第五十二回 講談社本社ビル


(新橋で降りて山手線の、なんだ、えーと内回りに乗って、有楽町で降りて営団? 有楽町線に乗ってそのまま護国寺と……)
 講談社に行く時は、パソコンに付いてきた駅すぱあとを使っていつも経路をスーパーのレシートの裏などに書いていた。「丸い緑の山手線 真ん中通るは中央線」という、ヨドバシカメラのCMで歌われる歌詞の影響で、どうしても東京というと、

中央線と山手線の簡単な路線図

 こんな感じの、小学生が描いた土星みたいな路線図しか頭に浮かばず、山手線と中央線以外の電車が何種類あってどこからどこに走っているのかさっぱりわからないのだ。しかも、東京で用事がある場所と言えば、100%山手線か中央線を使えば行ける所で、上の路線図で充分間に合い、他のものを覚える必要もなかった。

 窓から見える樹木の葉は、もう山吹色に変わっていた。少し冷えそうなので、上着を羽織って出掛けた。約束は2時でその気になれば昼飯を食べられるが、きっと奢ってくれるだろうから抜いておこう。
 レシートの裏を見ながら電車を乗り継いで、ようやく護国寺に到着した。有楽町線の駅は地下鉄なのでゴミ箱がない。噛んでいたグリーンガムを銀紙に包んでポケットに入れ、階段を上った。
 階段付近には講談社から発行された新刊がガラスケースの向こうに並べられている。来るたびに思うのだが、ここを通ると「これから講談社へ行くのだなぁ」という高揚感を感じる。麹町駅には、日本テレビがすぐ近くにあるため同局で放映されているドラマのポスターが貼ってあるのだが、もし新人タレントが日本テレビで仕事をするためにあの駅で降りたら、私と同じように高揚感を感じると思う。これから憧れだった特別な場所へ行けるという快感。いつでも初心に戻れるよう、生涯忘れたくない気持ちだ。
 地上へと出て、まず左右を見上げた。講談社のビルというのはいったいどこにあるのだろうか。Aさんは本館のすぐ近くにあると言っていたが、私が本館を訪れた時、ビルの建設工事なんて近くでやっていた記憶がない。
 とりあえず、本館に行ってみるかと思い、右斜め上を見ながら歩いているとそれっぽいビルが見えてきた。
(……これかな)
 一見すらりとした風貌だが、近くにある他の建物を圧倒しながら力強くそびえ立っている。重厚な本館とは似てもにつかない、いかにも近代的な建物だ。講談社の部署というのはこんなにも数があるのかと上を見ながら考えてしまった。
 以前来た時はこんなビルはなかったから、間違いなくこれが講談社本社ビルだろう。入り口付近に立っている警備員の制服も、本館にいる警備員のそれと同じだし、入館している人間の風貌もいかにも業界人っぽい。もし違ったらどうしようと思いながら、「いや、もし『おまえ違うだろ』っていうことだったら、止めてもらっても構いませんから」という雰囲気を背中を若干丸めることで醸し出し、中に入った。

「あ、あの」
 入って右側にある受け付けでそう声を発すると、30代ぐらいの女性が笑顔で私の顔を見た。受け付けのガラス、ロビー、すべてが新しい。旧本館は戦前からあった学校と病院を足して2で割ったような感じでいい意味で空気が淀んでいたが、ここはまるで外資系企業のようだ。
「はい」
「児童局のAさんをお願いしたいのですが」
「はい、それではこちらの用紙に必要な事項をご記入下さい」
 見慣れた用紙。間違いない、やはりここは講談社だ。
 用紙を渡すと女性は内線電話でAさんを呼んでくれた。
「直接来ていただきたいということです。○階になります」
「あ、そうすか。どうも」
 訪問者用のバッジを受け取って、指定された階へとエレベーターで上がっていった。すべてが新しいというのはどうも落ち着かない。エレベータに乗っている最中も、上を見たり、パネルを見たり、下を見たり、後ろを見たり、あっちこっち観察した。

