第三十五回 角川書店からの電話


 神懸かり的に何かが連鎖する時がある。
 普段まったくもてない男が、モデルに告白された後、コンパニオンに告白され、アイドル歌手に告白された、なんていうケースだ。私の場合、松本さん(仮名)に「もう絶対性格が合わないからさ、切るから(関係を)」、山口さん(仮名)に「どう見てもお兄ちゃんとしか見られません」、戸田さん(仮名)に「一緒にいて楽しいけど、彼氏がいるんだよね」と続けて振られたケースなどが当てはまるかもしれない。まあ、これは神懸かりと言うより、いつものことなのだが。

 ホームページを開設した→編集プロダクションから執筆依頼が来た→その流れで講談社の本を書くことになった

 これだけでも一生に一度あるかないかの流れなのに、更にだめ押しが待っていようとは想像すらしていなかった。
 Aさんから電話があって数日経った日のことだ。
 会う前に新しいプロットを作っておこうと部屋で唸っていた時、電話がかかってきた。床に仰向けに転がっている、針が曲がっているために普通に置くと止まってしまう時計を見ると、午後9時過ぎ。友人からだろうか。しかし、友人なら携帯電話にかけてくるだろう。
 なんとなく、嫌な予感を抱いて受話器を取った。
「もしもし、工藤ですけど」
「あ、工藤さんのお宅ですか。圭さんはいらっしゃいますでしょうか?」
 聞き慣れない女性の声だ。
(やはり……)
 私は思った。これは勧誘電話に違いない。当時、インターネットの懸賞サイトに入り浸っていって、片っ端から懸賞に応募していたせいか、毎日のように勧誘電話がかかってきていたのだ。
 女性が電話してくる場合はまず100%、ホテルに格安で泊まれたり、レジャー施設を無料で使えたりという、50万円ぐらいする会員権の販売だ。
 結構ですと言って電話を切ろうか。だが、まだ勧誘電話と決まったわけじゃない。ひょっとして、中学校の同級生が告白のために電話をかけてきてくれたのかもしれない。
「僕ですけど……」
 声のトーンを落とし気味に言うと、女性はほっとしたように口調を変えた。
「あ、工藤圭さんですか。わたくし、角川書店のOと申します」

(……角川書店?)

 最初、講談社と聞き違ったと思ったが、講談社と角川書店じゃ一致しているのは「し」ぐらいだ。
(なんだ……角川書店からの電話ってなんなんだ……角川書店? なんか俺に関係あったっけ……あ、金田一に関係あるのか、いや、金田一はまだ発売されてないぞ)
 必死になって考えていると、電話の女性はこう言った。
「あの、小説ASUKA新人賞に応募されましたよね?」
「あ……」
 私は続けて言いそうになった。

 あたしの彼はハムスター!!

 なんだ、あの作品がどうかしたのか、いったいなにがどうなっているんだ今、と再び頭をぐるぐるさせていると、落ち着いた口調のこんな言葉が聞こえてきた。
「実は工藤さんが書かれた『あたしの彼はハムスター』が、小説ASUKA新人賞の期待賞を受賞したんです」
「え!?」
「それで、私が工藤さんの担当になりました。読者大賞にもあと一歩だったんですよ。別の方と競い合って、ほんとに一票とか二票の差でした」
 この別の方とは、15回ぐらい後に登場していただくことになるであろう、後藤文月さんのことである。授賞式の後、後藤さんが10万円を受け取ったのを見た時、1万円だった私の心は少し動揺した。
 まあそれはいいとして、Oさんからの電話を受けて、私はかなり興奮していた。金田一、講談社青い鳥文庫、そして角川書店だ。舞い上がるなという方が無理だろう。
「だけど、工藤さんって本当に男の方なんですね。あの作品を読んでいると、どう考えても女性にしか思えなかったのでびっくりです。今までも、あんな感じの小説を書かれていたんですか?」
「いや、えっと、ああいうのはこれが初めてでした、はい」
「そうですか。まあその辺のお話は授賞式でさせていただくとして、えーとですね、残念ながら小説ASUKAはなくなってしまうんですけど、今度、新しく文庫を作ることになったんです。その文庫で、今回の新人賞を受賞された方たちに書いてもらおうと思っています。工藤さんにもお願いするつもりです。ハムスターでもいいし、別の話でもいいので、プロットを作って下さい」
「あ、はい」
「もしいけるということになったら、すぐに取り掛かってもらうつもりです。賞金のことなんですが、多分、銀行振り込みということになると思うんですけど、まだはっきりしていないので後日ご連絡しますね。それでは、これからよろしくお願いします」
 Oさんは事務的な口調でそう言った後、優しげな口調に変えて続けた。
「デビュー出来るように全力で応援するからね。頑張って!」
「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 こうして電話は切れた。

(おいおいおいおい……これってまじ?)
 講談社と角川書店から同時に声がかかったプロもどきのアマチュア。自分の立場にどきどきした。こんなことってあるんだろうか。無農薬野菜だったか健康食品だったかの宣伝用新聞の編集募集とか、ゲームライター募集とか、一般雑誌のライター募集とか、全部履歴書が返ってきたのはなんだったんだ。
 多少混乱しながら、私は昼の暑さが残る外に出た。
 角川書店のジュブナイルがどういうものか書店で確認したかったというのもあったし、外に出ないと「うおおおおお」とか「見たか、てめえら!!(相手不明)」「やったぞ、ざまあみろ!!」とか叫びそうで怖かったのだ。
 金田一の原稿料で買った自転車に乗り、なぜか全力で漕いだ。
 顔が熱くなっていた。外気によるものではない。自分の中から込み上げてくる熱のせいだ。
 これからどうなるなんていう不安はなくなっていた。講談社と角川書店だ。俺は絶対に成功する――。

 目の前はあまりにも眩しかった。そして、眩しすぎて、見えないものが出てきたことにこの時の私は気がついていなかった。

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