第百八回 予期せぬ提案


 400字詰め原稿用紙に換算して50枚程度まで進んだのは書き出してから10日ぐらいのことだった。
「……」
 あぐらをかきながら前傾姿勢でキーボードを叩いていた私は、両手を離し、左膝を抱えるようにその手を組んで体を少し後ろに倒してモニター上の原稿を見た。一段落ついたなと思ったときに必ず取る体勢だ。
 それから体を戻し、大きめなマグカップに入っている冷めたコーヒーを口にしたあと、マウスを手にしてエディタ上の文章を何度か前後させた。
 弾けたことをいわせたり、突拍子もない行動を取らせたりとただキャラクターを立てることに必死だった青い鳥文庫用の小説と違い、“タメ”を作るためにキャラクターの感情を意識して書いているせいか、作者として感情移入できている感じがする。乗って書けているときに感じる熱みたいなものが伝わってくる。“手応えあり”だ。
 ある程度書けたところで角川書店のAさんに見せるという約束だったので、私はここを区切りにすることにした。横書きで読むのと縦書きで読むのとでは印象が違うことが多いので、一旦縦書きでプリントアウトして文章を校正し、直した部分をエディタで打ち直し、できたテキストファイルをメールに添付してAさんに送った。

 一息ついたので立ち上がってカーテンを開け、窓の外を見る。午前5時。まだ真っ暗だ。ずっと書いているとどうしても昼夜逆転してしまう。夏ならもうだいぶ明るくなっている頃だろうか。段々と目が慣れてきて部屋の前にある木の葉がもうほとんどなくなっている様子が見えた。枝だが揺れているわけでもないのに風を感じる。外は寒いだろうなあとふと思う。
 振り返って、モニターに映し出されたデジタルの原稿、そしてモニターのそばに置いたコピー紙のアナログな原稿を見る。

『あたしの彼はハムスター』

 結局、ここに戻ってきた。

 数年前の自分に、「俺、いま ローティーンの女の子向けの小説を書いているんだ」といってこのタイトルを口にしたら、どんな反応をするだろう。自分のことだから簡単に想像がつく。多分こちらの肩を何度も叩きながら「まじで?」といって笑うだろう。
第五回 少女小説に対する苦悩と妥協』に、『あたしの彼はハムスター』を新人賞に応募したときの私の正直な気持ちが書いてある。

(こんなんでいいのかな)

