第百九回 早暁の涙


(読者の想像を膨らませるようなタイトル……か)
 日はもうかなり傾いていた。窓から木の葉が斜めに散る様子が見える。
 こたつテーブルに腰掛けるとちょうど目の前にテレビの画面が来る。ナショナル劇場の時代劇が再放送されていて、誰かしら映っているのだがまったく目に入らない。『江戸を斬るIV』辺りの紫頭巾(松坂慶子)だったら目に入ったかもしれないが、どちらにしろ気にしている余裕はない。とにかく、『あたしの彼はハムスター』よりいいタイトルを考えなければならないのだ。
「……ハムスター……ハムスター……」
 そう呟いて、しばらくの間、視線を宙にやったまま、ハムスターという言葉と思いつく言葉を上にしたり下にしたりというのを繰り返していた。
 だが、適当に思いついた言葉しか使っていないので「これだ」というのがまったく出てこない。このままだと埒が明かないので方向性を決めようと思い、よし、ストーリーがサスペンスだからそれに合った横文字を付けてみたらどうだろうということで、
バイオレンスハムスター
 と脊髄反射的に口にしてみた。
 しかし、とても少女小説のタイトルとは思えない。
 無駄に時間が過ぎていく中、なおあれこれ考えていた私だったが、やがて違和感を覚え始めて視線を右斜め下に向けて「ん?」と声を出した。
 眉間に皺を寄せ、足を組んで、西日を受けて輝いているわずかに残った木の葉を見ながら考えた。
(俺が今やってることって、女に告白してOKもらって、いきなり二人の子供の名前を考えているような感じなんじゃねえかな?)
 小説はまだ50枚までしか進んでいない。起承転結の“起”の途中ぐらいだ。このまま無事に完成するのか、完成したらどうなるのか、本として出版されるのかもわからない。挿絵を描いてくれる人を決めないといけないから、工藤くんが好きなイラストレーターを教えてくれとAさんにいわれて、舞い上がってあれこれ考えて撃沈した青い鳥文庫のパターンもあり得る。それなのに、困った困ったと口にしながら内心ではまた舞い上がってタイトルのことを考えている。でも、今、私が時間を使って考えるべきなのはタイトルではなく51枚目の書き出しの文章なのではないだろうか。Oさんも考えてくれるといっているわけで、今焦る必要はないのではないだろうか。タイトルを決めるのは最後でもいいのではないだろうか。
「……そうだよな」
 私は、上唇の皮を剥ぎ取るように左手の親指で弾きながら考え続け、納得した段階で両手でぱちんと膝を叩き立ち上がった。

 太陽の光の色が日々変わっていく季節。
 私は日々の生活と時間をリンクをさせない方なので時の積み重ねというものをあまり感じない。だが原稿執筆中、特に後半に差し掛かったときだけは違う。
 あぐらをかいて前傾姿勢でキーボードを叩き続けていた私は、シフトキーをクリックした後に「る」を叩いて句点を打ち、一つの文章を終わらせて後ろにひっくり返った。そして、瞬間的に溜まっていたものを発散したいという一心で爆発的な雄叫びをあげて体を伸ばした。夜ではあるが午後10時前なので騒音的にはぎりぎりセーフだろう。
“ハムスター2.txt”と名づけたテキストファイル。タイトルを後回しにしてすべてをこれに向けたあの日、400字詰め原稿用紙に換算してわずか50枚だったファイルサイズ。それが100枚になり150枚になり、とうとう250枚を超えてきた。
 書き始めた初日はエディタの画面をスクロールせずにすべての文章が読めたが、今ではスクロールバーの下アロー(矢印)をマウスで何十秒も押しっぱなしにしないと読むことができない。さざ波のように超低速スクロールで文章が表示されていく様を見ると幸せになるのと同時に気持ちが高ぶってくる。
 ある夏の暑い日、旧国道の一本道を歩くはめになった。道の左右はすべて畑。目的地までは数キロある。バス停は見あたらずタクシーも通らない。コンビニすらなく休むことさえできない。あのとき、私はぽつんぽつんと置かれた自動販売機ごとに出発点を振り返って、「俺はこんなに歩いてきた」と確かめ、「だからもっと歩ける」「ここまで歩いてきた距離の何分の一進めば目的地に着く」と自分を奮い立たせた。費やした時間と労力を結果として見ることで自信を得て、それをエネルギーに変えたのだ。
 エディタ上に表示されている数千行の文章は、あの日、私が歩いた道程のようなもの。費やした時間が結果へと変わる幸せ。時が流れているのではなく、時を積み重ねているのだという実感。なにかしようと思ってもなにもできず、ただ悶々と開館から閉館まで図書館で過ごしていた日々があるから余計に感じる。

