2011-2-21 Monday

iアプリ版電子書籍『真明解恋愛用語辞典』はこうして作った 前編

 それは、「弊社で作っているePubリーダーのプログラムに工藤さんの作品を取り入れて、iアプリとして販売したい」という主旨のメールをHさんから受け取ったことから始まった。

 ここ3年で5通しかメールがきていない当サイトではあるが、こういうやりとりは何度か経験しているし、以前に「ePubのサンプルとして『新明解恋愛用語辞典』を使わせてほしい」というメールをいただいたことがあったので、特に怪しむことなく、約束の日時に待ち合わせ場所である某駅に出向いた。
 Hさんはネットを通じて人と会うのは初めてだということで、見た目にもかなり緊張していた。ただ、緊張の原因は、私のことをもしかしたら女性かもしれないと思っていたことと、私が黒いニット帽を目深にかぶり、顔半分が隠れるマスクを付け、目しか露出していないような、テキストサイト原理主義(≒自意識過剰)といった格好でいきなり現れたというのもあるかもしれない。

 二人ともコーヒーを注文して、まずdocomoの携帯で実際に動作しているePubリーダーと、ePub版新明解恋愛用語辞典を見せてもらった。実は sigilというソフトでコンテンツのePub化に取り組んでみたはいいが、3年で5通しかメールが送られないようなサイトというのが雰囲気から伝わるのか、特に「○○でePub読みましたよ!」という感想がくるわけでもなく、PC以外の媒体、たとえばiPhoneやiPad上で本当に見られるのかな、と疑っていたので、普通に読めることにまず素でびっくりした。しかもリーダー自体よくできていて、ボタンをぽんぽん押していくとページがめくられて縦書き表示で読める。電子書籍とはよくいったもので、本当に本のようだ。

出会いのきっかけ

「実は工藤さんの、この恋愛用語辞典なんですけどね」
 私がすごいとか大したもんだとか声を上げ、ゲームでもするかのようにボタンを押しているのを見ながらHさんがいった。
「あの、登録されていましたよね、えーと、ePub.jpというサイトに」
 顔を上げ、あ! と歓声以外の声も上げそうになった。
 ePubを作成したとき、サイト上でダウンロードできるようにしたのと一緒に、せっかく作ったんだからと、ちょうど運営が始まった『みんなで作るePubファイル投稿・共有サイト(ベータ)』というところに登録したのだ。

 あそこか、あそこからここにつながったのか!

 ソーシャルメディアで声を掛けられてとんとん拍子に……なんていう話であれば、確かに今風のおとぎ話としては面白い。
 たとえば、ツイッター上で

 こういった会話が展開されて、出版なんていうことになったら、それはそれで楽しいし、ネットメディアで記事になりやすいだろうが、おとぎ話というのはそうそう現実にはならない。

 ツイッターでもFacebookでも、ePub投稿サイトでいうなら抜けてきた感のあるパブーでもなく、ePub.jpがきっかけというのはなんともいかしている、と私は思う。ePub.jpの運営会社には大変失礼であるが、ここは国内のePub投稿サイトとしては一番早かったと思うが、現時点で一番メジャーであるとは言いがたい。
 だが、人の出会いが面白いのは、必ずしもたくさん人が集まっているところへ行けば出会えるというわけではないことだ。角度を少し変えて言うと、どこで誰が見ているのかわからない、スポットライトが当たっていなくても、こちらを気にしている人はいるかもしれないということになるだろうか。

「たまたまだったんですけどね、あそこに登録したのは……。そうですか、あれがきっかけで……」
 私がそう言うと、Hさんは笑って頷いた。

新明解恋愛用語辞典である理由

「それで内容についてなんですけど……」
 コーヒーを飲むためにマスクをはずした私に対して、Hさんが鞄から紙の資料を取り出しながら切り出した。
 実はこの段階で内容は既に決まっていた。
 会う前に何度か送り合ったメールで、まず最初、うちのサイトにあるコンテンツをそのまま取り込めないかという話になった。Hさん曰く、それだったら工藤さんの負担にならず、スムーズに出せるのでということだった。
 となると、恋愛用語辞典はもうサンプルとして出してしまっているので、『ZEROの法則』辺りが候補になる。だが、『ZEROの法則』は本として売り出すにはボリューム不足だし、ネタが完全に切れていて新しいものを追加することはできない、なおかつ、ネットにおいてはあまり新味がない。それ以外のコンテンツについても、なんだかんだですべてプロの編集者によって書籍化を否定されてきた歴史があるのだ。

テキスト王書籍化否定の歴史

エッセイ全般

 文藝春秋社の編集者さんに、「あー、もう無理です、それは。絶対無理」と否定される(さっか道第二回に詳細)

さっか道

 某社の編集者さんが気に入ってくれて、企画会議にかけてくれたが、「特に有名でもない人が小説家になったっていう本、売れると思う?」と否定される

メールフレンド

 某社の編集者さんが「本書かない?」と声を掛けてきてくれたきっかけになったが、「『メールフレンド』はいいと思うけど、形式的に本として出すのは無理だよね」と否定される

ZEROの法則

 某社の編集者さんに、「恋愛本は、『こうすればもてる』といった感じの自己啓発的な内容じゃないと無理。ZEROの法則はネガティブ過ぎる」と否定される

 ただ、『さっか道』と『メールフレンド』はともかく、恋愛コンテンツは電子書籍にははまるんじゃないかと思った。特に『新明解恋愛用語辞典』は、用語別に分かれているので読破しないといけない的なだるさがないし、暇潰しにもよさそう、ツイッターと連動すれば自己表現にも使えるのではないだろうか。しかも書店で恋愛云々とタイトルが付いた本を買うのは勇気がいるが、電子書籍なら敷居が下がる。

