第百回 再走


 朝食は焼いた食パンとコーヒーだった。
 昔は朝にパンとコーヒーなんて考えたことがなかった。前日の夕方に炊いて硬くなったご飯と、炒り卵、あとは挽き割り納豆とお茶というのが例外のない定番だった。
 物書きっぽいからという理由でコーヒーメーカーを買って、もうどれぐらい経っただろう。大して美味いとも思えないコーヒーを入れて、マリームを大さじでぶち込み、熱したコーヒー牛乳みたいな状態にして飲み干す。
 ティッシュペーパーを二枚取って口の周りを拭き、くしゃくしゃと両手で丸めてぽんとくずかごに投げ入れた。そして、両手を後ろ手にして床に付け、首を倒して天井を見上げ、なんとなく考えた。

「みんながみんな、夢を持てて、それを追えるわけじゃないよ――」

 前日に言われた関口の言葉が不意に頭の中をよぎる。
 半年前に言われたら嬉しさのあまり身もだえしそうな言葉だ。○○志望に言えることなのか、それとも私だけに言えることなのかはわからないが、私だけに限って言えば、本を出す前は、困難に立ち向かっている自分というものに酔ってしまっていたことは間違いない。それを他人に認めてもらったんだからたまらない。
 知人に「まだ作文とか書いてんの?」と言われたこと、親戚に「なれるわけがない」と断言されたこと、その他諸々ひっくるめて、そんなネガティブな言葉を掛けられながらも夢を諦めない自分に陶酔していた。あるいは、そこにしか自分の存在理由がなかったから、諦めようにも諦められなかった、“他人から散々馬鹿にされながらも小説家を目指す男”という長ったらしい肩書がなくなってしまったら、自分には本当になにもなくなってしまう。それが怖かったと言えるかもしれない。
 小学生のときに思い抱いた“小説家になりたい”という意思が、いつの間にか“自分が自分であるために、いつまでも小説家志望で有り続けたい”というものにすり替わってしまっていたから、偶然と幸運が重なり、『小説家』に手が掛かったとき、戸惑ってしまった。
 小説家志望の立場で皆に気持ちよく喋っていたのは、小説家を目指しつつも、そういう職業に就けない言い訳と、小説家志望という立場がどれだけ肩身が狭いかという愚痴であり、「じゃあ、小説家になれそうな今、君はなにを皆に伝えたいと思っているんだい?」と問われたときに、自分の至らなさを環境のせいにしていたところ、一流のステージを用意してもらって「じゃあここでなにかやってみて」と言われたような感じで、なにもできずに固まってしまったわけだ。

「小説家っていうのは、自分が人に伝えたいことを作品に込めるっていうのが大事だと思うんだ――」

 またしても関口の言葉が頭をよぎる。
 私は右手で伸びた前髪を額にこすりつけた後、そのまま手のひらで押さえつけて目を瞑りため息をついた。
 彼女の言うとおりだろう。普通、小説には作者の様々な思いが込められている。家族の絆っていいよねとか愛って素晴らしいよね、という以外にも、こんな突飛な話を考えついた俺様最高! とか、これで有名になって金持ちになってやるぜというものもあるだろう。内容はどうあれ、その“伝えたいこと”を包み込んでいる熱に読者というのは感動したり、魅入られたりするのだと思う。
 関口と話したときも思ったが、講談社の原稿にそれはあっただろうか?
 近くにあった座布団をくるりと丸め、それを敷いて頭を載せた。仰向けになりながら胸の上で腕を組んで再び天井を見る。
 自分は、児童向け小説の体裁を整えるのに必死だったような気がして仕方がない。これを書きたいというのではなく、児童小説というのはこういうものだろうという、自分のイメージを表現していただけではないか。物書きっぽいからコーヒーメーカーでコーヒーを入れるという行動とまるっきり一緒だ。
 Aさんから言われたことを忠実に守り、結果として、児童小説のようなものを書いた。誰に向けてというのはあくまでもAさんにであり、実際に買ってくれる子供たちには目を向けていなかった。当然、彼らへのメッセージなどなにもなく、それをAさんに見透かされてボツという結果になった――。

「だよなぁ……」

 思わずそう呟いた。
 惹きつけられる話というのは、ほとんどの場合、話す方が伝えたくて伝えたくてたまらないというものだ。少なくても、あの話は誰かに読ませたくて仕方がないというものではなかった。

(じゃあ、今、俺が人に伝えたいことってなんだろう……)

