第十回 プロへの第一歩を踏んだ日


 待ち合わせ場所として指定されたのは、新宿からほど近いJR某駅の改札の前だった。
 当時の私の髪型は、見た人間が全員「頼むから切ってくれ」と懇願するほど汚く伸びた長髪。
 もし、待ち合わせしていたのが仕事関係の人ではなく、「凄い楽しいホームページですね。なんていうか、作っている工藤さんに興味を持ちました(*^^*) 一度会っていただけませんか?」という女性だったら、立っている私を見た瞬間、見なかったことにして帰っているだろう。勿論、その後のメールは「すいません、行ったんですけど見つからなかったです。それでは」で間違いない。

 しばらく待っていると、私同様に怪しい外見をした(無精髭にTシャツ)男性がこちらに近づいて来るのが見えた。年齢不詳だが、私より少し年上だろうか。
 編集者というのは、わりときちっとした格好をしている思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「あの、工藤さんですか?」
 男性は笑みを浮かべながら、私の顔を見てそう言った。
「あ、はい、そうです」
「どうもわざわざご足労いただいてありがとうございました。*******のKと申します。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
 二人して頭を下げる。
「早速ですが、すぐ近くに事務所があるので一緒に行きましょう」
「はい」
 そうしてKさんと私は、事務所のあるビルへと向かった。
 途中、「推理小説は書かれたことありますか?」「小説家を志望されているんですか?」などの会話をしながら、淡々と歩いていき、5分しないうちに雑居ビルへと到着した。
「ここの4階なんです」
 Kさんはそう言って、少し早足で中に入っていく。私も辺りを見回しながら続いた。
 エレベーターに乗り4階へ行くと、ドアがいきなりあって、そこには会社の名前が書かれてあった。10年前、ゲーム誌でライターのまねごとをした時に訪れた編集プロダクションは、マンションの一室をそのままオフィスにしていたが、ここはそうではないらしい。
 Kさんがドアを開けて中に入り、私も肩をすくめながら入っていくと、マックがそこら中にあり、本が無造作に置いてある、いかにも編集業務を行っています、というオフィスが目に入った。
「工藤さんを連れてきました」
 Kさんの言葉に、プロダクションを仕切っていると思われる恰幅のいい中年男性が、にこやかな顔をして歩いてきた。
「どうもどうも。初めまして」
 男性はそう言って名刺を出した。
「Tと申します。よろしく」
「あ、はい。僕、名刺持ってないんですいません」
 業界人から名刺をもらうのは初めてである。どこにどうしまえばいいのかよくわからなかったが、とりあえず財布の中に入れた。
「それじゃK君、今すぐ打ち合わせしちゃう?」
「ええ。そうですね。あ、じゃあ、他の人が作ったトリックも見てもらおうかな」
 Kさんはそう言って、パワーブックが置かれている自分の机へと歩いていった。
「やっぱり、工藤さんは小説家を目指しているんですか?」
 Kさんを見送りながら、Tさんが緊張をほぐしてあげようという感じで話しかけてきた。
「はい」
「それじゃ、今回の仕事はいい勉強になると思いますよ。自分の名前が全面に出るということはないけど、一応、講談社から出版されるわけだし、コネも作れるし。ただ、〆切まで時間がないので、ものすごいきつい作業になると思います。それは覚悟しておいて下さい」
 Tさんは相変わらずにこにこしながらそう言った。
「ま、とりあえず座って下さい」
「はい」
 私が座ると、女性がコーヒーを持ってきてくれた。改めてオフィス全体を見渡す。中にいる全員(10人ほど)が、マックに向かって文章を打ち込んだり、他の作業をしている。

(とうとう来たか……)

 私はわからないように、ふうっと息を吐き出した。
 名探偵推理クイズ大百科に感銘を受け、小説家になりたいと思ったのは小学校5年生の時だった。それ以後、「おまえなんかになれるわけがない」「いつまでも夢みたいなこと言ってないでさっさと就職しろ」「考えが甘いんだよ」と言われ続けて早17年。
 しかし私は、ついにここまでやって来たのだ。

 本の著者として出版業界へ―――

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