第九回 「執筆依頼」


 メールをもらって、またいくつかプロットを書き送った後、編集プロダクションから電話がかかってきた。
「もしもし、*******のKと申します。この度は金田一のストーリーを送っていただいて本当にありがとうございました」
「あ、こちらこそありがとうございました」
 かけたことはあっても、業界の人間から電話をもらうことなど初めてだ。
 私は心臓をバクバクさせながら、初々しく答えた。
 それからしばらく、送ったトリックの話などをした後、向こうがこう切り出してきた。
「これはまだ講談社の担当者(後に登場)には言ってないんで、正式な決定とは言えないんですけど、僕としては工藤さんに『金田一少年の事件簿 謎ときファイル2』の全文をお任せしたいんですよ。つまり、ライターとして原稿を依頼したいんです。金田一のことをよくご存じみたいだし、送ってもらったストーリーも面白いし。そんなに多くはありませんけど、一応、今回のトリックのとは別に原稿料をお支払いします」
「はぁ、いやぁ、どうも……」
 全文をお任せしたいということは、ようするに本を丸々一冊書けということだろうか。いや、どう考えてもそうだろう。
「それで、あまり時間もないので工藤さんを拘束することになると思うんですが、お仕事の方はなにをされてらっしゃるんですか? ライターさんですか?」
 Kさんの言葉に、私は声を小さくしながら答えた。
「いえ、単なるアルバイトなんですけど……」
「ああ……そうなんですか……」
 ライターでも作家でもなんでもないアルバイトの男に、ヒット確実の本の原稿を頼む勇気というのはどれほどのものなんだろうか。ちなみに、金田一絶頂期に発売された前作は30万部発行されている。
「そのアルバイトは休めますかね?」
「はい、大丈夫です!」
 彼ハム執筆のために、バイト休業中なのでなんの問題もない。
「それじゃ、講談社の担当者に工藤さんをライターとして推薦しますので、向こうがそれでいいということになったら、よろしくお願いします。多分、大丈夫だと思いますから」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
「それじゃ、失礼します」

 こうして電話は切れた。

(ああ、努力すれば報われるもんなんだなぁ)
 この時ほど、こう思ったことはない。もし、最初の依頼でストーリーなしにトリックだけを送っていたら、この話も当然なかっただろう。
 実際、原稿用紙10枚のストーリーを1つ送ろうが、トリックをそのまま書いて送ろうが、変わらずに1万円(1トリック)もらえたので、わざわざ徹夜して一生懸命ストーリーを書かなくてもよかったのだ。
 つまり、「消えた凶器。氷のナイフで刺したから、溶けちゃって見つからなかった」とだけ書いて1万円をもらうという、名を捨てて実を取る選択肢があったのである。そうしなかったのは、ホームページを開き、そこそこアクセス数も上がったことで生じた、吹けば飛ぶようなプライドのおかげなのかもしれない。

 数日後、プロダクションのKさんから、「講談社の担当者からOK出たので、工藤さんに書いてもらうことになりました」という電話をもらい、打ち合わせをするため東京で会うことになった。
 さっきも書いたが、どこの馬の骨ともわからない男に、天下の講談社から出版される本の文章を丸ごと任せるというのは、本当に大変な決断だったと思う。
 今でこそ、この決断は快挙だったと言えるのかもしれない(本もそこそこ売れたし、私も一応、作家になった)が、この時点では後に「あれは暴挙だった」と言われる可能性の方が圧倒的に高かったのだから……。

目次へ

▲このページの先頭へ戻る