 ――それがわかれば苦労しない

 すぐにそう自嘲して鼻で笑った。
(……)
 ふと、視線をサイドボードの上にやった。
 黒光りしている仏壇と、母親の葬儀の後、山のようにもらった線香。そしてその隣に微笑んでいる母親の写真。
 思えば、彼女とはたくさんの葛藤があった。別に仲が悪かったというわけではなく、小説家になると言って短期のアルバイトをしていた私を見て、母は不安で仕方がなかったのだろう。幼い頃からうちに遊びに来ていた友人が皆大学へ行って、順調に就職していく中、小説家志望とはほぼ名ばかりで、バイトで稼いだ金で遊び呆けている私を見て、どうしてこんなことになってしまったんだろうと相当悩んでいた。小説家という道もいいかもしれない、でもそれ以前にちゃんと就職してまともな社会人になってほしいという理由で何度もぶつかって、そのたびに私は鬱陶しくなり、家に帰らなかった。
 結局、私は母から小説家になれるように頑張れとも言われず、もういい加減諦めろとも言われず、そうこうしているうちに彼女に死が訪れた。

 母の写真を見つめていた私は体を起こし、そして酸素吸入器をつけてベッドに横たわっていた彼女の姿を思い浮かべた。
 末期癌による痛みを緩和するためモルヒネを投与されていた母は、焦点の合っていない視線を私に向けていた。涙を浮かべ、なにかを言いたそうにしていた。
 もし、今――もしも、今の立場でまだ母の意識があったあの日に戻れたら、私は母になんと声をかけるだろう。

 ――きっと

 喧嘩も多かったが、実は家族の中で一番私を応援してくれて、心配してくれていた彼女に向かって、両手に自分の原稿を載せてもらった、そして自分のことを書いてもらった雑誌を抱え、その一番上に金田一の本を載せ、誇らしげに言うだろう。

「俺、あの後、ずっと諦めずに頑張ったよ」

 ……。

 白黒写真の母は笑っている。
(そうか……)
 私はテーブルに手を掛けて立ち上がり、再び母の遺影を見た。
 自分が今、唯一自信を持って人に伝えられること。それがたった一つだけある。それは諦めずに頑張ればなんとかなるということ。なぜなら、自分が実際に体験したことだからだ。

 諦めるな――

 頑張れ――

 正直、なんてベタで臭いテーマなんだろうと思った。それに、テーマとしては無責任過ぎるんじゃないかとも思った。諦めずに頑張った結果、一生を犠牲にする人だっているだろう。
 でも、自分には他に伝えられることがない。

「やろう」

 自分に向かってそう言った。もう一度やろう――。そこで諦めずに頑張れということを伝えよう。

「――圭くん、頑張れ!」

 不意に彩実ちゃんの顔が思い浮かんだ。
 彼女が自分のどこに惹かれていたのか、聞いたことがないのでわからなかったが、きっと、金田一を書き終わった後、あれをやってこれをやってと、弱気と愚痴混じりながらも前に進もうとしていた自分を彼女は応援してくれていたのだろう。付き合っていたとき、いつも彼女は「頑張れ、頑張れ」と時には笑顔で、時には心配そうな顔をしながらも励ましてくれた。
 女性から別れを切り出されたら、いつだって潔く身を引こう。ずっとそう思っていた。しかし、本当によかったんだろうか。俺は自分の思いをまったく伝えられないまま、別れを受け入れてしまったが、それでよかったんだろうか。
(……)
 迷惑だということは重々承知している。高揚感がもたらした副作用のものかもしれないという自覚もある。友達が相談してきたら止めるだろう。
 でも、別れた直後から心にあったことだが、このまま綺麗に幕を引くことがどうしても耐えられない。もう一度言おう――。自分が納得できる物語を書き上げた後、彼女に伝えよう。

 なにを言うつもりか知らんがやめとけよ

 気のせいかどこからともなくそんな言葉が聞こえてきたが、決意は変わらなかった。彩実ちゃんにとっては迷惑この上ないだろう。だいたい、愛おしいという気持ちがなくなったとまで言われているのだ。しかし、諦めずに頑張ってきて今がある自分としては、彼女のことをこのまま簡単に諦めるというのがどうしても納得できない。
 本を書き上げ、小説家としてデビューできたら、もう一度だけ彼女に伝えよう。もしそれで振られても悔いはない。振られた後、自分が成長したと思い込んでの再告白というのはあくまでもする側の自己満足で、される側にとっては迷惑なだけということはわかっている。それを承知で彼女に伝えよう。

 まだ好きなんだと。

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