウインナー君は、なわばり巡回ルートに「壁と机の間にある隙間」を加えた。
 部屋の隅にある机と、壁との間にちょうどウインナー君が通れるほどの隙間があって、ほこりだらけのそこに入って、しばらくした後、頭を振りながら出てくる。
 なぜ頭を振るかと言えば、ほこりに顔を突っ込んでいるため、目の辺りにそれが付着するためらしい。

 先日、いつものように餌を換えていると、ウインナー君はのそのそと散歩に出かけ、壁と机の間にある隙間に入っていった。
 餌と水を換え終わり、ウインナー君の登場を待つ。出かけなければいけなかったので、早いとこ戻って来てもらわないと困る。しかし、何分経っても、ウインナー君は戻ってこない。
(おっかしいなぁ。寝てるのかなぁ)
 いつもは5分ほどでのこのこ出てくるのだが、今日は机の裏で眠ってしまったのだろうか。動く音すらしない。
(仕方ない)
 私は、父親の釣り竿を持ってきて、それをウインナー君がいると思われる隙間に突っ込んで、突っつきまくった。強引な方法だが、机を動かすことは不可能なのでこれしかない。釣り竿の先はふにゃふにゃしているから、あたってもケガをすることはないだろう。
「お」
 しばらくつついていると、やはり寝ていたらしいウインナー君が、かったるそうな足取りでのそのそと出てきた。
「ったく、世話かけさせんなよ」
 そう言いつつ、ウインナー君を掴もうとする。
「あ」
 しかし、それまで見せていた動きとは、まったく違った素早い動きを見せて、するすると逃げてしまい、机の下に潜ってしまった。
「あー、もう、なんなんだよ!!」
 これでは、いつまで経っても出かけられない。
 私は机から椅子を引いた。机にある、椅子の収納スペースにウインナー君がいることはわかっている。お気に入りの場所の一つだ。
「さ、おとなしくしてもらおうか」
 私はゆっくりと椅子を引く。
 薄暗いところで、たたずんでいるウインナー君。
 私と、ウインナー君の視線がばっちり合う。
 ウインナー君は、いつものように、何かを持ちながら呆然とこちらを見ている。
「あ……」
 その周りには、乾燥コーンを始めとする、おびただしい量の餌が散乱していた。
「おまえ……」
 信じていた者に裏切られた瞬間だった。
「いつの間に秘密基地なんか作って……」
 全然わからなかった。まさか散歩ついでに、餌をせっせと机の下に運び入れてたとは……。

 散歩中、糞とか絶対にせず、部屋を汚さないことに対して、さすが清潔好きのハムスターだと感心していたのに、非常に残念な出来事であった。
 とは言え、別宅を持ちたくなるのもわかる気がするほど、ケージは狭い。そのうち、なんとかしてやろうと思う。

 後編に続く

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