第十三回 初日


 週明け、いよいよ編集プロダクションに通って執筆することになった。
 持っていくものは、家で使っている執筆に必要なソフト(秀丸エディタ、ATOK9、チューチューマウス、Kick IME、広辞苑CD-ROM版)と定期のみ。
 昼食及び夕食代はプロダクション持ちということで、金銭的な不安を持つ必要がないのが嬉しい。
 家を出る前、母親に線香を上げてから、緊張のあまり何回も小用を足し、忘れ物はないかとリュックを確認し、髭のそり残しはないかと鏡を見て(この辺、最終日にはもうどうでもよくなっていたが)、ようやく玄関の扉を開けた。

 小田急線から総武線に乗り継いで約1時間20分。最寄り駅に到着し、すぐにプロダクションへと向かった。
 エレベーターで4階に上がり、扉の前で一度深呼吸をしながらコンコンと2回ノックをする。なんだかバイトの面接前のような心境だ。
「こんにちは」
 そう言いながら中に入ると、プロダクションの皆さんは慌てて私が使うらしき大きな机を片づけ始めた。
「あ、こんにちは。すいません、今片づけますから」
 どうやら、日頃は物置化している机らしい。雑誌や原稿などが山積みになっている。
「いやあ、すいませんね。バタバタしちゃって」
 社長のTさんが、にこにこしながらやってきた。
「えーとね、工藤さんに使っていただくのはこのパソコンなんですよ。僕はウインドウズのことよくわかんないんですけど、工藤さんはその辺大丈夫ですか?」
 片づけられた机に置かれているパソコンは、ディスプレイが液晶タイプの一体型で日立製のものだった。うちにあるパソコン(CPUが486)とは天と地ほどの差がありそうな感じである。
「なんとかいけると思います」
「そうですか。いやぁ、よかった。うちにはウインドウズのことわかる人間いないからね。あ、そうだ」
 Tさんはそう言いながら自分の机に行き、しばらくしてEPSONと書かれてある大きな箱を抱えて戻ってきた。
「これがプリンターです。一応、新品買ったんだけど、つなぎ方とかわかんないから、申し訳ないけど自分でつないで下さい」
 どうやら、プロダクション内にあるマックはすべてLANでつながれているのに対し、このウインドウズは孤立しているらしい。

 その後、パソコンに必要なソフトをすべて入れ、プリンタも無事つなぎ終えた私は、Kさんと昼食を食べながら打ち合わせすることになった。
「工藤君は、好きな物とかあるの?」
 エレベーターで一階へと下りながら、Kさんが話し掛けてくる。
「そうですねー、まあカレーとスパゲティは大好物です」
「カレーとスパゲティかぁ。この辺にうまい店あったかなぁ」
 そう言いながらも、Kさんは心当たりがあるようで、プロダクションがあるビルから、歩いて1分ほどのところにある店に入った。
「一応、ここにはスパゲティあるんだ。カレーはないけどね。うまいかどうかはわからないけど、他に適当な所がないからここにしよう」
「はい」
 今日のメニューと書かれた黒板を見ながら、私は返事をする。
 店の感じは、清水健太郎の失恋レストラン風とでも言おうか。20年前はクロード・チアリのギターが流れていたんじゃなかろうかと思わせるような、クラシックな雰囲気が漂っている。
 Kさんはランチ、私はミートソースとオレンジジュースを頼み、早速打ち合わせが始まった。
「とにかく時間がないからなぁ。どういう手順でやっていくかをきちんと決めないと。そうそう、構成がだいたい出来たんだ、ちょっと見てくれるかな」
「あ、はい」
 KさんはA4ほどの紙を机に広げた。
「文章が出来るだけ多く入るように、2ページ物を少なくして3ページ物と4ページ物を多くしてみたよ。でも、講談社の編集者は絵を多く入れたいと言っているから、3ページ物でも2ページ物ぐらいの文章量になっちゃうかもしれないな」

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