第二十六回 週刊少年マガジン編集部 その3


「じゃあ、まず写真を先に撮りましょうか」
 Aさんがそう言うと、待機していた年配のカメラマンさんが大きなカメラを取り出し、金成さんに向かってポーズを取るように言った(どうでもいいが、Aさん、Kさん、そして私も「金田一少年の事件簿 謎ときファイル2」に被写体として登場している事実はほとんど知られていない)。
「えっと、どんな感じで……」
「そうですね、じゃあコミカルなまずポーズで」
「コミカルなポーズっていうと、こんなのとか」
 金成氏は頬を思い切り膨らませ、そこに両手の拳を当てた。恥ずかしがってやると見ている方も恥ずかしくなるものだが、さすがに取材慣れしているだけあって一連の動作が実にスムーズだ。
「ははは、いいですね!」
 カメラマンは笑いながら言って、数十枚の写真を撮った。
「じゃあ、質問の方、いいですか?」
 場が落ち着いて、Aさんがそう切り出す。私は質問が書いてある紙を広げてKさんに渡した。
「はい、いいですよ」
「今日はどっちが質問するの?」
「あ、今日も僕がします」
 Aさんの質問にKさんが答え、私が考えた質問を金成氏にぶつけていった。
 和気藹々と質疑応答が続き、話題が「佐木竜太について」になった。佐木竜太とは金田一少年の事件簿の4巻から登場する脇役キャラクターで、ビデオカメラであらゆる出来事を撮影するのが趣味なオタクという役柄だった。
「いやあ、しかし佐木君が死んだ時にはいろいろと手紙が来ましてねぇ。なんか、隠れファンが多かったらしいんですよね」
 都丸氏が苦笑いをしながら言う。
 そう、佐木はある事件で殺されてしまうのだ。なにしろ少年漫画なので、主人公と親しい間柄の人間が殺されてしまうというのは実に衝撃的だった。
「それで急遽、佐木の弟を登場させたわけなんですけど、未だに佐木がどうしてあんなに人気があるのかわかってないんですよ。別にかっこいいっていうわけじゃないし。なんでなんですかね、金成さん」
「僕にもわかりません」
 金成氏があっけなく即答したので皆は笑ったが、私は笑う前に不思議に思った。佐木の人気の理由がわからない? 待て待て、俺は多分、佐木の人気の理由を説明出来るぞ。読者の嗜好を作者というのは意外と掴んでいないものなのか?
 私は金成氏と都丸氏に自分の考えを言いたくてうずうずした。
 だが、笑いの後というのは話は意外と盛り上がらないものである。じゃあ、とりあえず次の話題に行きますかという雰囲気になりかけていた。
 まずい。話題が移ったら佐木の話なんて出来ないだろう。原作者がわからないことを自分が答えるなんてえらく痛快なことを、もう行えるチャンスはないだろう。だが、税金を一億円も払っている人と有能編集者相手に、「いや、待って下さいよ。俺の話聞く前に話題変えることないでしょう」なんて切り出せる勇気はとてもない。
 その時だった。
「工藤君はどう思う?」
 Kさんが微笑みながら私を見ていた。
「え?」
「佐木の人気の理由」
(よくぞ聞いてくれた、ありがとうKさん)と心が熱くなるのを感じながら、私はわざとらしく咳払いをしながら口を開き、早口で言った。
「僕は、今の金田一っていうのは完全でありすぎると思うんですよ。漫画の中で金田一の能力に逆らえる人っていないでしょう。周りも彼のことを崇めている。そんな
中、佐木だけは何度か金田一の上を行っているんですよね。ビデオを使って犯人のトリックを指摘したり、金田一が知らない知識も持っている。金田一がオタクだオタクだと馬鹿にしている佐木が、ある瞬間、神である金田一を上回るというのが読者は痛快なんじゃないでしょうか。佐木って、等身大のキャラクターですよね。IQだって金田一みたいに180もないだろうし、お祖父さんが有名な探偵でもない。読者は彼を身近に感じていると思いますよ。身近な存在が凄い存在をやり込めたりすれば読者は絶対楽しいですよ。不完全でありながら凄いところがあるっていうのが、人気のあるキャラクターの基本ですよ」
 文章だからなんとなくまとまっているが、実際は無意味な比喩などを繰り出しながらこの10倍ぐらいの言葉をまくし立てたと思う。
「……」
 私の熱弁に場は静まりかえった。
 金成氏と都丸氏はしばらく圧倒されていたように見えた。(そんなに偉そうなあんたはどこの何様ですか?)という気持ちもあったかもしれないが、かなり深く私の意見に聞き入っている様子だった。
「そうか……なるほど……」
 最初に口を開いたのは顎を手でさすっていた都丸氏だった。
「読者はそういう風に考えていたなら、なるほどっていう感じですね。いや、金成さんどうですか?」
「うん、確かにそうかもしれない。そうか、そうだったのか。確かに今、金田一に対抗出来るキャラクターっていないな」
「そうだ、今度、金田一のライバルみたいの出しましょうよ。犯人役としてではなく探偵役みたいな形で。金田一と同年代ぐらいがいいですよね。で、友情関係も築いたりしていって」
「そうですね、考えてみます」
 この後、あのキャラクターはライバルとしてはどうかなとかこういう風に絡ませればいいのではないかとか二人の会話は次第に熱を帯び、Aさんも間に入って金田一の新キャラ話で盛り上がった。
 二人の反応を見て、私はあることを考えていた。
(もしかしたら、プロの才能っていうのはそんなに突き抜けているっていうわけじゃないのかもしれんぞ)
 金成氏と都丸氏はどう見ても結構感心している様子だ。もしかしたら、二人の才能に比べ、俺の才能は互角以上のものがあるのではないだろうか。考えてみれば、俺は金田一の話の欠点もわかっているつもりだ。ということは、俺は金田一以上の話が作れるんではなかろうか。

「いやあ、工藤君、感心したよ! さすが!」
 インタビューが無事終わり、児童局に戻るなり、Aさんは満面の笑みを湛えながら私の肩を叩いた。
「もしかしたら、君のせいで新しいキャラクターが生まれるかもね」
 Kさんも笑顔だ。
「あの二人、本気で感心していたよ。いや、これでますます工藤君に青い鳥文庫の本を書いてほしくなった。ほんと、よろしく頼むよ!」
「なんとかやってみます」
 リップサービスではないというのは感じていた。大手出版社の編集者が本気で自分に期待を掛けてくれている。
(俺はやれる、このまま間違いなく売れっ子作家になれる)
 自分が作家になったら、なれないと言った人間に謝らせたいと思っていた。ざまあみろと言いたかった。でも、そんなことはもうどうでもよくなっていた。自分の真価がわからない人間ともう会う必要なんてない。俺は一段上に行ったのだ。
 膨れ上がっていく自信。いや、もう自信ではなかった。「慢心」だった。

 その慢心がとてつもなく大きな穴が空けることになるということを、この時の私はまだ知らなかった――。

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