第十七回 初見参


「工藤君、編集者に会ったら……Aさんっていうんだけど、いろいろ質問とかした方がいいよ。今、児童文庫の編集者として注目されている人だからね。きっと勉強になると思うよ」
 講談社がある護国寺駅に向かう途中の地下鉄の中で、Kさんは言った。
「はい」
 原稿の入った紙袋を持ちながら、私は頷く。
 出版社の編集者と会うというのは初めてのことである。講談社と言えば、超一流の出版社だ。そこの編集者ならば、アルマーニかなんかの背広を着て、いかにも切れ者といった雰囲気を漂わせているような人に違いない。いったいどんな話をしてくれるんだろう。私の胸は期待でときめいた。
「あ、着いた。ここだよ、ここ」
 電車の扉が開き、私とKさんは急いで降りた。
 駅の名前を見ると、確かに「護国寺」とある。間違いない。
「講談社って、ここから近いんですか?」
「うん。駅出てすぐだよ。2、3分で着くんじゃないかな。ま、とにかく時間がないから走っていこう」
「はい」
 それから自動改札を出て、右に行き、直線通路を100メートルほど走って右にある階段を駆け上った。
 途中、講談社が自社の本を宣伝しているショーウインドウなどを通り過ぎ、徐々に気持ちが高ぶっていく。
 角川書店と新潮社の建物は知っているが、講談社のそれは見たことがない。いったい、どんな建物なんだろうか。
「ここだよ」
 階段を昇り終え、数十メートル歩いた先。
 立ち止まったKさんはそう言って、指をさした。
「はぁ……」
 建物自体は相当古いが、角川書店や新潮社にはない迫力がある。こんな大層な所に入っていいんだろうか、という感じだ。
「もう正面からは入れない時間だから、裏に行こう」
 Kさんと私は建物の左にある門から入っていった。
 途中、立っている警備員が私の姿を見て、
「あー、君、ちょっと待ちたまえ」
 とか
「おい、許可はあるのか!?」
 なんて言ってくるんじゃないかと心配したが、結局、何も言ってこなかった。
「なんとか間に合ったな」
 Kさんが腕時計を見ながら言う。
「あ……っと、そうそう、名前書かないといけないんだよね」
 受付の女性を目の前にして、出入り口付近に設置されている台の上で、Kさんが自分の名前と私の名前を備え付けの紙に書き込んだ。
「工藤君、後々一人で来ることもあるだろうから、用紙の書き方覚えておかないと駄目だよ。会社の名前は関係ないから、自分の名前と電話番号と、あと来た時間ね」
「はい」
 その後、必要事項をすべて書き終えたKさんは、用紙を受付の女性に渡し、2つ、バッジをもらった。縦1センチ、横2.5センチほどのプラスティックに「KODANSHA」と書かれているものである。
「このバッジは必ずつけなくちゃ駄目なんだよ」
「はい」
 そう返事をしながらバッジを受け取り、シャツにつけようとしたその時である。
「あれ、今来たの?」
 思わず顔を上げると、体格のいい、カジュアルな格好をしている男性が目に入った。年齢はKさんよりも5つぐらい上という感じだ。なんとなく、鈴木光司に似ている。
「遅れちゃいけないと思って走ってきましたよ。あ、そうそう、工藤君を連れてきました」
「え、彼が工藤先生?」
 男性は笑いながらそう言って、目の前にあるエレベーターに乗った。私たちも慌てて乗り込む。
「いや、思っていたよりも全然若いなぁ。もっと年のいった人だと思ってたよ。いやぁ、なんか期待出来るな」
 エレベーターが上昇するのと同時に、男性が私の顔をしげしげと見ながら言った。
「工藤君、こちらがAさん」
「あ、どうも工藤です」
 目の前にいる編集者は、着ている服こそアルマーニではなかったが、(なるほど)と言いたくなるような雰囲気を漂わせている。
「工藤君は今何歳ですか?」
「27歳です」
「いいねー、27歳」
 ちなみに、Aさんの「今何歳?」は会話における掴みのようなものらしく、私はこの時から現在まで、かれこれ20回は聞かれている。
 やがてエレベーターは目指す階に到着し、3人は笑顔のまま、ゆっくりと降りた。
「どうですか、工藤君」
「はい?」
 先頭を歩いていたAさんが突然振り返り、私に話し掛けてきた。
「金田一の仕事が終わった後、うちの文庫でオリジナルの小説を書く気ないですか」

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