第十八回 プロの条件


「うちの文庫でオリジナルを書く気ないですか」
 その言葉は私の低い血圧を一気に上昇させた。ようは、小説家として講談社からデビューしませんか? と誘いをかけられているわけである。
 しかし、額面通り受け取っていいのだろうか。とりあえず、話題を振っただけかもしれない。
「いや、それはもうチャンスがあれば」
 私の言葉にAさんは足を前に進めながら、首だけこちらに向けて言った。
「実は今、若い書き手を探しているんですよ。僕、工藤君はもっと年の行った人だと思っていたからさ、でも、会ったらこんなに若いし。……えーと、いくつだっけ? 27歳か。いいよね。ま、その辺のことは金田一が終わったら話しましょう」
「はぁ」
「じゃ、とりあえず中へ」
 Aさんの案内で通された場所は、誰もいない編集部だった。雰囲気的にも大きさ的にも小学校の職員室に極めて近い。
「コーヒー入れてくるから、座っていて下さい」
 私とKさんはAさんの言葉に首だけで頷いて、ソファに腰掛けた。
「いやー、女の子がいればいいんだけど、みんな帰っちゃってさぁ。普段はもうちょっと賑やかなんだけどね」
 湯気を立てているカップを2つ持って、Aさんが戻ってくる。
「ま、どうぞ」
「あ、どうも。いただきます」
 私が砂糖をコーヒーに注いでいると、Kさんが書類袋から原稿を取り出した。
「えーと、とりあえずこれが今まで出来上がっている分で、こっちが新しい原稿です」
「そう。じゃ、新しい原稿から先に」
 AさんはKさんから原稿を受け取り、鋭い目で読み始めた。
「うん……いいんじゃないですか」
 最初に見たのは、金田一の中でも私一押しのトリックを使ったエピソードだった。それにしても、一話(およそ400字詰め原稿用紙5枚分)を読むのに20秒かかっていない。本当に読んでいるんだろうか? とも思ったが、編集者ならそれぐらいのスピードで読めて当たり前なのだろう。
 その後、いくつか問題は指摘されたが、だいたいOKということで場は落ち着いた。
「ところで工藤君」
「はい?」
 一息ついて、コーヒーカップに口をつけた私にAさんが言った。
「もう少し、読者のことを考えてほしい部分があるな」
「……」
「たとえばここ、『被害者は奔放な性格で』という所。この本を読むのは、だいたい小学校高学年から中学生とうちでは考えている。だから、その辺の読者層に合わせた言葉で書いてほしいんだよね。確かに、この本を読むのは活字に慣れた子供たちかもしれない。奔放という言葉もわかるかもしれない。だけど、漫画の方が好きな、本を読むのがあまり得意ではない子供たちに僕は読んでほしいと思っている。だから、そういうことを考えてこれからは書いてくれないかな。もし、これから君がプロとしてやっていきたいというのであれば、読者に合わせた文章も書けないと駄目だよ」
「……」
 私は、自分の文章は誰に対してもわかりやすいはずだし、読みやすいという自信を持っていた。実際、人からよくそう言われていた。だから、誤字・脱字は直しても、言い回しを直すなんていうことは考えてもいなかった。

「これから君がプロとしてやっていきたいというのであれば、読者に合わせた文章も書けないと駄目だよ」

 読者に合わせた文章……。
 私は今まで考えていただろうか? 自分がいいからこれでいいんだというスタイルではなかっただろうか。
 文章がわかりづらいと言われれば、わかるように努力してくれと考えていたのではないか。
 読者の立場に立つことと、読者に媚びを売ることを混同してはいなかったか。
 私はこの時、今までの考え方、文章執筆への取り組み方を改めることにした。
 誰に対して書いているのか、その人たちにとって読みやすい文章とはどういうものなのか、作家としてお金をもらうなら、相手の立場に立って自分の文章を見ることが出来ないと駄目なのだ。
「わかりました」
 頭を下げた私に、Aさんは軽く頷いて席を立った。
「うちの文庫を何冊か渡しておきます。今、すごく人気があるシリーズなんだけど、とりあえず読んで研究してよ。で、プロットを考えてみて下さい」

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