第十四回 書き続ける日々


 金田一には、最初からやると決まっている企画がいくつかあり、それらの企画と55のクイズを効果的に並べ、クイズのページ数を調整していくというのが、この段階でのKさんの仕事だった。
「はぁ……」
 仕方がないと言えば仕方のないことだ。
 私としては「俺の文章があれば、イラストなんていらない。全部省いてくれ」という気持ちなのだが、文章ばかりじゃ子供は読まないという向こうの言い分もわからなくはない。
「工藤君の文章を出来るだけ多く入れたいと思っているから、なんとか抵抗しているんだけど、やっぱり多少削ってもらうことになると思う」
 それから少し間が空いた後、Kさんが言った。
「あ、そうそう、最初にある原作者インタビューっていうやつ、これも工藤君にやってもらおうと思っているんだ。その方が、他の企画も書きやすいだろうからね」
「え、さとうふみやに俺がインタビューするんですか?」
「いや、俺がしてもいいけど、インタビューの内容は工藤君が考えてよ」
「……はぁ、わかりました」
 こんなド素人が、税金を1億も2億も払っている超売れっ子漫画家にインタビューなんてしていいんだろうか?
 そんなことを考えつつ、名探偵コナンをどう思っていますかと、絶対聞いてやろうと心に誓った。

 それから一週間、新しいプロットを行き帰りの電車の中であれこれ考えながら、家でもプロダクションでも問題を書きまくり、書いたものをぎりぎりまで削って、また文章を整形していくという毎日が続いた。
 往復4時間かけて通勤、電車の中では人を殺す方法ばかり考え、プロダクションと家ではパソコンの画面を見続けるという毎日。愚痴をこぼす暇もない。
 しかし、きつくなかったと言えば嘘になるが、逃げたいとかやめたいとか思うことは一切なかった。
 私がもっとも嫌だったのは、自分の書いた文章を削ることだ。
(ああ、ここが面白いのに!)という金田一と明智警視の笑える掛け合いも、気の利いた表現も、ヒューマンドラマもサスペンスも泣きながら削っていった。そうしなければ、イラストのスペースが空かないのだからしょうがない。
 とは言うものの、自分の文章を削れば削るほど個性がなくなっていくのが本当に嫌で、正直、「イラストをたくさん入れよう」と主張している講談社の編集者に「俺の文章に絵はいらないんだ」と文句を言いに行こうとさえ思った。
 だが、この「書いて削る」つまり「文章を洗練させる」作業が、書き手としての私を大きく成長させていったのである。

アイデアが書き込まれたノート

当時つけていたアイデア帳。書いた本人も、なんて書いてあるのかわからない。

(読者のことを考えれば文章を削るのは仕方のないこと。限られたスペースの中で、どれだけ自分を出せるか、そして読者を楽しませるかが大事なんだ)
 悟った私は、短い文章の中にも自分の個性が出るような構成を考え、問題すべてにドラマ性(その問題にしかない個性)を持たせることを義務とした。
 推理クイズ本というのは、ドラマなど二の次で事件の概要を書くのに精一杯というものが多い。探偵が出てくるのは最後の一行だけなんていうのもある。私は常々それが不満だった。
 楽しい、面白い、泣ける、笑える……会話文2行だけしかフリーのスペースがなくても、そこで読者に何かしらの感情を抱いてもらうよう全力で工夫した。

 そして、しばらく経ったある日。
 私は前々から書いてみたいと思っていた「金田一少年の祖父である金田一耕助が出てくる問題」にとりかかった。原作ではいろいろ事情があって絶対に無理なことなのだが、私は「金田一耕助」の名前を出すことなく、読者にそれとわからせるという手法を取って、彼を登場させたることにしたのだ。
「……」
 夕食はここだと決まっている中華料理店で、Kさんは完成した問題を食い入るように読んでいた。
(やっぱ、金田一耕助と書いてなくても、それとわかる人が出てくるといろいろ問題あるのかもなぁ……駄目かもしれないな……でも、これが入ると本が締まるような気がするんだよな)
 私は炒飯を食べながら、Kさんの様子を見つめた。
 入り口近くにある14インチのテレビには、巨人戦の模様が映し出されている。
「なるほどね」
 Kさんがいつもの言葉の後、顔を上げる。
「トリックはもう一工夫いるけど、ストーリーはいいよ、うん」
「そうですか」
 Kさんの笑顔にほっとしながら、私はコップの水に口をつけた。
「工藤君はさぁ」
 一仕事終えた気分でテレビを気にしながら炒飯を食べ始めると、Kさんは無精髭をさすりながら私に話し掛けてきた。
「将来、作家になりたいんだよね」
「あ、はい、そうっす」
 炒飯が口に入っているので、もごもご口調になる。
「やっぱ、ミステリー作家?」
「いや、ミステリーにこだわってはいないです。いろんなジャンルを書きたいと思ってます」
「ふうん」
 Kさんが何度か頷いた後、続ける。
「俺、パズル誌の編集者で文芸誌の編集者じゃないから断言出来ないんだけどね」
「はぁ」
「これまで工藤君が書いてきたものを読んで、今、この問題を読んでさ」
「……」

児童小説とか書けるんじゃないかなと思ったんだけど」

「……児童小説ですか?」
 Kさんの言葉は意外だった。児童小説。児童小説って、字が大きくて道徳的なやつか。
 戸惑い気味の私に向かって、Kさんは変わらない調子で言った。
「児童小説って言っても、今のは大人の小説とそんなに変わらないのもあるんだよ。勿論、児童小説を書いて実績を積んだ後、大人の小説を書くっていう道もあるし。実際そういう人もいるんだ」
「へぇ……」
 後に、児童向けミステリの第一人者である「はやみねかおる」氏を知り、この言葉は正しかったということがわかる。
「今度、俺が講談社の編集者に工藤君を紹介するから、会ってみなよ。これまで書いた作品なんかを持っていってさ」
「え……あ、はい」
 野菜を炒める音と、従業員の大きな声が響く中、私はあっけに取られながら返事をした。
 プロの編集者が、大手出版社の編集者に「作家志望の人間」として自分を紹介してくれるという。つまり、「こいつは俺から見て、プロの小説家になれる可能性がある」と踏んでくれたということである。
「じゃ、今度会ったときにでも言っておくよ」
「は、はい、お願いします!」
 私は興奮を隠しきれなかった。角川書店、文藝春秋社で作品を読んでもらうこともなく、まったく相手にされなかった自分が、今こうして講談社の編集者とつながりを持つチャンスをもらった。
 自分を信じて、こだわりを持って、巡ってきた幸運に甘えることなく努力した結果、ついに小説家に手が届くところまでやってきたのだ。

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