 この時点での私であれば、その笑いに照れ笑いで応えていたかもしれない。

 しかし、今の私は照れたり、「少女小説というものを一度書いてみたいと思ったので、そういう実験的な作品」などとうそぶくつもりはない。

『金田一少年の事件簿謎ときファイル2』
『青い鳥文庫用のボツになった小説』
『Kさんに依頼されて書いた数々の原稿』

 ――これまで得た経験と知識の集大成。この小説の完成型は現時点での私のすべてだ。

 角川書店のOさんから電話が掛かってきたのはその日の夕方だった。
「あ、工藤くん? Oですけど」
「あ、どうも、こんちは」
 手のひらの下の部分で目をこすりながらいった。昼前に寝て起きたのはついさっきだ。結局、寝たのは5時間ぐらいだろうか。私の友人で昼夜逆転状態になる人はいないので、昼夜逆転のときに自分の状況を説明する場合、私はよく「工藤時間で○時」といっていた。今は工藤時間で朝の5時ぐらいに相当するだろう。
「原稿受け取りました。ありがとう」
 問題はこの後だ。私の経験からすると愛の告白をされた女性の返事の仕方が何通りもあるように、原稿の判断の伝え方は編集者によってまったく違う。
 講談社のAさんの場合、OKのときはなぜか不機嫌そうに「これで進めて」とだけいって電話を切ってしまい、NGのときは関係のない話題を入れて和ませたり、原稿の一部分を誉めたりして、「あ、いいのかな」と思い始めたときに「書き直して」ということになった。編集プロダクションのKさんの場合は、OKでもNGでも必ず冒頭で伝えてきた。Oさんの場合はどうなんだろう。
「いいと思います。このまま進めてください」
「あ、はい、ありがとうございます」
 ほっとしたのと同時に、空いた左手の平をぐっと握って胸の前に挙げた。手応え通りだ。
「あ、でも、ちょっと気になったところがあって――」
 Oさんは致命的ではない修正点をいくつか指摘したあと、突然重い口調でこう切り出した。
「――それで、実はお願いがあるんだけど」
「はあ」
 なんだろう。前に話に出た漫画の原作のことだろうか。あれから全然話がないので単純に流れたんだと思っていたが……。
「タイトルのことなんだけどね」
「え、あ、はい」
 予期せぬ言葉が出て一瞬動揺した私の返事にOさんが被せるようにいった。
「『あたしの彼はハムスター』。これって変えられないかなあって思うの」
「え!?」
「ほら、このタイトルってストレート過ぎるでしょ。もう少し読者の想像を膨らませるようなタイトルにできないかなあって。あとね、“あたし”っていう言葉がちょっと問題なのよね。この言葉って正しいというわけではないでしょ。文章中で使う分には問題ないんだけど、タイトルとしてはどうかという意見が編集部で出ているの」
「あー……」
 なんとなくそう口にしてなにか言葉を続けようとしてみたものの、タイトルを変えるなんて想像もしてなかったことなのでなにも出てこなかった。
「わたしの方でも考えてみるから、工藤くんも考えてみて。それじゃよろしくね」
「あ、はい、わかりました」
 そう返事をして電話を切ったものの、これは困ったことになったぞと受話器を洋服ダンスの上に置いて腕を組んで考え込んでしまった。

 私が仕事をしたという限定での話になるが、プロの編集者というのはかなり自由に書かせてくれる。言葉の使い方をいちいち指摘してくるということはまずない。サイトで書く方がよほど読者に厳しく指摘されるんじゃないかという気がする。
 が、しかし、細かい部分をいってくることも間々ある。すぐに思いつかないので例が少なくて申し訳ないが、たとえば、教育関係の会社が発注主の仕事で「一生懸命」を「一所懸命」に直されたことがある。「一生懸命」はもともと「一所懸命」であり、当社の出版物は全部こちらで統一しているのでという理由だった。NHKのサイトに説明が載っていたので引用したい。

『一生懸命がんばりました!』ふと、思うことはありませんか。一所懸命? 一生懸命?どちらが正しいのでしょう。元々は「一所懸命」で、鎌倉時代、“武士が賜った一カ所の領地を命がけで守り、それを生活の便りとして生きたこと”に由来しています。文字通り、“一つの所”に命を懸けるだったのですね。これが「一生懸命」となったのは、江戸時代に入ってからで、“命がけ、必死な気持ち“から、”一生“と書くようになり、「一生懸命(いっしょうけんめい)」となったのです。

気になることば

「アタッシュケース」を今はこちらの方で統一しているからと「アタッシェケース」に直されたこともある。理由は「一所懸命」と同様である。もともと「アタッシェ(ケース)」だからだ。これは校正が入る言葉としては有名かもしれない。ジャストシステムのサイトに説明があったので引用しておこう。

フランス語ではattache【eの上にアクサンが付く】で、アタシェと発音しますが、アタッシェケースがアメリカのビジネスマンに愛用されるようになって、英語に入り、英語文脈では(アクサンを無視した発音で)アタッシュケースという発音もなされるようになり、それが日本語に入ってきたと考えられます。今の日本でアタッシュケースというのが多数であるということから、フランス語から日本語に入ったというよりも英語から日本語に入ったと考える方が妥当だろうと思われます。
言語への関心が高い人(言語知識が多い人)は、フランス語語源意識があってアタッシェケースがやや多いのではないでしょうか。

ATOK.com:日本語アンケート「外来語の使い方・外来語に対する意識」

 以上の考え方をあてはめると、「あたし」はもともと「わたし」であり、タイトルという重要な部分に用いるならば「わたし」に言い換えた方がよい。ただ、そこを解決したとしてもそのまんまなのは変わらない。だったら全部変更してしまおう。Oさんの提案はいちいちもっともだ。
 とはいうものの、私の頭の中ではあのタイトルがストーリーと完全にくっついていて引きはがせる感じがしない。愛着があるという以前にはまり過ぎているのだ。

「……まいったぞこれは」
 私はそう口に出してこたつテーブルの上に座り込み、組んでいた腕をほどいて右の手のひらの下を額にこすりつけた。

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