 というわけで、Hさんを「新明解恋愛用語辞典にしましょう。有料化の理由になるように新しい用語を加えて、アドバイスっぽい記述をつけてネガティブだけにならないようにしますから」と強引に説得して、iアプリ版の新明解恋愛用語辞典を出すということで決まっていた。
 新しい用語については、いわゆる「工事中」の扱いで最後の更新となっている2004年の段階でタイトルだけは存在していた。新しい用語を一から考えるということだときつかったと思うが、ここに関しては既存のものを流用できるというのも私が推した理由の一つだ。

原稿をGoogleドキュメントで共有化する

 話し合いの結果、既存の80用語と新規に執筆予定の50用語、ここから100を選抜してそれをePubにしようということになった。
「それであの、お願いがあるんですが」
 切り出したのは私だった。
「はい?」
 Hさんは少し虚を突かれた感じで目を見開いて返事をし、それを確認して私はいった。
「執筆の形式なんですが、たとえば、Googleドキュメントのようなものを利用して、原稿を共有化できないかなと思っているんです。どうでしょう?」
 以前から試してみたいと思っていた方法だった。別にクラウド云々と言ってみたいからというわけではない。原稿の進行具合を相互にチェックできれば、お互いが共通の未来――締め切り、このまま進めていくと発生すると予期される問題点など――を、最初から見るための手助けになるのではと考えていたのだ。
 一般的に、本(小説)を書くとなったら、まずプロットを編集者に送り、編集者がOKを出した段階で執筆に入り、そこから最後まで書き上げたものをまた編集者に送る。私は最近、これを「鶴の恩返し方式」と呼んでいるが、編集者が書いている途中のものをチェックして口を挟んでくるということはない。作家も書いている途中の原稿を編集者に読まれるのは気分的に嫌なんじゃないかと思う。中途半端な状態で判断されたくない、完成原稿で評価してほしい、という意識だ。

 ただ、この方法だと共通の未来を見られない時期が多分に発生する。どういうペースで書かれていて、どういう内容で、どこまでできていて、いつ完成するのか、作家(ツル)がはたを織っている間は編集者(おじいさん、おばあさん)は、なにがどうなるのかさっぱりわからないのだ。

 Hさんと、メインプログラマーであるBさんは二人とも編集者ではない。だから、余計、執筆状況が可視化される方がいいと考えたし、理系の人たちだからすんなり受けて入れてくれそうな気がした。

「あ、わかりました」

 予想通り、Hさんは二つ返事だった。

 翌日、Googleドキュメントに共有のスプレッドシートが作られていた。さすがプログラマー、実現化が早い。

 私はまずベースとなるテキストファイルをローカルで作り、書けたものからスプレッドシートに貼っていくという手順を取ることにした。理由は二つ、スプレッドシートは文章の執筆には不向き(改行のためにエンターキーを押すと、確定ということになってしまう)なので、オンラインでは書けないということと、バックアップを残さないのは怖いからだ。

 ローカルのファイルとミラーリングさせないと意味がないので、スプレッドシートにも一見して手抜きにしか見えないような、それこそ殴り書きみたいな段階での文章も貼った。タグを付けられるなら「あとでちゃんと書く」といったものを言い訳として付けたいようなものだ。部屋着でデートをするぐらいの勇気が必要だが、これをやれたのは、事前に、「最初から整った文章を書けるとは限りません」と告知していたのが大きい。

 新規用語がだいぶ出揃った時点で、HさんとBさん、私の三人で会い、いわゆるスイーツを食べながら話し合い、決めたことを新しいスプレッドシートに書き、今度はそこで更新することになった。
 Googleドキュメントで文章を共有化、つまり全員がリアルタイムで同じ原稿を見るという試みが劇的に効いてきたのがここからだった。

  1. すべての用語にHさんの感想が貼られているので、推敲時にまごつかずに済んだ
  2. 文章の修正をする際、ドキュメント上で修正を加えれば、全員が持っている原稿が一斉に変更されることになるので楽だった
  3. やっぱりこの用語はなしで、とか、新しくこれを足して、というときに、一列消したり加えたりするだけで済んだ
  4. この言葉にはstrongタグをつけて、とか、この用語は推敲が終わった、というときは、やはり一列加えて新しい項目を作ってそこに書き入れればよく、簡単だった
  5. 個々の用語を書き表すとき、いちいち「『あたしたち付き合ってるわけじゃないじゃん』の~」と書かなくても、「No.**の」と番号で書けばいいので簡単だった
  6. Bさん曰く、フォーマットが一定しているので、CSV形式でデータを落としてePub化するのが簡単だった

 特に2、3、4はメールで連絡し合っていたら面倒だったろうなあと思う。共有化しなければ、三者三様の原稿と進行表を、それぞれが書き直していくということになるためだ。

 正月を挟み、執筆とePub化はそれぞれ順調に進んでいったが、やはりノウハウがそれほどあるわけではない仕事なだけに、細かい部分ではいくつか問題が発生した。Googleドキュメント以外に、メールとスカイプを使って解決に向けての話し合いを行い、実機の動作を見て判断した方がいいとなったときは実際に顔を合わせて話を詰めることになった。
 私が今でも印象に残っているのは、とある表現の問題だった。

~中編に続く~

posted by kudok @   | Permalink

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