第二十七回 名前


 4月の終わりに話を受けてから約1カ月半。インタビューも終わり、仕事は最後の詰めに入った。ずっと楽しみにしていたワールドカップも見ることなく、ただひたすら本の執筆に携わった日々がもうすぐ終わろうとしていた。
 恐怖新聞を定期購読しているような苦しい毎日だったが、なんとかやって来られたのは、とにかく自分が書いた本を見てみたいという一心からだろう。
 この時点においても、「工藤、まじすげえ」とか「頑張れよ!!」とか「あたし……頑張っている工藤君のことが好きっ!!」とか誰からも言われなかったが、自分自身、本当によくやったと思った。
 推理クイズ執筆とインタビューだけだったらこの時点で私の仕事は終わっていたのだが、「せっかくだから、工藤君全部やってよ」ということで、

推理クイズのストーリーに合った絵をコミックスから探し出す

 たとえば、推理クイズの中で金田一が笑う場面があったら、コミックスから金田一が笑っている絵を探す。これが一番時間がかかった

絵の吹き出しに新しく台詞を入れる

 推理クイズで金田一が悲しんでいるような場面があったら、コミックスから探し出した絵に『悲しい過去が引き起こした犯罪か……』なんていう台詞を入れる。下にある例を見るとわかりやすい。一つ一つの字数は大したことないのだが、量があったのでかなり苦労した

漫画のコマ オリジナル漫画のコマ 台詞を入れかえた

金田一少年の事件簿 第2巻より

本に使う写真の撮影現場に立ち合う

 トリックを説明するビジュアルを入れる時、絵は使えないので、講談社の社員さんに頼んで実践してもらった。ちなみに私、Kさん、Aさんの三人も被写体になった

 以上の仕事も行った。合う絵がない時はイラストレーターさんに頼んで描いてもらい、吹き出しに台詞を入れる時は、編集プロダクションのみんながマックを使って徹夜ではめ込み、写真を撮る時は全然関係ない講談社の女性社員さんが駆り出され、本なんて書き手と編集者がいれば充分だろう、と思っていたが、実際は様々な人間が絡んで、一緒に作り上げるということが、この仕事を通じてよくわかった。

「工藤君、ちょっと」
 いつものように手ぐしで髪の毛をぶちぶち抜きながら、推理クイズに合った絵を探しているとKさんが声を掛けてきた。
「はい?」
「原稿が刷り上がってきたんだ。ちょっと見てみるかい?」
「あ、はい!」
 Kさんがどこからともなく取り出した紙は、インクの匂いがする真新しいものだった。
「……」
 受け取った私はしばらく声が出なかった。
 私が書いた文章が活字になっている。私が適当に思いついたオリジナルキャラクターの名前、必死になって考えたトリックとストーリー、そして犯人役で使った友達の名前、すべてが活字になって並んでいる。ワープロのものとはまるで違い、書店に並んでいるプロ作家の本のそれとまったく一緒だ。ページ番号と、イラストレーターさんが描いた絵もちゃんと入っている。まさしく、市販される本の1ページを切り取ったものだった。
「あ、そうそう」
 Kさんが別の紙を出してきた。
「これ、俺じゃなくてTさん(もう忘れてしまっている方もいるかもしれないが、編集プロダクションの一番偉い人)の意見なんだけどさ」
「あ……え、あ、はい」
 Kさんは私のリアクションを観察しながら、にやにやと笑い、こう言った。
「『工藤君は将来、小説家になりたいわけだから、記念すべき最初の本には作家としてちゃんと名前を入れてあげよう』ということになったんだ。普通、こういう本にはあんまりライターの名前って入らないし、俺も必要ないと思ったんだけど、ま、特別っていうことで。Tさんに感謝するんだね。ほら見てみな」
 Kさんが差し出した紙を受け取った。黒一色が目立つ紙。触ったら、黒い部分に指紋が付くほど真新しい。その黒い部分に微かに白抜きの部分がある。
「あ……」

本に書かれた関係者の名前

 工藤圭。

 クイズ制作の所だけではなく、本文執筆という特別な枠にもその名前はあった。
 どこからともなく込み上げてくる様々な思い。胸の辺りをぐるぐると回っているような、不思議な感じがする。どう表現していいのかわからないが、かつて経験したことのない感動が猛烈な勢いで体全体を包んだ。

「よかったな」

 そう言った、無精髭姿のKさんの笑顔を思い出すと、「君の名前については、俺は必要ないと思った」との言葉は、Kさんがよく言うあまり笑えない冗談だったのではと今では思う。
「あ、あの、これ親に見せたいから持ち帰っていいですか」
 という言葉が出そうになったが、飲み込んだ。ちゃんと本の形になった時に渡そう。その方が父親も喜ぶに違いない。
 紙を返した後、仕事を再開するため机に戻り、ゆっくりとコミックスを開いた。

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