 起承転結でいえば“転”の後半ぐらいまできている。今までは最後に崩落することがないようにと三歩進んで二歩下がる的に神経質に文章を組み立ててきたが、この辺まできたら、一気に完成まで持っていった方がいい。畳みかけるような勢いのある終盤を作ることができる。 
 私は跳ねるようにして起き上がり、モニターを凝視した。

 ここで、「覚えていて当然というように語っているので尋ねづらいんだけど、『あたしの彼はハムスター』ってどんな話だっけ?」という人がほとんどだと思うので、さっか道第六回で記したあらすじを元に改めて簡単に説明しておきたいと思う。

あたしの彼はハムスター 簡単なあらすじ

 高校一年生の相沢由佳は、同級生だった七瀬徹也が自分を助けようとしてワゴン車に撥ねられたという過去を背負っている。徹也は命は取り留めたものの、意識不明の状態が続いていた。
 ある日、探偵である母親とデパートに買い物に行き、彼女はペットショップでサファイアブルーのジャンガリアンハムスターを見つけ、心惹かれるものを感じる。雰囲気が徹也によく似ていたのだ。しかし、由佳の母親はネズミに対してトラウマを持っており、ハムスターを飼うことはできない。
 諦めて帰ろうとする由佳の頭の中に、聞いたことのある声が響いた。
「おい、おまえ相沢だろ? 俺だよ、七瀬、七瀬徹也」
 声の主はハムスターだった。驚いた由佳はハムスターに乗り移っていた七瀬を家に連れて帰る。
 家に帰った由佳を待っていたのは、母親を拉致し、彼女が家のどこかに隠していたディスクを探し出そうとしている男だった。徹也の機転もあって男の襲撃を切り抜けるが、男は母親の命と引き換えにディスクを要求して車で走り去っていった――。

 ジャンルとしては時間制限のあるクライムサスペンスといえるだろう。冒頭から結末までほぼ一日の話になっている。
 徹也は知恵と勇気はあるがなにしろ体がハムスター。由佳は怖がりだが徹也と一緒ならどんな状況も打開できるという信念がある。二人がお互いの足りない部分を補って由佳の母の救出という目的を達成しようと奮闘する、それがこのストーリーの肝だ。

 次に書こうとしているのは、心身共に傷つき、それでも由佳の母救出を諦めない徹也と由佳が、拉致した組織と闘おうとする直前、由佳の夢の中で人と人としてふれ合い、お互いに対する想いを語る場面。クライマックス前のシーンではあるが、この小説での一番の見せ所、一番重要な場面といえる。
 両手を足の上で指を曲げずに軽く組み、頭の中でざっと計算してみたが、400字詰め原稿用紙で30枚ぐらい費やすことになりそうだ。
 一番の場面だから一番の情熱を持ってこのシーンに取り組みたい。今までどんなに書いても一日十数枚程度だったが、私はこの30枚をこれから明日未明にかけて一気に書き上げることに決めた。

 休憩を入れてコンビニのミックスサンドを食べたあと、工藤時間でだいたい午後5時、日本標準時では午前3時頃、私は原稿に取り掛かった。
 まずは話を一から読む。徹也と由佳のこれまでの言動をリアルタイムで追いかけ、二人がこの場面でなにを思い、なにを相手に伝えようとするのか、その気持ちを正確にくみ取るためだ。
 今更「ネタバレ」と文句をいわれることもないだろうからはっきり書くが、物語のラスト、私は単純なハッピーエンドにしないことに決めていた。賞を取った『あたしの彼はハムスター』では徹也と由佳はハムスターと人間というカップルのまま、これからもずっと一緒にいるという結末にしたのだが、青い鳥文庫の小説がボツになり、ハムスターを書き直すということにしてこの話に真摯に向き合えば合うほど、その結末はないんじゃないかと思うようになった。
 よって、互いを想い合う二人が、人と人として触れ合えるのはこれが最初で最後ということになる。そんな場面だから余計に二人の気持ちを大切にしたかった。

 原稿を読み終えて、私は静かにキーボードを叩き始めた。
 徹也になって由佳に気持ちを伝え、由佳になって徹也の気持ちに応える。

 突然視界が歪み、頬に涙が伝うのがわかった。びっくりして、よくわからないまま右手の指の先で拭った。しかし止まらない。やがて鼻水が出てきたので、すすりながらティッシュで溢れ出る涙を拭いた。自分がどうして泣いているのかすぐにはわからなかった。そのうちしゃくり泣きになった。ティッシュがなくなったので枕にのせていたタオルを掴んで何度も涙を拭った。それでも涙は止まらなかった。

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