「おう」
 Aさんは、エレベーターを下りて、どこからか護送されてきた犯人のようにおどおどしている私を見て、軽く手を挙げた。
「あ、どうも」
「こっちは初めてだったっけ」
「はぁ」
 職員室みたいだった児童局も、やはり広くて白くて明るい外資系企業の部署みたいになっていたが、それより驚いたのはAさん以外の編集者がずらりといたことだ。今までのように夜の9時過ぎてはなく昼間に来たのだから当たり前と言えばそうなのだが、なにしろ今までは誰もいない部屋でAさんが一人でコーヒーを入れたり、砂糖を持ってきたりしていてAさんの一人班みたいに見えていたので、新鮮な感動があった。
「とりあえず飯を食いに行ってもいいけど、先に打ち合わせしちゃおうか」
 Aさんはそう言いながら窓際にある、テーブルを挟んで右側の椅子に腰掛けようとしたが、何か思い出したように私の顔を見た。
「あっ、いや、ごめん、その前に僕の上司を紹介しておくよ。会うの初めてだよね」
 Aさんの言葉を受けて、誰よりも大きな机で仕事をしていた、眼鏡を掛けた少し白髪交じりの、ワイシャツにネクタイ姿の男性が笑顔で私を見た。穏やかな表情で、どこかの学校の校長先生みたいな雰囲気を漂わせている。
「彼が金田一を書いた工藤君です」
「どうも初めまして」
 そう言って頭を下げると、Aさんの上司は目尻に皺を浮かべて言った。
「あなたの書いた本、読みましたよ」
 ぞくぞくっときた。Aさんの上司ということは、きっと児童局ですごく偉い人だろう。スケジュールなんてぎちぎちで、暇というものがほとんどないに違いない。そんな人がわざわざ読んでくれていたとは……。
「どうもありがとうございます」
「彼(Aさん)の期待に応えられるように頑張って下さい」
「は、はい」
 Aさんはやりとりを聞きながら笑っていた。私があからさまに緊張しているのが面白く見えたのかもしれない。

 興奮と感動が頭で渦巻くまく中、10年近く前のことをふと思い出した。
 あれは中一の時だっただろうか。少しずつ溜まっていく自作の推理小説を見ながら、これを出版社の人に読んでもらいたいと思うようになった。新人賞に応募するとなると数百枚は書かなければならない。とてもじゃないけどそんなに書けないので、「ジャンボジェット機が硫酸で出来た雲に突っ込んで消失」というような、今まで見たこともないようなトリックを軸としたミステリを書いて送れば、文章が短くても、

編集者
「へ、編集長!」

編集長
「なんだね?」

編集者
「こ、こここ、こ、これを読んで下さい」

編集長
「(いぶかしげな顔で渡されたものを読む)」

編集者
「……」

編集長
「(呆然とした顔をして、ばさっと原稿を机に置く)本当に中学校一年生の少年がこれを……?」

編集者
「天才ですよ!」

編集長
「すぐに連絡を取りたまえ!! うちで育てよう!」

編集者
「は、はい!」

 という風になるのではないかと考え、以下のような手紙をしたためた。

とつぜんこんなてがみ出してもうしわけありません。ぼくが一応かんがえて、書いた、すいり小説を書きました。もしよろしければ、感想を書いてください。なお、ふうとうに1~4まで番号を書きますからそのとうりよんでください。4つのふうとうがそちらにいくはずです。全部でげんこう用紙23枚書きました。12才 中一

←当時、出版社宛(クリスティファンだったので、早川書房)に書いた手紙。「ぼくが一応かんがえて書いたすいり小説を書きました」という文章も中学生としてどうかと思うが、「とつぜんこんなてがみ出してもうしわけありません」→「もしよろしければ感想を書いてください」→「ふうとうに1~4まで番号を書きますからそのとうりよんでください」と、中学生のわりにやけにひらがなの多い文章が、失礼度を増しながら展開していく様も凄まじい。

 結局、封筒が厚くなりすぎて定形外になってしまい、それだと切手代が足りないという理由で送られることはなかったが、今考えるとそれでよかったと思う。

 手紙を添えて送りつけたりせずとも、いろんな人が自分の原稿を読んでくれるというのは本当に不思議な気持ちがした。そして、今の自分は本当に恵まれていると強く思った。

「じゃ、工藤君、こっちへ」
 Aさんにそう声を掛けられて、私は少し頭を下げた後、椅子に座った。テーブルを挟んで向かいにいるAさんは、大きな封筒から私が送った原稿を取り出しテーブルに置いた。前回同様、送られた年月日やAさんによる感想みたいなものがペンで書かれている。
「えーと、読ませてもらったけどね」
 視線を原稿に向けていたAさんは、そう言いながらゆっくりと顔を上げて私を見た。

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